高貴なる血の通う庭
突然かけられた声の後、投げられたのは、ははははっという高らかな笑い声。
それはまさに、ベタな貴族!という雰囲気で私は感心してしまった。
わー二次元みたーい。
私はちょっとはしゃぎ気味のテンションを抑えつつ、声のした方にゆっくりと顔を向けた。ちょうど私達が向かっている方向である。
見れば、16歳位の男子2人が歩いてきていた。
片方は落ち着いた黄土色の髪と、モスグリーンの瞳。
もう片方はサーモンピンクの彩度を落としたみたいな不思議な髪色に、こげ茶の瞳をしている。
当たり前だが、知らない顔である。そして、どちらも外見は悪くはない。悪くはないのだが、この世界はやたらめったら顔面偏差値が高すぎて、こう、特徴が薄いなぁと思ってしまった。
すまない少年たちよ。これは悪口ではないのだよ。所作やなんかは綺麗で、きちんと教育の行き届いた子息という感じなのはよくわかる。
貴族っぽさについはしゃいでいて、言葉自体は実は何を言われているのかあまり理解していなかった私は、10歩程進んで彼らが目の前に来てからようやく理解が及んだ。
あれ、私嫌味を言われている?ハイソサエティ的嫌がらせ?うん?でも、相手は男子だから乙女ゲーっぽくないな。
話の内容が頭に浸透したのでやっと疑問が浮かび、私はこてりと首を傾げた。
「試験結果の改変をして、何か意味があるのでしょうか?」
心底謎である。
鶸宮に居つくにしろ、居つかないにしろ、結果の改変等意味がないではないか。
まるで私の声を合図にしたかのように、私たちは全員足を止め、廊下でにらみ合うかのように向き合った。
そして、2人の男子はそれぞれに嫌そうな顔を私に向けてきた。
あぁ、平民が言い返したら駄目だったかな。アレクシスさんたちはその辺り特に何も言わなかったし、先生たちも気にしたそぶりは見られなかったのだが…。
駄目だったとしても既に言葉にしてしまったので、このまま続けるしかない。一度殴れば二度も同じだろう。更に私は口を開いた。
「それぞれの学習状況に応じた組み分けをされていると聞いていますし、実際の評価より高すぎても低すぎても、授業が合っていなければ身につかないのでは?」
私は男子ではなくリンフォール先生に同意を求める様な視線を投げかけてみた。
第三者の意見としての正しさを求めての事である。
先生は、その通りですね。と頷いてくれているが、ちょっと困ったような顔もしている。
彼ら2人は家格とやらが高いのだろうか。
突っかかりたいのは、私なのか、先生なのか、それとも家格の下の者全てなのか…。
「ふふっそれに、これが賄賂に見えてしまうとは…想像力が豊かな生徒さんもいらっしゃるんですね。リンフォール先生。」
引き続き先生へと言葉を渡しながら思わず笑いが出てしまった。
突然の貴族ムーブに、嫌味を言われたとわかった今でもテンションが上がりっぱなしなのだ。
こんなやり方で嫌味を投げるとか、度胸あるし、若いなぁーって思ってしまうじゃないですか。
「自分より上の者にすり寄るのは平民上がりだからか?色は…確かに素晴らしい…が!心根はどうだか。」
お、きたきた。きました!
ハイソサエティムーブ!
ひゅぅぅ!!
やっぱり平民という所で、選民意識があるんですね!そこら辺の気持ちをとても知りたいです!
心の中で大変前のめりになっている自分を何とか顔に出さないように頑張って、私は彼らを見上げていた。
「ディオールジュ家の後ろ盾があろうと、その、い、色合いが特別美しくても、どこの誰ともわからない者が鶸宮に出入りするなど、本来あり得ない事だともう少し自覚するべきではないか。」
うーん。2人ともどことなく悪い人になり切れない性格なのだろうか。
どちらも色の話題に触れる度、少し視線を逸らすし、どもるのだ。
「わたくしも、急に鶸宮に呼ばれることとなり少々困っておりますの。ぜひ、貴族でない者の出入りへの抗議を王城へお願い致しますわ。」
そんな彼ら2人の尻馬に乗っかって、これ幸いと私は私の希望を声高に宣伝することにした。
心の底から、よろしくな!ってサムズアップしたくなるが、実際の私がそれをやると大変問題があるので、両手をぱむりと合わせて笑って見せる。
敵意がない事はわかってもらえるだろうか。
そうして見上げた2人は、大変面食らった顔をしている。
やはり、悪役には向かないらしい。なかなかかわいい男子2人である。
「し、白々しい事を。」
ピンクっぽい髪の子が腕を組んでそっぽ向くように口早に言う。ツンデレムーブだなぁ。
「そうだぞ。殿下方をチラチラと見て、取り入ろうとしているのは誰の目にも明らかじゃないか。」
元気熱血系かな?モスグリーンの瞳の子がぐっとこぶしを作って、前のめりに言ってくる。
って、ちょっと待ってくれ。
今あり得ない単語を聞いたな?
私は自然と首をこてりと倒していた。
「そ、その様な顔をしても皆見ているのだぞ。」
「ディオールジュ家は、多く便宜を図られているからと、立場を勘違いしているのではないだろうな。」
「奇跡を呼ぶそうだが、そうであるならば、教会でその加護を最大限発揮すればよいのではないのか。」
聞きたくない単語のせいで処理落ちしかけている私に、ここぞとばかりに畳みかけるように言い募る2人だが、正直その内容は右から左である。
問題なのは、そう、『殿下』という単語である。
どうやら私は既に『殿下』とやらに遭遇しているらしい。
だがしかし、私自身にはそもそもどこで見かけたのか、果たして、本当に遭遇したのかすらわかっていないのだ。悲しい事に、2人が何を指してこうして噛みついてきているのかさっぱりわからない。
尚も口を開こうとする男子2人に私はそっと挙手をして発言権を求めた。
「な、なんだ。」
挙手の意味を誰何するのはピンクっぽい髪色の子である。無理やり顎を上げてこちらを見下ろす形をとっているが、どことなく虚勢を張っている感じがやはりかわいい。
それはともかく、誰何するそれを私は都合よく発言を許されたという解釈に置き換えて質問を述べる事とする。
「盛り上がっていらっしゃるところ大変申し訳ないのですが…その、殿下ってどのような方なのでしょう?」
2対の双眸のみならず、隣からも私へと視線が突き刺さる。
いたたまれない。
「恥ずかしながら、この国で過ごし始めて長くないものですから、王族の方々の情報に疎くて」
社会の枠組みとかに注視していて、実際の王様だとかその家族だとかの姿形に興味がなかったのだ。
王族が統治しているという感覚がピンとこない弊害だね。
「お二方のお言葉に、どのように返したらいいかわからず、困っているのです。無知なわたくしに、どうか、教えていただけますかしら?」
「……」
「……」
頬に手を当てて困ったわ。という空気を更に増し増しにしてみるが、誰も何も言ってくれない。
本当に、困ってるんだが?
正面の2人からリンフォール先生に視線をゆるゆると移し、そして、その流れで後ろを振り返ると、シアさんも目を真ん丸にして固まっているのが見えた。
うーん。助けてもらえそうにない。
最後に目が合ったのはフェルヴィドさん。
フェルヴィドさんも、いつもより幾分目を開いて驚きを表していたが、私と目が合うと、ふっと笑みを形作り、こくりと頷いてくれた。
「聖女様、そういったことは是非教師であるリンフォール様に教えを乞うのが良いかと。」
目配せをすれば助けてくれる。あの約束通り、フェルヴィドさんは私に助け船を出してくれた。
「それに、そろそろお時間かと。僭越ながら、皆様、ご移動されたほうがよろしいかと存じます。」
流れる動作で胸元から時計を取り出し、時間を確認し、周囲を見渡すフェルヴィドさんは、無駄のない美しさを体現していてため息が出てしまう。
そんなフェルヴィドさんの言葉に、凍り付いていた全員が、ぎこちないながらもその場を解散してくれた。
良かった。と、胸をなでおろしたものの、男子2人はあり得ないものを見るような目で去っていったのだった。うーん。誤解は解けずじまいである。
私は殿下方にモーションはかけてないよと声高に言いたいところなのだが。
売られた喧嘩に対する返答がこれで正解だったのかがわからないが、謙遜、諂い、卑下はご法度と家庭教師様に指導されているので、それだけはクリアした自分を褒めておこうと思う。
正しく淑女だったかは、心底謎ではあるけれど。
そして、リンフォール先生の驚愕が解けないままに、私はいつもの部屋へと入ったのだった。
先生、そろそろ衝撃から帰ってきてくれませんかね。