青の主と赤の来訪者(カーライルとアレクシス)
途中割り込み機能で追加致しました。
重厚な調度品が並ぶ書斎。
華美な装飾はないが、精緻な彫りが見て取れる執務机や書棚は当然のように揃いで作られており、全て一つの工房で作らせたものとわかる。
よく見ればローテーブルやソファー等も、執務机や書棚よりも華やかではあるが、意匠を合わせた作りにしており、窓枠や壁の作りに至るまでそのように作られたものとわかる。ここまで部屋を作りこむには数年の時間をかけるか、何十人もの弟子を抱える工房に一年二年で作らせるかしなければ難しい。
絨毯は織物に刺繍が刺されたもので、色数は多くないが見る角度により様々な顔を見せるように計算されつくされており、相当に手が込んでいる。それを、部屋のサイズぴったりに作らせているのだから、こちらもこの部屋の為に特別にあつらえさせたものとわかる。
窓の外はまだ明るい時間帯だというのに、なぜか重厚なカーテンは閉ざされ、気の早いことにいくつかの明かりが部屋の中を照らしている。
時間帯に反して薄暗い部屋の中には二人の男性がローテーブルをはさんで向き合う形でソファーに深く腰掛けていた。
片や、灰色の髪を緩く編み、片側の肩から前へと垂らした、青い瞳の男性。
片や、黒いまっすぐな髪を背中に流した、赤い瞳の男性。
どちらも温かみの無い表情で側仕えがお茶を置き終わるのを待ち、青い瞳の男性が下がるようにと声をかけた。
上に立つもの特有の重みと温度の無さが、冷たく静かな湖のような印象を周囲に持たせる声だった。
ソファーに座る二人以外が静かに退室していくのを赤い瞳が密かに観察しながら、ゆっくりとカップを持ち上げた。
部屋から出ていくどの顔ぶれも所作の美しさを損なうことなく粛々と己が役割を果たすのを見るにつけ、部屋だけではなく人に対し、惜しみ無く投資していることが読み取れる。
赤い瞳の男は、他領では絶対に持ちえないこの土地の価値の高さに感じ入る。ここが終焉の土地であったなど、誰が思うだろうか。
普通、台地の終わりを予感すれば、人心は乱れ、財持つ者は土地を捨て、土地は荒れるものである。教会に保管されている過去の記録にもその様子は生々しく残されている。
天へと祈りが届かなくなった土地の末路は、虚無への帰化である。
カップからのぼる香りを楽しみ、口を付ける。芳醇な香りとスッキリとした味わい。この土地の作物は、地の衰えを感じさせない味がする。
最後の一人が部屋を辞し、しっかりと扉が閉まると、青い瞳の男はゆっくりと足を組みその上に両手を組んで乗せた。
「思ったよりも早く出てきましたね。アレクシス」
「久しぶり位言えないのか。カーライル」
「今更時節の挨拶もないでしょうに。」
ひんやりとした声で話始めるカーライルに、硬質な声が呆れも何も乗せない音で言葉を返す。感情らしい感情を乗せない声はどっちもどっちで、二人の関係性は昔からこの温度であった。
アレクシスとカーライル。二人は少年期からの付き合いがある。
一度として優しい言葉を交わしたことはないが、相互理解が細い糸として二人の関係を結んでいた。
「早速、貴方も洗礼を受けたようで何よりです。」
「…」
珍しくも楽しそうにうっそりと笑うカーライルに、アレクシスは少しいやそうな顔を向ける。何を指して洗礼と言っているのかわかっているために余計にその態度が癪に障る。
カーライルが所有する屋敷に来てまだ玄関もくぐらぬ段で、目の前に現れたのは天よりかかる大いなる光だった。その光の先にいたのは、目を見張るほどの美しい少女。光に溶けそうな髪や白い肌と、泰然とした表情から、少女こそが天なる存在であると思ったほどであった。
それが、光の中から更に人ならざる存在が降り立ったものだから、一瞬何が起きているかわからなくなるという経験を生まれて初めてしたほどである。
あのような光景、人生に1度でも目にする事があるとは思わなかった。
天地を繋ぐ光とは、糸のように細く繋がり結ばれるのが普通である。その常識が真っ先に打ち砕かれ、そこから続く全てが信じられない事ばかりだった。
「あの方は、一体何です?」
漠然とした質問を投げかけるのは不本意であるが、致し方ない。
恐ろしく現実離れした光景を見、ほんの少し会話をしたところで、奇跡を見せつけた彼女の事は何一つ理解できなかった。自分の眼をもってしても何も見えず、理解しえないとは、考えたこともないことであった。
「逆に聞きますが、どのように見えました?」
カーライルもまた具体性のない質問をし返す。こちらは、確信を持って。
「貴方がみてわからないのであれば、この国に聖女様を今わかる者はいません。」
「1ヶ月以上ここに滞在しているというのだから、少しは人となりを理解はしてるのだろう?」
逆に問われて、カーライルは難しい顔をする。
「聖女様は人との関りが希薄で…」
続く言葉を口にする事をためらうが、心に浮かんだ言葉は決まっていた。カーライルのその声が見えているアレクシスは眉間にしわを寄せる。
よほど天の方が近い。
見える言葉はそれだった。
にわかには信じられないものばかりが並ぶ状況の中、その言葉に納得せざるを得ない情景を見てしまった事も否定できない。
だが、屋敷の中である。人と関わらずいられるとは思えない。
「屋敷で生活しているのだから、侍女達と雑談の一つもするものだろう?」
「朝の支度も、夜の手伝いも必要ないと先に断られているんですよ。」
アレクシスは目をむいた。
顔を合わせた少女は、着飾りはしないものの、きちんとした格好で自分の前に立っていた。
「着替えは?」
「簡単なドレスであればご自分で足りると」
コルセットを付けるようなドレス自体を返されている。
「髪や化粧などは?」
「化粧自体を必要とされてないので。」
匂いの好みや体質があるからと当初見本を並べてみたが、一番安い化粧水と乳液以外は断られた。
「その…ご入浴は?」
「お一人で事足りているそうです。」
さすがに女性のお風呂事情についてはためらいがちに口にするアレクシスに、無情に返される現状。
毎日楽しく入浴をしている事を知る者はいない。更に言えば、長風呂をし過ぎないように気を付けているくらいには、お風呂を楽しんでいる。
「普段の生活では侍女に何かを頼むこともなく、本を読まれるか、お茶をされていますよ。掃除の者がいればすぐに別の部屋に移動され、そもそも同じ部屋にいることが稀だという話です。」
「およそ信じられない生活をしているな。」
「一番会話をしているのは、食事をご一緒させていただいている私か…料理長のどちらかか。」
「…」
料理長?と疑問符が浮かびつつ、そこまで人と話さずに過ごせるものなのだろうか。
黙り込む赤を青がじっと見据える。
「聖女様と話をしていかがでしたか?」
再度、質問を投げかける。
この赤い瞳には何が見えたのか。青の瞳に見えないそれを知りたい。半分はそのために、駄目で元々と手紙を送ったのだ。
赤い瞳は、見通す力を持つ瞳だ。この国の特別な瞳。
だからこそ、中央教会にしまい込みたい者がいて、引っ張り出したい者がいる。
カーライルはどちらでもないが、別の望みのために一番早い方法を選択することに忌避感はない。赤い瞳をまっすぐ見返す事に抵抗がないのと一緒である。
「…」
これほどまでに紡げる言葉がないという事もあるまい。と、アレクシスは息を吐いた。
「明日からの事も決めかねるほどには、言えることがない。」
「…」
今度はカーライルが黙ってしまった。
「それこそ、お前が口にしなかった事があの方の真である可能性は高い。」
カーライルが先ほど言いよどみ口にできなかった言葉を、赤の目は見透かしている。あえてそれを音にし直さない程度にはカーライルの心境に配慮しているが、考え自体は言葉を濁さないために明らかに動揺を呼ぶ。
前のめりに体を傾けて、手のひらに顔を埋める男の灰色の髪の流れをすいっと見送り、アレクシスは無言で立ち上がった。
「どこへ行くんです?」
「あの時は天なる方の気配が濃かった。今一度向き合ってみるのが良いだろう。」
「まて、聖女様の部屋に行くのは…」
「無理に押し入るわけではない。」
初対面のアオの部屋へ訪れる。という共通の状況から、思い出しかけた最初の日の記憶。
己の思い浮かべた情景に瞬間的に気が付き、頭の中から消そうと気をそらしてしまったがためにカーライルはアレクシスを止めることができなかった。
さすがにあの時の情景を赤い瞳にうつされるのは敬愛する存在を汚す行為である。
言葉と視線と記憶と思考。条件が合えば赤はそれらを暴いてしまう。それは呼吸と同じことで止める術はない。
長い付き合いだ。見られたくない事を思い浮かべないようにすることなど簡単にできるはずだったのだが、まさかである。
パタリと閉まる扉。
後ろを追うべきか迷ったが、今追っても徒労となることもわかっている。
致し方なくカーライルはもう一度ソファーに収まると、さめたお茶に口を付けた。
95話までいっても全く出していなかった設定をやっと出せたなと。。。
楽しんでいただければ幸いです。