聖女ってなんだろう -前半
ターニングポイントを迎えてシリアスモードでお届けします。
私は、一回死んだ。
その後、生まれ変わりではなくもう一度生き直させてもらって、新しい世界にきた。
体は、女神様が私を作り替えてくれたけど、これは自分の体じゃないと強く思ってた。ほんとは今もあの三十路越えた私が本来の私。この見た目は幻覚みたいなものだと。
でも、私はほんとは勘違いしてたんじゃないかな。
私は、人のお腹から生まれなかったけど…女神様が私の体をつくってくれて、死んだ後、生まれ直したんじゃないだろうか。
アレクシスさんに、1度は死んでる事を話して、聖女として生きていかなきゃいけない世界の事や、自分のこれからの生き方を、考えるべきなのだと今更ながらに自覚したのだった。
この世界で、どう生きていくか、何をしたら良いだろう。何ができるだろう。
私は、私を…必要かどうか、もう苦しみたくないな。
それだけは、もう、やだなぁ…。
朝起きて、日の出と共に布団を出る。
鏡の前で
「おはよう。私」
と、声をかけてみる。
これは、女神様が産んでくれた私。それを再確認するための儀式のような気持ちで行っているここ数日の私の日課。
お水が来るまで髪をとかす。
さらさらの髪はすぐにからみやほつれなくまっすぐになる。まだもう少しは誰も来ない時間。せっかくだし、簡単にしばることはできないだろうかと頑張ってみる。何回奮闘してもなかなかに難しい…侍女さんたちはほんとにすごい。あんな難しい髪型を作るんだもん。以前の私ももっと努力するべきだったな。女子力は作るものだと再確認する。
そうこうしてる間に、侍女さん達がやって来て、顔を洗い、運動する服に着替え、髪を結ってもらった。
結ってもらう時の注文は変わらず、動きやすいなら何でも。である。
結い方の名前を知らないってのもあるんだけどね。残念ながら。
「いつも私共にお任せくださいますが…アオ様はとても気遣ってくださる方なので、我慢されてるのではと心配になります。もっと頼ってくださってよろしいのですよ?」
今日髪を結ってくれてるのは、侍女さんの中でも年嵩の方。たしか名前は、ノラさん…だったはず。うん、たぶん。
もしかしたら、それをいうためにわざわざ朝の私の身支度をしに来てくれたのかもしれない。だって、普段は全体の取りまとめをしてるような人なんだもん。お屋敷の中のことを質問したり首を突っ込んだりしないようにしているが、さすがに真横で生活していればみなさんの仕事ぶりや上下関係はわかるようになる。
優しく髪をとかしてもらい、心地良い手が髪を何房かより分けて持ち上げる。
「我慢だなんてそんな。私じゃあ、髪型の名前はわからないですし、それに、みなさんが色んな髪型を見せてくださるから、それがとても楽しみなんです。魔法みたいで」
鏡の中、ノラさんをまっすぐ見つめて笑顔に努める。
私は、せっかく女神様が産んでくれたんだから新しい人生を頑張ってみるべきだと思う様になってから、とにかく色々な努力を試みている。
鏡越しに見えるするすると動いていく淀みの無い手の動きがいっそ芸術的だ
それに、いろんな侍女さんが代わる代わるほんとにいろんなアレンジを見せてくれるから、楽しみでしかたがないのはほんとのこと。
次はどんな風になるんだろう。って、毎日ウキウキワクワクしてる。それは、侍女さんたちのおかげだ。
「それはようございました。」
「みなさんそれぞれに色んな髪型を見せてくれるの、楽しみなんです。」
ノラさんがふっと優しい笑顔を向けてくれた。
私も、もっと館の人と交流していこう。と、小さく決意を重ねてみる。
拝まれたくないなら、もっと親しみのある距離になるよう努力したら良いんじゃないかなとも思うのだ。
今日、ノラさんの結ってくれた髪型もまたすごい手が込んでて美しかった。
細かい編み込みがいくつも作られて、最後に残った髪は一つの三つ編みにまとめられて後ろに流れてる。間に余計な飾りがないぶん、その緻密さが際立ってるように思う。
「今日もすごい…」
何度も何度も、右から、左からと鏡の中の自分を見て軽く触れてみたりして、その手腕に感動する。
「ノラさん、ありがとうございます。」
「お気に召していただけて、何よりでございます。」
一頻り、髪型に感動して楽しんでから、私は部屋を後にした。
お屋敷の入り口にはいつも通り、アレクシスさんが静かに待っていてくれている。
アレクシスさんは、あれから…あの日私が口にした言葉についてはなにも言及すること無く、淡々と授業をしてくれている。ありがたさ半分と、緊張感半分。
いつか、何かきっかけに何かを聞かれるかもしれない。その内容が、どんなものになるのかとか、どんな感情で口にされるのかとか、そういうこと全部何もわからないのが、不安になるのだ。
考えても仕方ないけど。
朝の林の中はいつも空気が心地いいし、走りながら話せる気もしないからっていう言い訳でいつもただその静寂に身を任せるだけ任せていた。
それで、朝食の席でカーライルさんも交えて話をして、勉強部屋へ移動する。
午後は午後で、変わらず…とは、しなかった。
私はたまに厨房でお菓子を作らせてもらったり、屋敷内を歩き回ったり、風や太陽の心地良い場所でお茶を楽しんでみたりした。
平和で暖かくて、この場所は綺麗だ。
サロンで薄いカーテンを通り抜けて落ちる光を見つめながら紅茶に口をつけてほっと息を吐く。
薄く窓を開けているから、床に落ちる光が踊る。それがとても綺麗だ。
「聖女、今、何を考えていたのだ?」
耳元で、静かに声がかけられた。
ソーサーの置いてあるテーブルに、白手袋をはめた手が置かれているのが見える。
声のした方を振り向くと、造りのわからない、軍服のようなかっちりとした白い服の襟と胸元が見えたので、そのまま上を降りあおぐ。
きらきらとした光を溢してる様な金の髪、美々しい精悍な顔立ち。
神様が静かな瞳で私を見下ろしていた。
「神様」
初めて神様と会ったのもこのサロンだったなと思い出す。
「神様、今、私の声別に届いてなかったですよね。」
断言すると、苦笑しながら神様は肩をすくめた。
「少し会わない間に、何か変わったな?どうしたのだ。聖女」
「ずるはダメだと思いますよ。」
「ずるではない。」
「でも、天に届く祈り何て絶対今してなかったですよ。これまでの事を踏まえればハッキリとわかります。」
「そうか。」
神様は何故か私の頭を撫でる。
何でだろうといぶかしげにその目を見上げるが、目元を緩めて私を見てるだけで答えてはくれないらしい。
ため息をついて、諦めた。
「もういいですから、座ってください。お茶、淹れますから。」
「そなたの好きな物が良い」
こんなちょっとした事で嬉しげな顔をされるのは、私としても嬉しい。
「お望みのままに」
淹れるお茶を選ぶ後ろでクスクスとご機嫌な笑いが転がってくる。出てきた時はどこか凪いだ目をしていた癖に、ころっと変わってずいぶんと上機嫌だ。
「神の望みを叶える…か」
「この位で、大仰な。」
「人は、神に乞うものであると、我は思っておったのだがな?」
「そうですね。」
答えてはた…と考える。
この世界の常識を少しずつ覚えている途中の私だが、確かに、神という存在に対して願いを乞い、その言葉を乞うのが彼らから神への信仰の根幹だ。まっすぐな混じりけの無い祈りが天へ届くと、神より恩寵が世界へと降り注ぐのだと言っていた。
神様にとってもそれが普通だと、ずっとこのきらきらとした神様が態度で示してくれていた。
『届けたい言葉を口にすることを許そう』
いつも私に言っていたではないか。
「でも、良いんじゃないですか。持ちつ持たれつ生きたって。」