教会の庭
今日も今日とて、朝日と共に起床してカーテンを開ければ見知らぬ緑の園。
長い夜になりそうだと思ったけど、毎日規則正しく寝ている私は、しっかりと早い段階でおねむになりました。何歳児なんだ。
薄暗く静かな緑を眺めながら、中央教会でもこの習慣は変わりそうにないなと納得した。
そして私はクローゼットに向かう。昨日のお部屋の整理で中がどうなっているかはわからないから、人が来ないうちに見ておかないとね。
中はクローゼットっていうか、衣裳部屋だなという感じである。
いくつもの衣類の掛けられた優美な猫脚のクローゼットが鎮座している時点でここはクローゼットではないと思う。
引き出しなんかを開けてみると中に柔らかな布がはられ、装飾品がしまわれている。こんな怖いものを私の寝室の横にポンと設置しないで欲しい。
窓はないから完全に寝室から入るしかないどん詰まりのこの部屋、怖いけれど端からざっとチェックして物の置き場所はなんとなくわかった。
そして、部屋の奥の方には大きな姿見と、ドレッサー。
家具類はどれもこれも優美な猫脚で、かわいいしぐっとくるのがまた悔しい。
「さすが、カーライルさん。趣味が良いし、揃いにするよねぇ。そうだよねぇ。」
素敵さと金額はイコールなんだろ。知ってるからなと心の中の私が転げまわる。
さて、さすがの私も中央教会の敷地内で走ろうとは思わないので、お嬢さんワンピースの棚を開き、なるべく目立たない地味なものを選び出す。
まだ薄暗い時間だ、鼠色に紫がちょっと混ざったような色合いのワンピースを取り出して、これなら目立たないだろうといそいそと着込む。首元は白いブラウス生地でかっちりとカラーがあって、世界名作的な作品に出てくる家庭教師が着てそうな潔癖さが私好みだ。手首にも白いブラウス生地が飾られている以外はとてもシンプルなAライン。こういう衣服はどこか禁欲的なところがいいよね。と、心の中のヲタク心がゲヘゲヘ笑う。
あー聖女ちゃんがお友達だったらなぁ。こういう服も着てもらったりできたんだろうか。
チョコレート色の髪を小花で彩ったりしたかった。
逆にベールで顔半分覆ってもかわいいだろうなぁ。とか考えながら、鼠色のレースを取り出し頭からすっぽりとかぶる。ピンでとめればずれることもない。
「完璧だね!」
馬車移動で新たに培ったベールをとめるスキルは案外お役立ちで素晴らしい。
よし。と張り切ってクローゼットを出て、部屋の窓を開ける。
足元からずいぶん高い所まである窓は、思ったよりも簡単に開いて音一つ立てず外に出れた。
朝の空気は清々しく、緑の匂いがとても濃くて胸がいっぱいになる。
お庭は綺麗に作られて、木々の根本には花、花、花。かわいくてとてもいい。
奥の方は背の高い花を、手前の方は背丈の低い花を植えてあって見事な奥行きである。
部屋の前の範囲をうろうろしていると、木々の間に道を発見した。
これは冒険するしかないよね。私は意気揚々と木々の間に踏み入る。どうせすぐに部屋に戻らなければいけないのだ、ちょっと行くだけと歩き出す。道が分かれてないかだけは気を付けて、足取り軽く歩いていく。
少しずつ明るくなっていく空。木々の間から光が一筋落ちてきて、あぁ、綺麗だなと心の底から思う。
楽しくなってくるりと回る。誰も見ていないからできるご機嫌すぎる動作に、自分の事ながらおかしくなってふふふと笑いが出てしまう。
くるり、くるり、と何度か回って、華麗に足を止める。と、突然誰かに手を取られた。
「このような時間に地に降りるとは、なかなか珍しいことだ。」
艶のある声。暁の豊かな髪。優美なレースに縁どられた衣装。
朝日にきらめくその姿は、まさにこれからの時間の空の様なたおやかさ。
「神様!?」
びっくりする私の手を軽く引く神様。そのままダンスの要領で反対の手も取られ、くるりと回る。
「そなたの『声』の通り、朝日差す森の中は美しいな。」
リズム感も運動神経も抜群の聖女ボディは、突然の出来事でもすぐに反応し、軽やかなステップを踏んでくれる。淑女教育よありがとう。
神様にリードされるまま私はくるりくるりと踊り、その言葉に嬉しくなる。
「神様もわかりますか!この時間だけの日の角度。木の葉の間から差す一筋の光。薄暗い時間だからこそ神秘的で素晴らしいですよね。」
すると、くるりと一回りした神様はそのまま私を引き寄せて、自然な流れで足を止めた。リードがあまりにもうますぎて、私はポスリと神様の腕の中に納まってしまった。
あれ…?
「今日はずいぶんと饒舌なものだ。」
「そ、そうですか。」
どう見ても抱擁されている。
この状況に私は自然顔に熱が集まるのを感じる。心臓もバクバクと回転数を上げ始め、わけのわからなさに心の中に悲鳴が上がる。
ひええええ密着してる!
「叫ばれるとうるさいのだが。」
「叫んでませんっ。叫びそうなのを我慢してますっ。」
「口から出なくとも、他が全て漏れ出ていると教えたが…なおらないものだな。」
「昨日の今日じゃ無理ですっ。」
顔が良い。声が良い。腕から全く逃げられないのに優しく包まれてるのは何でなの。
ていうか、これどういう状況?
「ははは、あまりにも楽し気な様子が届くものだから構いに来た。思った以上に反応を返すものだ。」
「小動物扱い良くない。」
艶めいた笑みが離れ、ぽすぽすと軽くたたくような仕草で頭をなでられた。完全に小動物である。
「この扱いに不満があるのであれば、もう少しうまく心をしまうのだな。」
「でも…だって、ここはこんなに綺麗なんですよ。」
「その気持ちがあまりにも、こちらに差し出され過ぎなのだ。そなたは我らにすぐ意識を向け、こんなに素敵でしたよ。と語りかけようとする。」
なんと。小動物というか、飼い犬じゃん私。
ご主人様見て見て!って尻尾ふっておもちゃ持ってくるマメシバが私の中に浮かび上がる。
そのイメージが頭を占めた瞬間、ふっ…くくく…と、抑えられずに笑ってしまったという感じで神様が笑い出した。もう私はスペースキャット顔です。
「その生き物は確かに我らに語りかけるそなたのイメージに近いかもしれぬな。」
なんと、脳内映像も駄々洩れか。
本当にただの小動物だよ私。
「どうあがいても隠せるはずがない。こんな気持ち。」
いたたまれなさにさめざめと両手で顔を隠す。つらたん。
「ははは、これほど笑ったのは久方ぶりだ。今しばらくは楽しい時間を過ごせそうだ。」
「神様が楽しそうで何よりです。」
「であれば嬉しそうにするが良い。そなたの祈りは少々毛色が違うが心地いい。また呼ぶ事を許そうぞ。そなたの過ごす庭に祝福あれ。」
ふんわりと光が舞い散って、森が輝く。光を撒く神様は優美に舞うようにゆるりと天へ帰って行かれた。
夢の中の様なキラキラ。暁の麗人は本当にキラッキラですごい。
そのキラキラが消えるまで私はそこに立ち尽くしていたが、それらの余韻が消えたころ、私は大事な事を思い出した。
「はっ!朝食の時間」
あわてて元来た道を私は走り出したのだった。
どうか朝食に間に合っていますようにと願いながら。




