異世界に来てもヲタクはヲタク
仕事狂い?
言われた言葉に疑問符しか浮かばない。
そんな狂ったように仕事にのめりこんだ覚えはない。
というか、私の生活なんてのほほんと優雅なものじゃないか。
衣食住全て賄われて食っちゃ寝しても怒られない生活と、綺麗なおべべと、ともすれば、ほいほいと何でも買ってくれそうなかんばせの綺麗すぎる男性が傍らに居るのだから。
その評価はおかしい。という顔をしている私の様子にはお構いなしに、アレクシスさんは言葉を並べ始める。
「カーライルの屋敷にいる頃はディオールジュから言い渡されているお役目はありませんでしたが、私が受け持っておりました午前の勉強の時間の後は、午後ずっと本を読まれておりましたし。」
趣味だからね。ずっと本に浸ってるのは楽しかった。
「中央教会へ来ざるを得なくなり座学の他に立ち振る舞いやダンスなど、実技が午後に増えた後も時間が空けば本を読まれ、毎日部屋にまで本を持ち込まれて読まれておりましたし。」
せっかくの読書三昧の素晴らしい生活だったのに、時間が減ってしまったからね。本当にあれば残念だった。
もちろん、寝る前に本を読みはしていたが、毎日の筋トレやストレッチも欠かさなかった。女神様から頂いた聖女ボディのメンテナンスに抜かりはないのだ。
「屋敷の者たちへの労いを兼ねた茶会の準備で気を逸らせるかとも思ったのですが、逆に計画書、指示書の作成に打ち込むようになり、一層仕事漬けの様相が強くなる始末。」
えっ。
アレクシスさん、親切心だけで提案してくれたんじゃなかったの?
私を勉強漬け生活から気を逸らそうとしてたの?
初耳過ぎて、驚きを禁じえません。
「中央教会に来てからは、書庫に行く機会はなくなりましたが、気が付けば最近生活のほとんどの時間を執務机で過ごされ、夜も遅くまで過ごされるようになられましたし。」
え、いや、まぁ…そうだったかな?
そもそも中央教会はやることがなさすぎるのである。本もないし、お勉強の時間もない。
仕事がないと退屈と考え過ぎに殺されてしまいます。
「…アオ様、家庭教師であるはずの私が言うのもなんですが、ほどほどになさっては?」
んんーー!?
スペースキャット顔で私はしばし茫然とアレクシスさんをみた。
え、あれ、今の内容、そんなに悲惨でしたかね?
頭の中でぐるりと思考を巡らせれど結論が出ず、私は数秒後にゆっくりと首を傾げた。
「…」
「…」
ほどほどにするべき事がわからない。
そんな私に、アレクシスさんは表情を変えはしないものの、困惑している空気がした。何か、言い訳をしなくてはいけない気がする。
「えっと、読書、楽しいですよ?」
「学びも大切ですが…事あるごとに歴史についても質問をされますし、もう少し…」
何を言ったら良いかというように、言葉を探すアレクシスさん。首を傾げながらその様子を見ていたが、しばし経って私ははっとした。
もしかして…アレクシスさんは私にもう少し子供らしく遊べという事を言いたいのだろうか?それとも、何かわかりやすい趣味をしろとか?
目をむく私。
まさか過ぎるが…それほど大きく外れた予想とも思えない。
見た目通りの年齢ではないとだいぶ前に暴露したしアレクシスさんも納得していたはずだけれど、やはり、見た目に惑わされているのではないだろうか。
っていうか、申し訳ないのだが、結構趣味に走っているんですよね。私。
「その…アレクシスさん?」
私は、恐る恐る名前を呼ぶ。
「誤解があるかもしれないと思うので言うのですが」
「何でしょう」
「読書とか、物の由来を聞くのは、趣味なんです。」
「…」
先ほどから何度目かの無言。
「建築や素材なんかも私の生きてきた世界とは大違いですし、生活様式も変わるじゃないですか。ここで当たり前のことが私には新鮮ですし何よりどのような云われや由来があってやっている事なのかとかすごく気になるじゃないですか同じ事柄でも土地によっては意味合いが変わったりちょっとずつ物が変わったりするとかもすごく興味があるんですそれに…!」
すっと右手がこちらへ突き出されて、私はびっくりして言葉を止めた。
最初はアレクシスさんに伝わるようにと言葉を選んで話し始めたはずが、段々と早口になって気が付けば息継ぎなしでどばーっと話してしまっていたようだ。
その手は制止をかける様に私の方に向けられている。
「あ、すみません。しゃべり過ぎました。」
ついつい出てしまったダメなヲタクの見本みたいな言動にちょっとばかり恥ずかしくなる。
「いえ、アオ様の熱意は伝わりました。」
左の手がゆるく握られ、アレクシスさんは口元を隠し、音もなく笑った。
「案外、先生方と、同じ種類の方であることは…よく伝わりました。」
少しとぎれとぎれになる言葉。どうやら笑いが出そうになっているようだ。もういっそ思いっきり笑えばいいのに。むむっと唇を尖らせる。
「趣味、なら、致し方ありませんね。」
言葉を途切れさせながらも、赤い光が優しく瞬くのが見えた。
無機質さとは程遠い温度に、むっとした気持ちもどこへやら、私は途端に嬉しくなってしまう。チョロすぎなのだろうか。
「そうなんです。趣味なんです。だから早く、家庭教師も再開して欲しいんですよ。」
「えぇ、もちろんです。」
私の願いに、間を開けず頷いてくれるアレクシスさん。
どうやら家庭教師廃業はするつもりはなかったらしい。
もしかしたら、このままうやむやに立ち消えてしまうかもしれないと思っていたので、アレクシスさんがとてもやる気でいてくれた事に私は更に心を弾ませた。
「あぁそれに、中央教会の外へ出る良い口実もできましたから、近いうちに町へお連れしましょう。」
「!」
「外に出るルートはいくつかあるのですが、思った以上に周囲からの警戒が随分強まっていたので時期を見計らっていたのです。王城の介入は良い事とは言えませんが、中央教会から出る口実としてはうってつけです。」
アレクシスさんの言葉一つ一つにコクコクと頷いて、私は手放しに喜ぶ。
外!町!お店!
「私、お金を使いたいです。」
是非この世界の物価とお金の数え方を覚えて帰らねば。
私は、うきうきと言い放ったこの言葉が、大変なる語弊を生んだ事にこの時は全く気が付きもしなかったのだった。