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これはままごとのようなものだろうか?それとも…



「とりあえず…今日ご挨拶してきますね。」

「はい。厨房には伝えておきます。」


 とんでも情報の連続で、それほどしゃべったわけでもないのに口の中がカラカラだ。

 私はゆっくりとカップの中を干して、ソーサーへと戻した。


「さて、ではそろそろ出発の時間ですね。」


 同じタイミングでカップを置いたアレクシスさんがそう立ち上がり、カーライルさんも席を立つ。

 私も二人同様立ち上がった。すると、どちらもが不思議そうな目をこちらに向けるので、私は小首を傾げつつ二人へ


「玄関まで見送りますね。」


 と、告げると更にまじまじと見つめられ、恥ずかしさを覚える。

 見送るだけなのにと思ったが、この二人に家族の見送りといった家庭的なイメージはとんと結びつかない事に気が付く。

 以前に一度朝出かけるカーライルさんを不慮の事故で見送る事になったが、あの時カーライルさんはどんな顔をしていたのだったか…ちょっと記憶をたどってみたが、大変な焦りと羞恥をずるりと引っ張り出してしまう事になり、慌てて記憶を追い払う。

 この焦りと羞恥っぷりから、これは私はカーライルさんの顔を見ていないパターンだともすぐ気づいた。


「お気遣い感謝します。」

「ありがとうございます。聖女様」


 私をまじまじと見ていた二人はそれぞれに別々の表情でそう言った。

 アレクシスさんはいつも通りほとんど表情を変えることなく、カーライルさんは口元を嬉しそうに綻ばせて。正直、アレクシスさんはほとんど表情を変えないのだが、目じりだけが少し柔らかくなることがあるのを私はこの数か月で発見している。

 どうやら多少何か思うところがあったようだ。

 ただの見送りで喜んでもらえるなら私も見送り甲斐があるというものだ。


 二人の後ろからてほてほと玄関ホールへ向かって歩きながら、背中を見上げる。こうして後ろから歩くのは珍しい事。

 アレクシスさんの方が肩がかっちりしていて、カーライルさんの方が気持ちなで肩何だなぁとか、見上げた背中を興味深く観察しながら歩いてしまう。

 惜しむらくは、カーライルさんが今日も教会仕様のため、全体の体格の比較ができない事だな。

 どちらも足が長くスタイルが良いことはどう見てもわかるけど。


「お見送り、ありがとうございます。」

「くれぐれも一日ご注意くださいね。」


 振り返る二人に、笑顔で頷く。

 二人は私を心配してくれるけど、王城へ行くという二人を、私もちょっと心配している。

 いや、何があるわけでもないんだけど、というか、何も知らないからこそ、ちょっと心配なのだ。漠然とした不安を感じてしまうのだ。自分の知らない何かが突然起きるのではないかという不安。


「はい。お二人も、お気をつけていってらっしゃいませ。帰ってくるのをお待ちしてます。」


 だから、そんな風に見送りの言葉を贈ったのだが、二人はそろって目をしばたたかせた。

 変な事を言っただろうか?と、疑問を口にしようとしたが、カーライルさんが殊更嬉しそうに笑ったのでその口を私はまた閉じた。


「できる限り急ぎ、用事を終わらせてまいりますね。」

「無理はしないでくださいね。」


 これから王城へ行く人のセリフとは思えない言葉である。

 そして、アレクシスさんも遅れる事数秒、さっきよりはっきりと目元を緩ませているのが見て取れた。


「…では…その、行ってまいります。」

「はい。」


 言い慣れていないのか、どこかぎこちなくその挨拶を残し、背を向けた。

 そのぎこちなさが今まで感じた事のないくらい幼さを感じるもので、アレクシスさんの中にくすぶる少年の面影の様なものを垣間見た気がした。

 カーライルさんの無条件の私への信頼となつき方にも少年のようなものを感じているが、それに近いものを見てしまった気持ちだ。

 嬉しい様な、見てよかったのかと問いたくなる様な。そんな気分。

 ただ普通に見送っただけなのに、この気持ちは何だろうな。

 まるでままごとを間違えて始めてしまったかのような気分だ。


 玄関が開き、二人の後から数名の従者が付き従って出ていく。

 全員を見送り、扉が閉まるとなんとなく寂しい気持ちになった。久しぶりに一人の食卓だ。

 前回は泣いてしまったので、今回は気をつけねば。

 楽しいことを考えよう。と、私は今日の予定を考えることにした。



「お初にお目にかかります。レガート様より奇跡を呼ばれし聖女様の専属料理人としてお仕えする誉れを賜りました、ペールと申します。日々のお食事に何かございましたら何なりとお申し付けください。」


 優雅な礼を取り挨拶をしてくれたのは、ここで私たちのご飯を作ってくれている料理人であり、レガートが派遣してくれた私の専属料理人。とのいうのは今日聞いたばかりで、まだ少々現実を受け入れ切れていない私がいるが、この世界はいつだって唐突で急激だ。女神様だってよく事態が把握できてない私を元気よくここへ放り込んだ。

 今朝料理人さんに会いたいと言ったあと、すぐに出立していったはずなのだがしっかりとカーライルさんは言付けをしていったらしい、二人を見送ったすぐあとに料理人さんは私の部屋へご挨拶に来てくれたのだった。

 さすがカーライルさん…手配が早いし、どのタイミングでそんな指示を出していたんだろうか。朝食から出発までの流れをいくら反芻してもわからない。

 会いたいとは言ったが、あちらから来るとは思っていなかったので心の準備は全くできていなかったよ。


「お忙しい所こちらまで足を運んでくださってありがとうございます。私はアオです。その、まだ聖女として認定されたわけでもございませんので、その様に仰々しい呼ばれ方をしてしまいますと困ってしまいます。」


 まるで神様ばりにすさまじい呼び方をされて、私は心の中で悲鳴を上げる。

 いやいやいやいや。私、そんな風に呼ばれるほどの者じゃないですよ。

 全力で拒否したい気持ちを頑張って抑え込んでお嬢様言葉をつづけた自分を褒めて上げるべきだと思うくらいのびっくり案件である。


「大変失礼いたしました。姫」


 そんな私に恭しく頷き、返された内容に私はまたもや目をむく。

 ひめってなんでやねん!と、突っ込みを入れたい。全力で入れたい。

 しかし淑女の皮を捨てるわけにもいかず、心の中で地団太を踏む。


「もっと気軽にお呼び頂いて構わないのですよ。」


 必死に理性と猫をかき集めて言ったのはそんな言葉。かまわないどころか、やめてくれと全力でお願いしたい案件だ。

 できればもうお嬢様言葉も終了にしたいんだけど、中央教会でどこの誰が壁の耳になるかもわからないのでうかつにはできない。辛い。


「主たる姫様にそのようなご無礼は出来かねます。どうか、平にご容赦頂きたい。」


 恭しく頭を下げるペールさん。

 私は涙目にならないように必死だ。


 このペールさん、髪を綺麗になでつけた50歳位に見えるダンディなおじ様だ。この世界の料理人はムキムキじゃないと務まらないのだろうか。ペールさんも、カーライルさんのお屋敷の料理人さん達同様とてもマッチョな体格をしている。

 綺麗な逆三角体型と胸板の厚さよ…常に麺打ちにでも励んでるのかな?

 口調もさることながら、所作も丁寧で綺麗だ。どことなく高級料理店のオーナー的な印象を与えるペールさん。

 断固とした口調と、主という言葉に、これは揺らがないものであると私にもわかった。

 忠誠心や尊敬という感情が強いこの世界は、私には理解できない、他人には動かしがたい感情が存在するのだ。


「それに、もし私の主でなくとも、ディオールジュ家の姫であり、我らが地の救いであらせられる姫に礼を尽くすのは当然の事でございます。どうぞ、この深い感謝を捧げることをお許しください。」


 なんと、驚くことにペールさんは徐に両膝を付きはじめるではないか。

 私は感謝を捧げたいというペールさんの動きを慌てて制止する。


「どうかお待ちください。」


 それは彼を傷つける事だったらしい、ペールさんの皺のある目じりが悲し気に下がる。

 一瞬言葉につまるも、そんな風に思いを捧げられても困るのだ。困ってしまうのだ。何より、この世界の人が何かを捧げるべき相手がいるとすれば、それは全て神様だと思うのだ。


「その様な顔をなさらないでください。その様に思いを傾け、感謝を捧げるべきは、全て、天におられる遥か高みにおわせし方です。どうか、その溢れる感情全てで天を想ってくださいませ。」




【軽いお知らせ】

いつもお読みいただきありがとうございます。

ありがたいことにブクマ数が2千にいきまして、なにかお礼ができないかと、ツイッターアカウント作成いたしました。

質問にお答えしたり、本編に入れきれてないけど決めてある設定など書いていますので、楽しんでいただけたら幸いです。

アカウントはホームに記載しております。


では、少しでも楽しんでくださる方がいれば幸いです。

コラからもよろしくお願い致します。


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― 新着の感想 ―
[一言] 敬われすぎるのはそういう育ちや野心持ちでもないとつらたんですよね 暁の麗人様が直接降りてきて主人公と踊る所を彼らが直視したら気絶しそうですw
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