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気分はまさに出陣



「アオ様、ご準備はよろしいですか」

「うぁっはいっ!」


 声がひっくり返るのを止められず、恥ずかしくなる。

 緊張と胃痛が止まらない。

 衣裳部屋で侍女さん達に着せ替えと髪型のセットをしてもらっている間も、何度も胃が痛いので寝ますと言いたくなった。

 今はそわそわとお借りしているお部屋で、絵を眺めたり外を見たりと、檻の中の獣のようにうろうろしていたところである。

 ノックと共に響いてきたのはアレクシスさんの声だった。変な音になった返答に何も突っ込まず、失礼します。と、入室してくれるのはいいけど、逆にフランクに突っ込んで欲しいところである。


 扉を振り返れば、それぞれに違った正装に身を包んだアレクシスさんとカーライルさんがいらっしゃった。


 カーライルさんの恰好は、明けなる青蘭を基調とし、銀というか、たぶんこれ星銀灰色と思われる糸でふんだんに刺繍された教会特有の正装を着ていらっしゃる。

 銀の刺繍の見事さに感嘆のため息が出るいでたちだが、それに見劣りしないのがすごい。

 全身に目を向けて気が付いたのは、普段装飾品を身に着けていないカーライルさんが顔の横に垂らされている髪に通す形で髪飾りをしている事だった。だから、いつもと違うのってずるいんですってば。と、心の中で心頭滅却を繰り返し唱える。最近やたらと心臓に悪いですカーライルさん。

 思考回路を何処かよそにやろうとして、ふと思い出したのはレガートの事も。確か、レガートも片側の髪に同じような飾りを通していたな。と。


 さて、もう一方のアレクシスさんはと言えば、普段とあまり変わらないけれど気持ち華やかな黒い正装をされている。

 教会の人っぽい恰好ではないのか。と、ちょっと期待していた私はしょんぼりした。

 普段とあまり変わらないとは言うけれど、普段はガチで飾り気のないスッキリとしたスタイルだけど、今日はちょっと違っている。要所要所に光が当たるとそれとなくわかるように刺繍がされ、ボタンにやたらと綺麗な石がはまっているのが見える。襟や袖の縁取りがあるだけでなぜこんなにも華やかになるんだろう。

 結局こっちも心臓に悪いのでこれ以上見るのはやめよう。


 既に私は緊張で胃痛なのだから。


「恰好、変じゃないですかね?」

「本日も美しくていらっしゃいますよ。聖女様」


 せめて、胸を張って歩けるようにしたいと聞いてみたが、聞く相手を間違えました。

 いつもよりも重々しい雰囲気の衣装に身を包んだカーライルさんが全力で私を肯定してくれるけど、違うの。そういう事じゃないの。


「そうではなくてですね…」

「良い出来かと存じますよ。アオ様は正式に教会に属していらっしゃるわけではございませんのでドレスに規定の形はございませんが、教会の方式に合わせたデザインと髪型にされたのは正解かと。」


 がっくりと肩を落としかけた私に、もらいたかった大正解な評価をくれたのはアレクシスさん。

 さすが専属家庭教師様。私の聞きたいことを汲み取ってくださる。


 本日は中央教会を動かしていらっしゃる上位階の皆様と騎士団の皆様にお会いする予定の日。

 正直どっちもお会いしたくないけど、うまい事カーライルさんとアレクシスさんが調整を付けてくれて、ただお目通りするだけにしてくれたので頑張らなくてはいけない。

 下手したら顔合わせからの会食からの懇親会などといった長々とした予定を入れられていたところだったらしいが、お二人が断固としてお断りしてくれたらしい。ありがたい限りである。

 ありがたい…が…


 なんで次の日に予定を持ってくるんだ。フレン様が来たのは昨日だよ。

 心の準備ってものがあるのではなかろうか。

 いや、この二人にそんなものは無いな。そうだ。私と違って心が強いのだからそんなものなかった。


「ところで、ずっと気になっていたのですが。」

「あ、はい。なんでしょう。」


 胸をなでおろした私をじっと見降ろしていた赤い瞳がちょっと細められる。


「そちらの花飾り、私の見間違いでなければもうずっと同じものをお使いですよね。」

「えっ」


 私はドキッとする。

 今日の髪型は頭の両側から大きな編み込みを作り、うなじの所で一つにまとめ一本にして垂らすだけのごくシンプルなものだ。つけているのは、神様から頂いた菫の花のみである。

 菫の花は耳の上の編み込みに差し、落ちないように止めている。

 これを神様からもらった話は誰にもしていない。話したらまた大事になりそうで気が引けたのだ。

 だから、いつもひっそりと自分で保管して、たまに使っているだけだったのだが、まさか髪飾りをアレクシスさんがしっかりチェックしているとは思わなかった。


「生花のはずですのに、花の本数だけでなく花弁の形や葉の形がずっと同じで不思議に思っていたのです。」


 視線が泳ぐ私にとどめの一言。


「よく、みてますね。びっくりしました。」


 適当にごまかせないかと一瞬考えたが、どう考えても降参するしかなく、私は苦笑する。


「カーライルさんのお屋敷を出る前に、神様にもらったんです。餞というやつですね。」


 正直に白状してみると、緊張よりも神様からもらった時の嬉しい気持ちの方が大きくなって楽しくなる。

 気分が軽くなったとたんにちょっとしたいたずら心がわいて、私はゆっくりと右手の人差し指を自分の唇の前に立て、アレクシスさんとカーライルさんに笑った。


「秘密ですよ。」


 美少女のガワを手に入れたからできる仕草だな。と、私も思う。

 見上げた二人は、そろって少し驚いたような表情をしていて珍しいものを見たなと更に楽しくなってしまった。

 こんな風に緊張がほどけるなんて、きっと神様の恩恵だな。さすが神様である。


 ちなみに、今日は私も袖の間口の広いドレスを着ている。

 どうやら教会ではそれが既定の型らしい。

 硬めの生地で作られた衣装は少し重めな印象を伴う。

 胴体部分は、胸のすぐ下で切り返しになっているためウェストのシルエットは出さず、そのままスカートが広がっている。コルセットいらずのデザイン万歳。

 パニエも何も仕込んでいないので大げさにスカートは広がってはいないが、大量にプリーツの入ったこのスカートはどのくらいの布量を使っているのか、確実にくるりと回ったら全円以上になりそうなのを着るときに確認している。すさまじい布量である。おかげで単体でもそれなりのボリュームを感じるし、歩くと後ろが尾を引くように広がるのでとても素敵なのだ。

 襟ぐりは、普段私がデコルテの出ている服を避けているためか、繊細なレースが鎖骨から上、首の下あたりまでを覆い素肌を出さない作りになっている。さすがの配慮の塊。

 色はくすんだような白と薄い灰色と薄紫で構成されている。基本的には白っぽいという感じのドレス。この地味な事極まりないと思われそうな組み合わせは静謐さをテーマに私が希望したやつである。せっかく希望を聞かれたのでこれ幸いと伝えた過去の自分グッジョブ。


 女神様製のこの見た目は、私の理想の聖女を発注して驚きの理想以上の素敵ボディが出来上がってきた代物。

 着飾れば着飾るほど華やかさを増すのは当然で、化粧映えもするのは当たり前。

 だけど、そうではなくありのままの女神様の生み出した美を追求するのが、女神様にこの体を賜った私の使命なのだと思うのだ。勘違いでもいい。せっかくならそういう方向で楽しみたい。

 何より、女神様に女神様の聖女と言われるのだ。どこまでもどこまでも聖女!という装いを極めたいじゃないか。

 だって、女神様から聖女と言われるのだよ?それはもう、お心に叶う出来栄えで作り出したいじゃないか。

 別に、見た目で聖女になれるわけではありませんが。

 せっかくスレンダー美少女聖女風になれたのだから、少しは私も楽しみたい。


 そんな私の両側についてくれているお二人は、入室時に見た通り、方向性の違う正装だけど相変わらず人間離れした綺麗さだ。

 けど、最近では不思議と人形っぽさを感じなくなってるんだよね。レガートと顔を合わせた時は、このお二人には、人っぽさや感情があまりにも顔に反映されてないんだな。とは思ったし、冷静さや硬質さの印象も変わらない。

 普通の人と比べれば感情の発露はあまりにも少ないけれど、私がお二人に慣れたという事なのだろうか。

 それに、このお二人の淡白さに居心地の良さを感じている所もある。熱量を持って迫られるのはどうも引け腰になってしまう。


「そろそろお時間ですね。緊張は解けましたか?」


 う、相変わらず私をよく見ていらっしゃる。

 アレクシスさんは含みのある視線を私に送りながらいつも通り手を差し出してくる。

 私は、ゆっくりと手を伸ばしながら頷いた。


「おかげさまで。」

「それは何よりです。」

「では、参りましょうか。聖女様、何があっても『肯定を見せない。』頑張ってくださいね。」


 以前エレイフが来た時にアレクシスさんから受けた注意事項を今度はカーライルさんから言い含められる。


「今日も何とかなればいいんですが…とりあえず、頑張りますね。」

「聖女様なら大丈夫ですよ。」


 左右に並ぶ綺麗な横顔に心強さを貰い、頑張ろう。と、気を引き締める。

 とりあえず、きっと名前は覚えられないので全て笑顔でスルーする。私の作戦はこれだけだ。





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