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引き寄せられた悩み



 月の神様は嫣然と笑う。

 カーライルさんのお屋敷で起きた夜の森の出会い全てがその手で導かれた運命だとは思いもしない事であった。

 月はいつでも夜に輝き、私はその美しさにすり寄るように昼に零せない重たい吐息を落としてきた。


「…夜に抜け出したのがそんな事になるなんて…」


 頭を抱えるしかない。いや、実際には神様を前にそんなことはできないのだけれど。

 この世界は神様に愛されすぎである。

 そんな超常現象が当たり前に起きると言われても、どうしたらいいというのか。


「あたくしは常に惑い迷う者に力を貸す標神(しるべがみ)。でもね、その者が運命を掴むかは別の話よ。ところで、あたくしたちの母の聖女、また標が必要なのではなくて?」


 嬉しそうな満面の笑み。

 そういえば、最初もそんなような事を言っていた気がする。


「えっと、まぁ、色々と悩んではいますが…」

「ならば話は簡単ね。あたくしの祝福を」

「そんな簡単に祝福はいらないです。思い留まってください。」


 近くに居たらとっさに口をふさいでしまったかもしれない。

 私は月の神様の言葉に手をぶんぶんと振りながら首を振った。

 そんなにすんなりと祝福をと言われても困る。いや、困る事じゃないのかもしれないけど、戸惑いがすごい。

 最近の悩みの一つが、奇跡の存在扱いでもあるのだ。これ以上の奇跡があっても私ももうどうしたらいいかわからない。

 けれど、神様の事は好きなので、それを否定したいわけでもないのだ。


「なぜ祝福を断るのかしら?」

「えっと、具体的なお願い事がないのに、力を使ってもらうのは違うかなと思いまして。あの、あの、以前過ごしていた場所でもその土地の神様をお呼びしてしまってたんですが、具体的なお願い事があったわけじゃなかったので、いつもお詫びとして一緒にお茶をしていたんです。」

「トチノカミサマ…あぁ、〇〇〇〇〇〇ね。」

「ん?今、なんて?」

「だから、××××××の事でしょう?」

「すみません。よく、聞こえないのですが。」


 なぜか一部の声だけがカセットテープが伸ばされてしまったような、ノイズが混ざっているような、違う音声が飛び飛びでさしはさまれたような、そんな風に聞こえる。

 困惑する私と、目を大きく開く月の神様。

 数度、パチパチと瞬きをした後、月の神様はあらまぁ。と、声を上げた。


「なるほど、聖女はお母さまの加護を得ているのね。だからこの言葉は聞こえないのね。神の意を含むものだものね。あまりにも普通にあたくしと会話をするものだから忘れていたわ。」

「加護?神の意?普通に会話をするのは、おかしい事ですか?」

「聖女となる程の祈りがあるのだもの。神なる者と神で無き者が言葉を交わす事は普通の事よ。」


 困惑しながらも、一つ一つの疑問点だけは取りこぼさないようにと私は拾い上げる。


「加護は祝福と違うんですか?」

「違うものよ。加護とは、神無き台地に、神で無き人の子等に、その地、その身に授けられる神の力。額のお母様の印が完全なものに近かったもの、ほとんどの加護を得ているのね。」


 とても特別な事だと言われているのはわかったが、加護と祝福の違いが何も分からない。

 ぐるぐるとしながら口を開く私と違って、月の神様はゆったりとした姿勢で私を見ている。


「しゅ、祝福はじゃあ、どんなものなんですか?」

結神(むすびがみ)の祝福は、人を楔に神無き台地に注がれるもの。標神(しるべがみ)の祝福は、神で無き人の子の連綿と続く運命に灯されるもの。加護は天地を近くし、結神(むすびがみ)の祝福は天地を結び、標神(しるべがみ)の祝福は人の運命を結ぶの。」


 さっきから新しい言葉と概念のオンパレードである。

 それに、神様にとって人とこの地は同じカテゴリーにあるものらしい。どういうこっちゃという感想だけがあふれ出る。

 そんな立て続けに色々教えてもらっても、咀嚼する時間が足りません。神様。


「少ししゃべりすぎたかしらね。あたくしからの今宵の祝福は、与えし知識という事にしておきましょう。本当であれば、標を灯して人の創りし赤よりも強い結びを与えたいところなのだけれど…望まぬと口にされては致し方ないものね。我らは望まぬ者に与える事は許されぬ。と、お母様に運命を託されているのですから。」


 あれほどまでにくるくると舞い踊るように語っていた月の神様とは思えない程静かに、強く、篝火を灯して宙に佇み私を見つめる。


「聖女、この地の役目を知りなさい。あたくしたちの母より与えられたこの地への加護を、同じ程に加護を得し聖女は知るべきでしょう。そして、天地を近づける意味を、その身を持って台地へ伝える役目を全うなさい。」


 まるで、生まれながらの使命なのだと指し示すように篝火は煌々と掲げられる。


「この地の役目を知れば、不与の赤(ふよのあか)が不要な事を、聖女もきっと知る事でしょう。」


 すぅっと夜闇に溶けていく声と姿。

 きらきらと星々が降り注ぎ、手や腕に当たっては消えていった。


 私はすとんっと床に座り込んだ。

 何だったのだろう。いや、神様なんだけど。


 上機嫌に語られた運命の話。

 荘厳な様子で語られた祝福の話。


 あまりにも月の神様の顔が違い過ぎて困惑する。

 何にもわからないけど、一つ言えることは、どうやら月の神様はアレクシスさんに対して厳しいらしいという事である。

 不与とか、つくられしとかの指す意味は分からないけど、『赤』と言えばアレクシスさんである。

 最近、私の周りはアレクシスさんに厳しい。

 それと共に、私に悩みを増やさないでください。


 人と神様のかかわりはともかく、誰かと誰かの間に私を立たせないでいただきたい。


「うぅ…導いてくれるはずの神様に、別の悩みを与えられた…」


 がっくりと私は床に両手をついたのであった。



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