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聖女ってなんだろう -後半


 神様とお茶をするため、選んだ茶葉をポットにいれて、たっぷりと用意してもらっていたお湯を注ぎ入れる。

 すぐ傍らにスタンバイされてる砂時計の天地をひっくり返し、保温用のカバーをポットへ被せる。

 その間に何組も用意してくれてあるティーカップを手にとっては見比べる。


「神様、どんなカップが好きです?」

「何でも」

「好きな柄は?」

「特には」

「んんー…じゃあ、せめて色は。」

「…すみれ…菫がいい。」

「菫?あ、ちょうど菫の描かれたカップがありますよ。良かったですね。神様」


 全く好みや希望が出てこない事に困りかけたが、なんとかその口から良い取っ掛かりを得られて、私はほくほくと笑う。いくつもある中から探しだした柄の菫の花は可憐で、色彩は柔らかく素敵なカップとソーサーだ。

 余っているお湯をカップへ落とし、砂時計が落ちきる前にそれをたらいへ入れ、急いでポットのカバーを外す。

 蒸らされて熱くなってるポットに気を付けつつ取っ手を握って紅茶を注ぐ。

 良い色と香りで、内心安心した。

 一応、基本となる手順通り淹れれるし、たぶん不味くはないはず…とは思っているけど、一応相手は神様だから、できれば美味しい紅茶を飲んで欲しいと思うのだ。

 今日はフレーバーの効いたものではなく、アッサムティーを淹れてみた。全然違うものの方が楽しめるかなって。


「神様、どうぞ。」

「うむ。今日のはまた芳醇な香りのものだな」

「味も深みがあって今日のタルトに負けない味わいだと思いますよ。」


 神様がそれらに口をつけ、笑うのを見届けてから私も口をつける。そして、ひとしきりそれを楽しんでから、私はこの世界に来て、たぶん、初めて、きちんとそれについて自分から質問を投げ掛けた。


「神様」

「どうした?聖女」

「聖女の役目ってなんですか?」


 おや…というように少し目を丸くして、それから神様は柔らかく目を細めた。手元のカップを優雅に持ち上げ、軽く唇を寄せ、紅茶を飲み、満足げに吐息を吐く。


「我がここに在るのと同じようなものだ。」

「今神様がここにいるのは、特に私と関係ないじゃないですか。」

「そなたがここ最近我を呼ばぬ故、小さき声でも手繰ってきたというのに、冷たい事だ。」


 神様の言いたいことは全くわからない。何を指して言っているのか謎。

 逆に困惑させられる。

 意を決して聞いたのに。


「最近我を呼ばなかったのは、そんなことに煩わされていたためか?」

「考え事のひとつという意味であれば。」


 そんなこと…という物言いは大分かちんとくる。しかし、その目は私を馬鹿にしてはいなかった。


「この世界で与えられた私の人生というものに向き合おうと思ったので、女神様が何を”聖女”に託されたのか知りたいです。」

「女神?」

「ここに来る前にお会いした奇跡のような美しい方です。いらっしゃるでしょ?」


 女神様と言った私に、何故か神様が首をかしげたので、私はあせる。ずっと自分の中でそうお呼びしていたけれど、実際にはどのような方かを、私は調べもしていなかった。

 私をここに送り出してくれた存在だというのに、ほんとに、なにも考えてなかったんだとわかって恥ずかしくて恥ずかしくて…はずかしぬ…。


「ああ、なるほど、それは主神の事であろう。異界を統べる方々と話せる存在は主神しかおらぬ。我ごときでは存在がかき消えてしまおう。」

「へ?神様でも話せないほど上の方がいらっしゃるんですか?」

「我らは主神より切り分けられ分離した存在故。高位存在の前では境を保てぬ。」


 言っている現象は全くわからない。けれど、自我を保てないとか、そういう感じなんだろうか。

 頭の中で整理する。


「主神は我らの最初の存在であり、分かたれる前の自身であるな。」

「お母さんみたいなもの?」

「人の子や地に生きるもの達とは違う。母というものではないな。もとは同じであり、今は互いに違う。それだけだ。」


 やっぱりよくわからない。そもそも、前提とする存在の成り立ちが違うんだから当たり前かもしれないと、一旦その辺りの事は横へ置くことにする。話がそれてきてしまった。


「それで、主神…様…?ですが…」

「女神が呼びやすければそれで良い。言葉など、通じれば選ぶ単語は些事であろう。」

「でも、呼び名は大事ですから。」

「そうか。なら、いと尊き御方とでも呼ぶか?人は主神をとかく色々な呼び方で呼ぶぞ。」


 なにかを思い出したように楽しそうにクスクスと神様は笑う。そこに大分含まれているどこか意地悪そうなものに、私はうろんな目を向ける。


「なにか意地悪な事考えてませんか。」

「主神はそれをあまり面白く思っておらぬ。聖女にそのように呼ばれたらどのような顔をするかと思うてな。」

「主神様に対してずいぶんと…」


 フランクなとか、気安いとか、そんなことを思ったがその物言いは他人の関係性を知らない自分が言うのもおかしいのでは?と、黙った。けど、自分を生んだ存在みたいなものでは?とか、この世界で一番すごい神様なのでは?って思うとつい…。


「あの方は堅苦しい事を望まれぬよ。だからこそ、この世界は人の願いを神が聞き届ける。」

「?」

「だから主神は聖女を探したのだ。我を何度でも呼ぶそなたのことだ。」


 唐突に話が戻ってきて焦燥が胸を焦がす。


「女神様が?」

「我も解しておらなんだ願いを…そなたは既に聖女として、主神の願いを叶えておる。」


 思ってもない事だった。息をするのを忘れ、何度も瞬きをして、頭は完全に止まってしまった。


「だが、人の子の営みは我らには小さすぎてわからぬもの。この地はそなたを守ろうとしておる。安心して小さき者たちに助力を乞うが良い。」

「じょりょく…」


 色々なことに混乱し始めて、私は内心頭を抱えながらも、その言葉に素直に頷いておく事にした。既に衣食住全て賄ってもらっているのだから、しり込みするのは今更だし。今朝なんて、ノラさんに直接頼って良いと言われた。毎日色んな侍女さんが私の身の回りの事を手伝ってもくれてる。

 なら、そういう色んな事を全部引っくるめて受け止めて、その上で自分の生き方を考えないと。

 そもそも、この館の外の事、私は全然知らない。


「神様、ありがとうございました。何となくですが、頭の中が整理できたと思います。」

「うむ。また呼ぶのだぞ。聖女」

「はい。美味しいもの用意しておきます。」


 最後の私の言葉に苦笑して、神様は帰っていった。


 主神様。

 この世界の一番上の神様。

 私にとっては女神様。

 今度あの方に感謝を捧げに教会へ行ってみよう。


 そのためにも、私はカーライルさんと話をしたいなと、薄氷の髪色を思い出した。




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