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壮大過ぎる物語



 私は完全にフリーズした。

 はんりょ?はんりょってなんだっけ。

 え?

 今カーライルさんなんて言った?

 言葉が上滑りして単語の意味が入ってこない。


 固まる私を見ているアイスブルーの瞳をただ見返す私の思考が戻るのをカーライルさんは待ってくれている様で、静かな面で私を見ている。


「あの、でも…」


 声が震えないように私は凍り付いた唇をぎこちなく動かす。


「私はご存知の通り、生家も後ろ盾もない、いうなれば孤児のようなものです。」


 どう考えても貴族であるはずの相手と釣り合うはずがないと首を振るが、カーライルさんは二度三度とゆっくりと瞬きをし、あぁ、なるほど。と頷いた。


「聖女様の言いたい事は正しくもあり、間違ってもおります。」

「どういう事でしょう?」


 身分制度のある世界で生きてはこなかったので、全ては物語の一節でしか知らないが、身分を覆す事は高位貴族であっても難しいはずではなかろうか。

 私は思わずぎゅっと眉を寄せてしまう。


「普通であれば身分差がありすぎれば噂にも上りません。しかし、貴女様に関してのみ言えば身分など無意味なのです。」


 『聖女』呼びを崩すことのないカーライルさんが、あえて私のみを指し示す様に呼び方を変えて言葉を綴るものだから、きゅっと身がすくむ。


「我々の言う『聖女』がどのようなものかを、もっとはっきりと口にしましょう。人生で一度でも天なる方と邂逅する程の祈りを届けられた者を『聖女』または『聖人』と我らは呼びます。そして、ほとんどの『聖女』『聖人』は同様の祈りを再度込められることはほぼございません。」

「え?」

「細い糸をつなぐような祈りを数度繋ぐ事はございますが、遥か天上におわす方々と繋がる程の結びは、普通の『聖女』『聖人』であれば人生で一度の奇跡。そして、それで十分なのです。一度でも繋がれば、それは死した後もしばらく天地を繋ぎ続ける事のできる程の、大いなる奇跡なのです。」


 言われている事がよくわかりません。

 だって、え?あれだけの存在を目にしたら、自然と神様に意識向けるようにならない?それに、一回できたなら、コツとかつかんだりしない?あれ?

 私は自分のしてきたこれまでの色々に狼狽え、そわそわと挙動不審極まりない動きをしてしまう。


「兄と会われた際は小さな糸をより集めた様な祈りでございましたがあの祈りは近隣の町から見えていた事でしょう。そして、王都でも…二度も天地の回廊が繋げられておりました。今や王都近隣の人間で、貴女様を知らぬ者はおりません。」


 そんな断言はされたくなかったなぁー!


「これほどの奇跡を前に、身分を語る等意味がないのです。」


 がっくりと私はうなだれた。

 嘘だろ…と、頭の中がぐるぐるする。

 私には身分も家も何にもないよ。と、シアさんをなだめようとして失敗した理由を突き付けられてしまった。

 そりゃあ、説得も失敗するわけですよ。

 論点が間違っていた。私に家があろうとなかろうと私が神様と会っている事実だけで私の価値がすさまじいのなら怖くないよーと迫っても怖いに決まってた。

 私のテンションは一気に地の底に落下していく。


「それに…」

「え、まだ何かあるんですか。」


 絶望と共に顔を上げると、カーライルさんは言い辛そうな表情をしながらも口を開く。

 言い辛いなら言わなくていいのに…カーライルさんはとても律儀である。


「今は兄にも伏せていますが、貴女様は至上なる御方の御手によりこの地へ生まれた方です。」


 こくりと私は頷く。

 魂は全然別の世界の物だけど、この体は女神様に作ってもらったのは間違いない。


「それは多分、『原初なる存在』と同等または、同じ存在という事だと私とアレクシスの間では意見が一致しております。」


 『原初』という言葉に私は記憶を探る。

 確か、この世界が作られた時に女神様に作り出された最初の存在だったはずだ。貴族はその血の濃さをなるべく残そうとしていると聞いている。

 けれど、『原初』自体がどのような存在として彼らの中にあるのか、私はよくわかっていない。


「貴女様の奇跡と、『原初なる存在』という生まれ。その意味がピンと来ていらっしゃらない顔をされていますね。」

「…はい。全然わからないです。」

「正直でいらっしゃる。」


 素直に頷きつつ、苦笑するカーライルさんの言葉を聞きたいような聞きたくないような気持に揺れる。


「その気になれば貴女様は国一つ作る事もできるでしょう。」

「へ?」

「それほどの事なのですよ。この世界に生まれ落ちた我々にとっては。」


 突然のスケールの大きさに間抜けな顔をさらすしかできない。

 今さらっとすごい訳の分からない言葉が出てきましたね?

 国?国と来ましたか?


「そうですね、『原初なる存在』でなかったとしてもこれまでの奇跡を思えば、例えばこの国の王の首を望むままに挿げ替える事が可能な程度には発言力があるとお考え下さい。」


 いや、まって、だから、スケールがおかしいんだって。


「『原初なる存在』であるという事は、それだけの意味や力があるのです。」

「ま、待ってください。頭がついてきません。」


 私って、ただの身分なし戸籍なしの孤児じゃないの?今はたまたまカーライルさんとレガートによってディオールジュの後ろ盾を得ただけで、高貴なる血筋とは関係ないどこの馬の骨ともわからない存在ではないの?

 文字通り頭を抱える。

 毎度私自身の事を突き付けられるたびに混乱がすごいが、これは、もう、本当にどうしろと?自分の中で折り合いをつけようがなくないか?

 聖女って特別だという事は一応理解してそれはそれとして受け取ったつもりでいたけれど、ただの聖女じゃないとか言われたら、抱えきれないんですけど。


「そんな存在にされても、私には荷が重すぎます…」

「国を作る事ができる。というのは例え話ですが、貴方様の望みはそこにない事は重々承知しております。」


 その一言に私はほっと息をつく。

 王様の首を挿げ替える気もないからね?と、心の中で呟いて置く。


「どちらにせよ、貴女様は誰がどう見ても特別であるのです。長い年月をかけて形成されてきた貴族社会の構造の頂点に立ってしまう程度には。普通の『聖女』であれば多少生まれにより結ばれる事が難しい相手もおりましょうが…」


 私とアレクシスさんの噂が受け入れられる素地があるという話しに戻ってきてしまいました。

 そんなでっかすぎるスケールで話をされても困るんです。

 もう、愛とか恋とかどうでもよくなるスケールだよ。つい最近遠くにぶん投げたものを私はゴミ箱へシュートする。


「もう、何を問題点として考えればいいかわかりません。」


 ただただ正直に私はそう告げた。

 ぐるぐるしている私とは反対に、カーライルさんはとても静かな顔で座っている。


「なんかもう、わざわざ中央教会に聖女認定とかしてもらう必要なくないですか。私」


 なんで私中央教会に居るんだ。みんなわかってるならもう良くない?

 恥ずかしすぎる噂が出回る現状や、やたらと壮大すぎる我が身の状況から逃げたい気持ちが高じて、そんな風に飛躍した思考がそのまま口から出てしまう。


「中央教会と王家が作った決まりの上に成り立っている儀礼的な物ですから、軋轢を生まないためにはしておいた方が無難ではありますが…望まれるのであればその様に。」

「えっいや、ごめんなさい。ちゃんと認定されておきます。」


 脅す風でもない声でさらりと爆弾を差し出されて、私はぶんぶんと首を振った。カーライルさんは私の言葉に肯定を返すのを控えた方が良いと思います。

 結果、私は自分の発言に対し戻ってくるものに対して全力でブレーキを頑張る事になるのだ。


「うぅ…なんでこんなことに。私は平穏に平凡に暮らしたい。」

「ひと月の間にやるべき事を終わらせて、なるべく短期間で王都を出られるよう尽力いたしましょう。」


 私はカーライルさんの言葉に、しおしおとうなだれていた顔を上げた。


 示された道にちょっとだけ光明が見えた気がした。

 そうだよね。さっさとやることやって王都から出ちゃえばいいんだよね。

 聖女だと中央教会に認定されていなくても周囲が私を特別視してるなら、商家に面会の申し入れをしても受け取ってもらえる可能性が高いってことだもんね。

 聖女なら面会しやすいだろうと言っていたレガートの言葉を思い出し、少し明るくなる。


「そうですね。私も頑張ります。」


 積み上がる私に使われた予算を少しでも返せるように、私はお仕事をしっかりやり切るのだ。

 気持ちが明るくなり、自然と笑顔が浮かぶ。私が笑顔を浮かべると、カーライルさんも嬉しそうに頷いてくれた。


「料理長から手紙も戻っておりますし、お菓子も届いておりますよ。」

「じゃあ、本家に送る資料を作成しないといけませんね。」

「お菓子は何点か改良を加えているようなので、後程試食をされてはいかがでしょう?」

「今日のおやつにしましょうか。カーライルさんもいかがですか?」


 やっぱり仕事があるのはいいな。できることがあれば心が弾むし、目標があった方が頑張れるというものだ。これからやるべき事を頭の中に並べてうきうきする。


「聖女様がお元気になられた様で何よりです。中央教会の予定も定まりましたし、これから必要な準備も色々ありますので早急に予定を整えましょう。」

「宜しくお願いします。」



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