早朝散歩は出会いイベか何かだろうか
中央教会に来てからなかなか怒涛の日々でした。
到着して今日で6日目。やっと何の予定もない日が来た。
というか、今日一日何にもないの。何もないっていうか、何もできないが正しい。
本当なら予定のない日にはアレクシスさんに家庭教師してもらおうと思っていたんだけど、今日はアレクシスさんもカーライルさんも不在の予定なのだ。
しかもただの不在じゃない。王城に行く必要があるため朝から教会内にいないのだという。できるだけ出歩かないようにして頂ければ。と昨日のうちに控えめにお願いされた。これはどう考えても絶対外に出てはいけないやつだと私は理解した。
こういう時に出歩くから、みんな余計なフラグを立てるんだぜ。と、多くの物語から教わってきている。
というわけで、本日の私はとても暇な予定だ。
やれることは一人お茶会か、この建物の探検位。
お庭に出るのもできれば避けた方が良いからなぁ。
と、今日の過ごし方をつらつら考えつつ身支度をし、朝の散歩には出かける。
お二人の出発は朝食の後だから問題はない。毎日散歩してるけど特に何も言われていないし、うん。きっと大丈夫。
日の出直前の時間から森の中を足早にうきうきと探検するのはとても楽しい。
暁の麗人を呼び出さないようにだけは気を付けつつ、足取り軽く森を進む。迷子になるのは勘弁なので、毎日ちょっとずつ行動範囲を広げている所だ。
るんたるんたと歩いていると、今日はいつもと違う光景を見つけてテンションが一気に上がる。
森の中に現れたのは静かな湖。そして、そのほとりには真っ白な材質の東屋があるのだ。
湖は数十分で一周できちゃう位小さいもので、池と言ったほうが正しいのだろうか。あれ、池と湖の違いってなんだったっけ。
はてな?とおもいつつも覗き込む早朝の水の中は暗くて何も見えない。
東屋は八角形で、出入りできるように3か所が開いている。そっと東屋に立ち入れば、小休憩ができるように残りの面が長椅子になっていた。
すとんと長椅子に座ると湖と森が眼前に広がり、ここで朝日を待つことにした。
お弁当を持ってきてここでご飯を食べたらおいしいだろうな。なんて思うけど、一人でやるには寂しすぎるのでこの計画は無かったことにする。
次第に光が差し始める森の中。葉擦れの音の中に鳥の声が響き始め、黄金の光が幾筋も差し、湖面を輝かせ始めた。
キラキラした光は、暁の麗人を思い出す。まさしく、かの神様の土地なのだと思える場所だ。
その綺麗さに心動かされそうになった時に、ガサリと、近くの茂みが不自然に音を立てた。
「あ…」
「えっ」
湖のほとり、片方の肩に掛けられた短めのひらめくマント、柔らかな髪が風にふわりと遊ばれる。
陽光を浴びた髪はオレンジに輝く。
「エレイフじゃーん。久しぶりー」
心底美しい風景に見劣りしない姿を見せたのは、驚くことにエレイフだった。驚くと同時に、めっちゃ久しぶりだー。っていう嬉しさが高じて無駄にハイテンションな挨拶が飛び出てしまった。エレイフは茂みをかき分けた態勢で固まっている。
あまりにもフランクすぎる挨拶しちゃったから引かれたのかもしれない。
そもそも湖にテンションあげあげな状態だったのだ。普段以上に高いギアを入れっぱなしになっている。
「エレイフ?」
ドン引き?もしかしてエレイフドン引きです?
心配になってきてそろりと伺うように名前を呼んだら、がっくりと肩を落とされた。
「??」
ドン引きからの落胆か?あ、もしかして主って呼んだことを後悔し始めたとかか?
エレイフのリアクションの理由がわからず私も固まってしまう。近づいていいのかわからない。
すると、あはははははっと、エレイフが声を上げ、お腹を抱えて笑い始めた。
「はぁ?今笑うとこあった!?」
意味が分からず私は困惑を通り越していらっとした。
ちなみに、笑い方も爽やかさであふれている。
「いや、悪い」
はははと、さっきより笑いを収め始めたエレイフは、涙をぬぐいつつこちらに歩き始めた。笑いを抑えながらでも絵になるのは鍛えられていて体のバランスがいいからだろう。飾りの少ない方の騎士服の首元が寛げられていていつもよりラフな状態だけど、それが逆にちょっとエロさを醸し出しているのでずるい男である。
「まさか、あんな挨拶が開口一番に出てくるとは思わなかったのでつい。」
「ついって…」
ちょっと心配損した。
東屋から降りたところでちょうどエレイフと向き合う形となる。見上げるといつもの髪型をしていて、私の知っている方という印象である。
「中央教会ではさすがに他の大隊を差し置いて側に侍らせろとは言えなかったから。どうしてるかと思ってたんですよ。」
「なんか、毎日毎日環境が目まぐるしいんだけど、呼ばれた聖女候補っていつもこうなの?」
うんざりだーという顔をすると、また笑われた。
「主様だからですよ。こっちはこっちで主様のおかげで大変な騒ぎです。」
「どんな?」
「知りたいです?」
「試すような事を言う…」
ジト目で見上げると、試されてるのはこっちですよ。と、言われた。誰に?とは聞かずとも私の事だろうと一応私にも伝わってきた。試した覚えはないのだが?
「護衛騎士を選びたくなければ、無難に俺を呼べばいいじゃないですか。」
「そんなの、エレイフの立ち位置が大変になるじゃない。」
「今でも微妙なんですよ。騎士団内は気を引きたい大隊長とそうじゃない大隊長で半々。それぞれの後ろにいる上位階の皆様はどうにか気を引けとそれぞれにせっついているのに、主は中央に長居はしないから護衛騎士はいらないと堂々たる宣言をするし。お前はもう、一度失敗しているんだからでしゃばるなという空気を出されるし。さんざんです。」
「うわぁ。やな空気ぃ…」
「なので、護衛騎士はいらないけど道中で一緒にいたので信頼してます。位は言ってもらえた方がありがたいんですけどね。」
教会の裏事情をペラペラとしゃべるエレイフに、私は首を傾げる。今までは教会について口にする事はほとんどなかったので違和感がある。
「今日はよくしゃべるね?」
「え、いつもよくしゃべってますよ。俺は」
「そうなんだけど、教会の事とか、今まで全然だったから。」
「そりゃあ、今までは話せる共通話題がなかったからですよ。」
「そうだろうか?」
「そうですよ。」
腕を組んで首を傾げたら、真似するようにエレイフも腕を組んで鏡映しのように小首をかしげてきた。ほんと、かわいげはぴか一だから困るなぁ。
でも、さすがの私もちょっと察している所があるんだよね。
「エレイフは、アレクシスさんをどうしたい陣営なの?」
「…」
腕を組んだままじっと見上げていると、エレイフもそのままの体勢と笑顔で無言になってしまった。
饒舌の裏には黙っていたい事がある。
つまりは、彼の黙っていたい話ってこれなんだろう。
「話さなくていいけど、つまりは私じゃなくてアレクシスさんのそばにつけるポジションとして、私の護衛は最適って事だろうかと、予想しているんだよね。」
『玉』の話を聞きかじるまでの私だったら予想もつかなかったけれど、アレクシスさんを聖女より上に祭り上げたい人、それ以外の意味で祭り上げたい人、そして、表に見えないようにしまっておきたい人。大きく分けてこんな感じの複雑な思惑があるんだろうなと整理している。
そこから考えられるエレイフの行動から推察する誰かの思惑。
私に向けたものではなく、アレクシスさんに向けられていたのだと考え直し、しっくりくるパターンを考えるなら、さっさと中央に戻したい、しまってしまいたいという考えの方がだではないかなと予想ができる。合ってるかは知らんけど。
「けれど、表向きで言うならアレクシスさんとは慣れあわない陣営だから、エレイフとその後ろにいる方の意見では、アレクシスさんの管理している宮には立ち入れない…なーんて、言ってみたりして。」
核心までは触らないように気を付けつつもそんな予想を口に出したら、あまりにもエレイフが顔を歪めるものだから、私は最後におどけたように付け加えてお茶を濁してしまった。そして、くるりと回りステップを踏むようにまた東屋に上がった。私もあまり押しは強くないんだよ。
柱に手を添わせ、くるりと回ると、椅子の箇所に立ち膝で上がり、手すりに肘を置く。
「ただの予想だよ。」
主と呼ばれても背負うことができないのだから、あまり立ち入るべきじゃなかったかもしれないと反省する。
彼の地位は彼の後ろ盾がなければ困ったことになるのは目に見えている。
もちろん、エレイフが頑張った結果であるとも思っているけど、集団になればなるほど、後ろ盾は大事になるんだよ。どうしたって一人では立ち行かないのだ。
「誰かに、聞いたとかじゃないんですか?」
「アレクシスさんの事は聞かない事にしてるから、ほぼ予想。」
「やっぱり、恐ろしいお嬢さんですね。主は」
「だから、私を子供だと思うから混乱するんだって言ってるじゃん。」
「俺は慣れましたけど、他人に言ってわかるはずがないでしょう。」
「そうだねぇ。」
困ったものだと頷く。見た目年齢通りで考えるから驚くことになるのだというのはよくわかっている。が、改めようにも難しい。
「ねえ、何か面白い話して。」
「は?」
「せっかくだし、朝食まではまだ時間が…あ、エレイフ時間は?これから仕事?」
時間ではっと思い出し、私はエレイフの顔を伺う。騎士の制服を着ているんだから、仕事があるはずだろう。そう思っての事だったのだけど。
「今日は夜勤明けです。隊長も、夜勤は平等にしておいた方が隊員との溝が少なくていいので。」
「苦労しているんだねぇ。」
若さゆえの工夫に、私はほろりと涙が出る。エレイフ頑張っているのねとよしよししてあげたくなる。
「朝食の前までの時間、ちょっとくらいはお相手しますよ。」
「ふふ、ありがとう。」
年下だけど、エレイフは懐の広い子だなとしみじみ思うのだった。