思い立ったが大事なものが見当たらぬ
唐突に己の…正しくは女神様に頂いたガワの身体能力への可能性に気付いた私がまず真っ先にしたことは、衣服を漁ることだった。
ドレスとかはおいくらしたのかとか考えるのが怖いから、最初に貰った以降は固辞してきた。何とか簡素な動きやすいワンピースで過ごす事で許していただいて来たわけだが、身体能力の検証をしようと思うと、このお嬢さんワンピースでも不都合である。
がちゃりとあけた私の部屋にあるクローゼット。私の常識では考えられないくらい広いクローゼット。
その中に踏み込んでがさがさと漁るが、そもそもだ、スカートしかねぇな?しかも、絶対くるぶしまではある。なるほど?これは足を見せてはならない系の文化かな?
靴とかも、もしかして人前で脱いではいけないのかな?今のところそういうことをした覚えはないからとりあえずセフセフ。
左から右へ、衣類を改めて、ガックリする。
パンツスタイルのものが、無い。
あってもあれ、カボチャパンツ的な下着…えーと、ほら、あれ、あの、ゴスロリ系によくあるやつあれだよあれ、あ、ドロワーズ!よしよしよく覚えてましたー。自分で自分を誉めてくスタイル。
さすがの私も、ドロワーズで出歩く何てハレンチだと思うよ。
困ったなー。
せっかくすごいやる気を出したのに。
うむむーと、クローゼットの前で悩んでいる私に、ノックの音が飛び込んできた。
「はぁい。」
返事をすると、扉の向こうから現れた赤い眼が、私を怪訝に見据えた。
え、なんでや。
というか、私はいい加減ノックの音にとっさに声を出してしまうのをやめた方がいい。
「…何を、されていらっしゃる…ので?」
デスヨネー。
なんでクローゼット開けて眺めてんだって思うよねー。あはは…
「あーいや、何か、運動できそうな服が無いかなーと」
困った。とりあえず笑うが、視線がいてぇ。
「運動…ですか?乗馬か何か、なさりたいので?」
「いえ、乗馬はよくわからないです。ただ、裏の林は広いので、走ったら気持ちいいかなと。えと、スカートじゃ、枝に引っ掻けそうですし、頂いたものを破損させるのはいかがなものかなと。」
視線をうろうろさせながら、言葉が早口になる。うおおおおっすみませんんんんん。家庭教師入れて早々この世界にそぐわないこと言い出してマスヨネーデスヨネー。
ううう…しんどみ…
アレクシスさんの足元をうろつく視線に気づいていらっしゃるんだろうなぁ。
はぁ…
すごい重いため息された。
う…すみません先生。こんな生徒で。
「走る…とは、具体的には?」
「えーと、目的は無いです。お世話になり始めてずっとお屋敷にいるので、運動不足と筋力不足が心配になってきた次第で。」
「うんどうぶそく…」
試案げなお声が届く。何を検討していらっしゃるんだろう。
それにしても声ヤバス。
「運動不足で何が問題になるのですか?」
「えっ」
何か、興味深げな声で、私は弾かれたように顔をあげた。
そこにはさっきみたいな怪訝な色はなくて、単純な疑問があった。
私は少し迷ったあと、まずはクローゼットを閉めた。
「あの、そのままじゃ何ですので、ソファーに…どうぞ?」
恐る恐る私もソファーに歩み寄ると、アレクシスさんも颯爽とした歩みでソファーに寄った。
私室なので、ソファーの位置は話しやすい距離に置いてある。
座る前に視線が合い、少し迷ったそぶりのあと、アレクシスさんが私の頭に両手を沿わせてきた。
「!!?」
私はビックリして変な声がでそうだ。なんなんなんなん…
「アオ様は何をされてたのですか…髪がこんなにグシャグシャになるなんて。」
「あっえっ…わ…忘れてた…」
さっきひとしきり暴れまくって転げ回って前転に側転までしてたんだったわ。
とっさに衣服をみると、良かった、スカートの裾はめくれ上がってない。しかし、全体的にお乱れになっている。
オゥフ…
はずかしぬ…
私は慌てて服を直し、アレクシスさんに向き直るともう一度、ソファーへ促して、自分も座る。
「それで?」
赤い眼が、痛い…。
「えぇと、運動不足の問題点ですよね。まず、運動不足と筋力の衰えは繋がります。そして、それは体力の衰えに直結します。」
なんとかかんとか目をそらさずに話しながら、アレクシスさんの反応を伺いつつ順をおって話をする。
「筋肉は、体を支え、体内の機能も支えてくれるので、ある程度つけることが健康を維持してく上で重要になります。」
うぅ…特大ブーメランこんにちは。以前のぽっちゃりな私の心がくっそ痛む。
「それに、日々適度な運動を取り入れることで、食生活や睡眠が、安定する効果もあります。」
この世界に、循環機能がどうとか、自律神経がどうとか、副交感神経がどうとか、そういうのは伝わらないだろうしなぁと、はしょりにはしょって口にした話しは、あんまりにも説明として不十分で笑える。大人としてこのプレゼンは恥ではないかな。
ぐぬぬ…と思っていると、アレクシスさんの声がした。
「わかりました。」
「えっ」
「運動に適した衣服をご用意しておきましょう。」
「あ、アレクシスさんが…ですか?」
ぽかんとしながら、その顔を眺めるが、彼の表情はだいたい凪いでいるか、不可解そうな顔か、驚きに目を見開いているかの三択位しか見てないから考えがわからない。
「運動はいつ取り入れるおつもりですか。」
「じゃあ、明日の朝食前に。」
「かしこまりました。お着替えに間に合うよう準備致しますので、本日は一度退室させていただきます。」
「あ、はぁ…」
「他に、授業へのご要望はありますか?」
「いえ、特に。」
「では、失礼します。」
驚きに頭がついていかないまま返事をしていた。
アレクシスさんは颯爽とした足取りで部屋を出ていかれた。後ろ姿もかっこ良かった。
そんでもって、後から考えたら、アレクシスさんに魔法のことを聞けば良かったんじゃん。って後悔したけど、付け足しで言うのは気が引けて、私は仕方ないから自力で本を探すことにした。
アレクシスさんは、カーライルさんとは別の意味で堅くて…疲れた。はぁ。