予定は狂い私は後悔する
「一か月後…ですか?」
朝食の後、私は部屋でカーライルさんから儀式の日程が決まったという話を聞かされ、私は首を傾げた。私が突き付けたより1日早い予定の提出である。
それにしても、その日程、遠くないか?
真っ先に思ったのはそんな感想。
聖女かどうかを認定する儀式にそんなに何が必要なのだろうか。もしかして、魔法的な何かが行われたりするのかな。そういう材料集めが必要とかならわくわくするから1ヶ月後だとしても許せる。
「思った以上に先になるなという印象なんですが、そんなに大変な準備だったりするんですか?」
そんな疑問を口にしつつそれとは別に、二人とも昨日は一日不在にしていたのにいつフレン様から連絡を受け取ったのだろう。誰かお手紙でも持ってきた?と、内心首を傾げる。
カーライルさんの所でもここでも、お屋敷の奥の方にあるお部屋で引きこもりをしているものだから、表で何が起きているのかを全く把握できないんだよね。
カーライルさんの所もだけど、ここも広いよね。入口から私の部屋までの距離が長い。呼び鈴とか聞こえる距離じゃない。
ただ、最初は二階部分があると思っていたが、どうやら玄関ホールから見える二階部分はさほど奥行きがない様で、パーティー的な催しをやる時にホストが登場するための控室とかが主らしい。
散歩の後に二階部分の窓や全体の建物の形から疑問を持ったので聞いてみたらそんな風に教えてもらった。
そこの広さがない分、ここはカーライルさんのお屋敷よりはずいぶん小ぢんまりしている大きさではあった。
今日も教会仕様のカーライルさんは、私の正面のソファーに座って清々しい笑顔を私に返してきた。
それは私の『長い』を全肯定の上、中央教会をフォローするつもりがないという意思表示な気がする。優しくない方の笑顔を見た。
「…準備する事、特にないんですね。」
残念。
魔法陣とか、謎の植物とか、杖を使うとか、そういうものがあったらいいのになと思ったのに。
そろそろファンタジーな何かが出てきてもいいのにね。
自分でできない分、誰かに見せてもらいたいなと思っているのだけれど、うまくはいかないものだ。
「一ヶ月も開いてしまうとなると、カーライルさんは大丈夫ですか?大教会の管理もされているのに…」
「ご心配頂きありがとうございます。そこについては問題ございませんよ。」
後見人とはいえ、カーライルさんの本来の仕事は大教会のはずなのだけど、嬉しそうに微笑んでそう答えるだけ。目に見えるお金以外にもつぎ込まれる何かを感じなくもない。
普段、食事以外ではお仕事でお屋敷に居ないし、本来とても忙しい人だと思うのだけど、当のご本人はそれを感じさせない物腰でゆるりと首を振るだけだ。
「それより、今しばらくこちらに居る事が確定致しましたので、アレクシスの授業を近々再開されてはどうかと考えております。」
授業と聞いて、私は心の中で万歳する。やったー。色々聞きたかったんだ。
にこにこしながら頷いてから、はた、と動きが止まる。
授業を再開したら、もしかして誤解が加速する?
「…」
脳内が一気に真っ白になる。
どうしよう。
これ以上ここのお嬢さんたちに誤解されても困る。ご希望には添えないし、用が済んだらここからいなくなるのに。
何より、そんな目で見られながら生活するの無理。ほんと無理。ぐぎぃ…。
「…聖女様?」
「うわっひゃいっ」
と、いつの間にか自分の思考の渦にのまれていたらしい、カーライルさんが呼ぶ声に、私はびくりと跳ね上がりながらひっくり返った声を出してしまった。
は、恥ずかしい。
顔に熱が上るのを自覚しながらカーライルさんを見るが、カーライルさんは私の奇行を気にしている風はない。
ただ、少し何かを心配するような顔をしているような気がした。
「昨日の侍女達に、何か気になる事を言われましたか?」
「えっあっ、き、気になる事…とは?」
シアさんの口から飛び出た言葉が一気に頭に蘇り焦りが生まれる。顔が赤くなっていませんようにと唱えながら、カーライルさんの示唆する内容を逆に私は問い返す。
さすがにあれについて、はいそうです。と自分から語るのは絶対に嫌だ。
「今朝方、アレクシスと顔を合わせたと聞き及んでおります。」
「お散歩に出ようと思ったら庭に居たので、一緒にお散歩をしました。」
「その時の様子がいつもと違ったとか。」
「そっ…そう、でした…かね?」
目が泳ぐのを止められない。
今朝も今この時も、二人だけだしとお嬢様的な猫をかぶりもしなかったものだから、隠すことが全くできない。そして、私の様子がおかしかったと語るアレクシスさんが何かを察したりしていないかめちゃくちゃ不安だ。
「これは私の予想ですが、アレクシスとの関係について、どなたかが口に出したりしたのではないですか?」
びくっと私は肩を跳ね上げた状態で固まった。
そんな私の様子を見ながら、カーライルさんはゆっくりと口を開く。
「ご安心ください。アレクシスはその可能性には気づいておりません。」
「え…でも…」
「あれでいてアレクシスは単純なのです。見えるものが人より多い質のため、見えないものを引き出す能力はそれほど磨かれていないのです。」
カーライルさんの言葉を聞きながら、私はゆるゆると肩の力を抜く。カーライルさんが嘘偽りを並べて私を安心させようとするとは思えない。
それより気になるのは、カーライルさん、さりげなくアレクシスさんをディスった?
あれ?気のせい?
カーライルさんは揺らぐことのない綺麗なアイスブルーの瞳で微笑む。
その笑みは、いつも私に向けられている物と違って毒気を含む強さで、あぁ、気のせいじゃない。これはディスってるな。と心の中で頷いた。
ほんとに二人は仲良しだな。
「今は二人きりなので、正直に申し上げますね。」
何を言われるのかと私はぴっと居住まいを正す。
「あぁ、そのように気負わず聞いてください。お恥ずかしい話、我々は聖女様に対して判断を誤ったままこちらへ来てしまいました。」
「はあ」
よくわからないがとりあえず先を促すために声を返しつつ首を傾げる。
「多くの人に見られる事、尊ばれる事、跪かれる事、それらに対して我々と感じ方が大きく違うのだと、私共は理解しておりませんでした。それにより道中過度な心労を与えてしまい、本当に申し訳なく思っております。」
確かに、あのパレードと領主の皆さんの館での出来事には、めちゃくちゃ心をガリッガリに削られたけど。それでも道中の予定は色々考えて安全を期してくれたはずの事で、こんな風にカーライルさんが謝る必要はないと私としては思う。
だが、それをどう伝えたらいいのかと私はおろおろと言葉を探す。
「それと同じく、アレクシスとアオ様の噂の件も、私はいくつか計算違いをしてしまいました。」
私がおろおろしている間も話は続く。
「アレクシスがこの様に聖女様に深く肩入れするとは、私は一切考えておりませんでした。」
「そうなんですか?」
びっくりして私は目を見開く。
私は、家庭教師として付いてきてくれると言ってもらった辺りで、これからも手助けしてくれるのだととても嬉しくなったのだが。
「私は、アレクシスは研究の糧となる情報がそろえば早々に聖女様から離れるものと思っておりました。今までの在り方がそうでしたから。だからこそ、素性や先日お話しした仕事についても情報を聖女様へはっきりと開示しなかったのです。」
「以前、アレクシスさんからもはっきりと自分の事を探らない様にと言われました。」
「その様な会話をなさったのですか?」
少し大きくなる瞳が、驚きを如実に表す。
「もともと私は貴族的な事は何もわからなかったし、何らかの事情とかに巻き込まれるのは望んでいなかったし、家庭教師と生徒という間柄だけの方が良かったので二つ返事で頷きました。」
「物分かりが良いと言いましょうか…聖女様はもう少し、希望を述べられた方がいいのではないかと…。情報収集は大切ですよ。」
「え、いや、知ったらもっと色々知りたくなっちゃうじゃないですか。でも、それで関係性が崩れたら元も子もないです。」
「…なるほど。その話をした頃は、まだアレクシスもここまで踏み込む気がなかったのでしょう。私としても、その方が好都合でした。ただの家庭教師で、ある程度で離れる間柄であった方が。」
ふぅ…と、息を吐きだして、カーライルさんは少しばかり柳眉に憂いをにじませた。
「それが、聖女様の実地訓練と称して人前に顔をさらし、あまつ、こちらの宮へ部屋まで用意する程に首を突っ込むようになるのは想定外でした。」
「で、でも、恋仲かもしれないみたいな噂をあえて流したのって、こっちに来る途中ですよね。あれはカーライルさんとアレクシスさんの案だったのでは?あの時点ですでに人前でエスコートしていただいてましたが。」
「道中の行動も予想外ではありましたがまだ誤差の範囲でした。中央教会に到着すれば嫌でもお互いの所属場所が分かれると考えていたのです。物理的に距離が開けば、あの程度の噂は問題にもならないはずでした。が、アレクシスはこちらの宮のこちらの部屋を聖女様に与えました。おかげで噂が膨れ上がっているのです。アレクシスが何を考えているのか…私も少々測りかねているところではあります。」
なんと、アレクシスさんの手を取ったのは私だ。失敗どころか、自分の息の根を止めんばかりの痛恨の一撃を自分で突き立ててしまったらしい。
噂される心当たりがないどころじゃなかった。思い至らなかっただけで、私でした。お巡りさんここです。
ぐぎぎ…と、奥歯を嚙みしめる。
「アレクシスが何を考えて聖女様を傍に置く事にしたのかは私にもわかりません。ですが、その行動によってアレクシスの下に着く者たちがどのように考えるかは大方予想が付きます。」
カーライルさんは一拍呼吸を置き、口を開く。
「アレクシスの伴侶となるのではないかといった話しが出たのではありませんか?」