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突然の召喚



 中央教会でも徐々に日々のパターンができ始めて数日。

 アレクシスさんの予見した通り、私は朝の散歩と食事以外は大体仕事をしていた。

 手書き資料に苦戦はしたけどレガートへ送る資料は書き上げられたし、カーライルさんにチェックもしてもらったので安心してディオールジュ家の報告関係と一緒に送ってもらった。

 問い合わせたい内容も盛り込んだし、何らかの回答を貰えるまでは商家との予定は入れない予定である。それまでにこの世界のお金について学びたいところだ。


 そう。

 私はまだ、この世界の経済を回すお金を扱ってもいないのだ。

 大人としてどうなのだろうか。一回も自分でお買い物をしたことが無いってやばいと思う。

 いつぞや街中を歩こうとしておこづかいを渡されはしたけれど、それを出すことも叶わず、私は心ばっきばっきにおられて帰ってきた。


「そもそも、外に出ないと直接お金も使えないんだよね。」


 腕を組んで執務机とそろえた椅子に身を預ける。

 中央教会に来てからほぼこの建物から出ていない私である。

 家庭教師の続行も、約束していたお忍びでのお出かけも叶っていないが…それを口にしていいとも思えないのでお口にチャックをしたまま過ごしている。

 あえて空気を読まずおねだりするという女の子らしさを武器にした手段を考えないでもないが、ちょっとそれは…自分に対して気持ち悪さが先行するので、やりたくは無いな。

 ぶりっこも処世術の一つだけど、自分がやるのと人がやるのでは意味が違う。

 アレクシスさんもカーライルさんも忙しいらしいので、そんな中で何も知らないふりをしておねだりするというのも気が引ける。

 それぞれの従者がそれとなく私に話をしていくので、その仕事の多さは理解しているつもりである。

 毎日三食きっちり一緒に食事をとっている時にはそんな話題一つも出ないので本人の様子だけでは絶対察することはできないけれど。


 私個人のやりたい事は一旦端に寄せて、この案件をまともに機能させるために必要な事を指折り数えてみる。

 まず、私のやらなくてはいけない事。

 ディオールジュ家の代表として、商家との商談を取り付けないといけない。比較対象が必要だから最低3か所。多くても5カ所が限度かな。

 相見積もり…とは違うけど、業者の比較は大事。

 レガートから確認事項の返事が来たら、それをもとに料理人さん達に一部材料の指定をして、その上で商品化しても良いボーダーラインを設けねば。

 あぁ、あとは商品化するにあたって、材料費の上限も誰かに相談しておかないと、商品にしたところで、原価が高すぎて売れなかったら困るな。

 そういうのを全部決めたら、どこかの工場へ今後の生産を任せる場合に渡すべき情報の書類作成をしていく事になるだろう。


 全体の流れを考えながら、これ、まさか自分がするわけないよね?と、思考を止める。

 いや、レガートからは商家と渡りをつけて来いとだけ言われてるわけで、それ以外の今思いついたあれそれ全部私がするとも限らない。うん。

 でも、この辺りの事はきちんと明文化して誰がどうするか聞いておいた方が良いだろう。

 知らぬ間に自分の領分が増えていても困るし、責任持てないからね。


 そんな事を考えながら思いつく事をなるべく単語だけの箇条書きで小さく書き連ねていたら、ノックの音がした。


「アオ様、アレクシスです。少々よろしいでしょうか?」

「アレクシスさん?」


 最近は日中ほとんどどこかで仕事をしているらしいと聞いているアレクシスさんが来たことに私は目を丸くする。

 とりあえず、急ぎ執務机を離れ、そそっとワンピースの裾を直す。


「どうぞお入りください。」


 声をかければドアノブが回され、いつものように隙も乱れもないアレクシスさんが現れた。

 仕事はどうしたのだろうか?と、疑問を持ちつつどうかしましたか?と聞けば、まっすぐ私の前にやってきて大変申し訳ないのですが…と、なぜか私の手を取った。


 ひぇ…

 推しのスチルとして遠くから見つめたい。


「王城よりアオ様を登城させる様要請の声が強く、これ以上抑えるのも難しいのです。どうかこれからご一緒いただけないでしょうか。経緯は道中ご説明します。」


 ヲタク全開だった脳内が一気に冷えた。

 今、なんて言いましたかね?


 頭が真っ白になっている間に、カーライルさんが部屋に駆け込んできて何やらもめたりしたけれど、どうやら私は城へ行かないといけない事は確定事項っぽい。

 せめてもと、カーライルさんは私にフェルヴィドさんを連れて行く様手配し、誰からもディオールジュの庇護下にあるとわかるようにと、ブローチを渡された。

 一瞬でも、行かずに済むかもと抱いた期待は綺麗に叩き落された。

 あっはい…王命ですか。まじですか。

 目の前であれよあれよという間に状況が変わっていく。


「アオ様のお召替えのお手伝いを」


 急いでいるはずなのに、アレクシスさんは侍女さん達に私の着替えの指示を出して、茫然としている私は数人の侍女さん達によってクローゼットへと押し込められた。

 パーティーに行かないといけないようなドレスまでは必要ないらしいけれど、さすがに普段着のシンプルお嬢さんワンピースでは王城には行けないらしい。

 一瞬コルセットも着させられそうになったが、日々こっそりとトレーニングしている私に抜かりはない。ふふふ、自力で作ったくびれが私にはあるのだ。素晴らしきかな、聖女の肉体。

 それらのおかげで、時間もないしコルセットをする必要はないと突っぱねることに成功した。


「ドレスはどちらに致しましょう。」

「こちらの赤はいかがでしょうか。聖女候補様の美しさが良く映えるかと」

「こちらのレースが使われているものはいかがでしょうか。今年流行りのレースを使っておりますよ。」


 なぜ、なぜ、真っ先に赤指定で候補を出すんだ。

 最近の周囲の動きと相まってうぐぅ…と、くぐもった声が出そうになる。必死で喉の奥で食い止めるけど、辛い。色々な意味で辛い。

 普段は着ないよそ行きのワンピースドレスの候補を目の前に出されながら、せめて、明るい色とぶりぶりなやつは避けさせてくれと、胸元のドレープがきれいな、浅紫のドレスを指定する。


 指定した服を着せられてから思ったのは、全体的にシンプルに見えたが、そうでもないという事だった。腕の辺りはほっそりとして見せて、ひじから下にかけて大きく裾を広げ、中にはものすごいレースが仕込まれていた。気づきませんでしたわ。

 これ、ご飯食べる時に引っ掛けるやつや。

 絶対お醤油倒す自信がある。

 色は灰色に近い薄い紫なのでちょっとほっとするところが救いだ。

 髪も淑女のたしなみとして結わなくてはいけないと、上の方は盛大に編み込みを作られて、下はサラリと背中に流された。

 編み込みには星銀灰色と明けなる青蘭の細いリボンが使われ、盛大にディオールジュの色がいれられていくのを鏡越しに見ながら、ふと、リボンに通されていく小さな飾りが目に入る。

 おや?と思っている間にも、編み込みをしてはリボンに小さな飾りが通されていく。

 手早い動きにほわーっと感心していれば、あれよあれよと支度は終わった。

 最後に鏡を覗き込み、頭を傾げると、重みを感じさせないくらい小さな光が私の髪を彩るように光る。

 小さな赤が散らばっている。


「…」


 また、赤いものが仕込まれている。

 ぎりぃ…と、周囲に見えないように唇をかみしめる。なんでや。わざとか?それとも、ここの人たちにとって、主の色を仕込むのは通常営業なのか?

 通常営業なら仕方ない。許そう。

 だがしかし…

 その意味を誰に問えばいいのかと、鏡の前で固まっている間に周囲は片付けを終え、私はクローゼットから出されてしまった。

 ちょっと待って?と、思ったが、寝室を通って出されればアレクシスさんが待っているわけで、まごついているわけにもいかなくなる。


「お待たせしました。」

「突然の召喚にお手を煩わせておりますのはこちらでございます。それはそうと、城内で何があるかわかりませんので、侍女を一人お傍に着けさせてください。」

「あ、はい。」


 反射的に頷いて、私は即座に後悔した。


「こちらの侍女がお傍に控えますので、何があっても決してお一人になりませんよう、お気を付けください。」


 紹介された侍女さんの顔は大変な半泣きでした。


「し、シアでございます。よろしくお願いいたします。」


 私も心の中で半泣きになった。

 アレクシスさん、どういう基準で選んだの。




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