暁の焔
ありとあらゆる状況に追いつけなさ過ぎて白旗を上げた私は、そのままアレクシスさんに中央教会の仮住まいについて全面お任せにしてしまった。カーライルさんごめんなさい。
後から思えば、突然の目の前でのマウント合戦にふざけんなってなって頭に血が上ってたんですよね。私。
正常ではない時に大事な判断はしてはいけなかった。
と、思ったのはアレクシスさんにこちらですよ。と独立した小さな建物に案内され、部屋を用意するのでしばしこちらでお待ちくださいとお茶を出され、一人で一息ついた後である。
よくよく考えれば、私はアレクシスさんの事情にただ巻き込まれて、更にマウント合戦に巻き込まれたのではないでしょうか?アレクシスさん、本来なら中央教会から出る事が稀な人なのでは?というか、単身カーライルさんの屋敷にやってきたこととか、あり得ない出来事なのでは?
そして、アレクシスさん事情に巻き込まれただけの私たちの中で、一人仕事を全振りされたカーライルさんが一番の貧乏くじを引かされたのでは…
「早まったかな?」
ぶわっと頭が冷える。正常値を通り越して一気に氷点下になる頭。
後悔先に立たずとはこのことである。
渡り廊下でつながっているとはいえ、独立した建物に通されるってどういうことだ。教会の敷地内、どれだけ広いの?本館の他にいくつ建物あるの?庭もどう見てもその先は森って感じだし。
落ち着いてお茶を飲もう。ほら、お庭もきれいで部屋もきれいじゃん。と、思うけど、落ちつかない。
うぅ、罪悪感と後ろめたさのフルコンボが押し寄せてくる。
耐え切れずに半ば投げやりな気持ちで、広々としたソファーにもふりと上半身を投げ出した。
置いてあるクッションはふかふかで心地いい。もっふもっふやぞ。
ぎゅーっと抱き着いていると段々と心地よさにふわふわしてくる。
ちゃんと太陽にさらしてくれていたんだろう、いいにおいがする。
あぁ
このままとけるー
ここちよいー
そこから私の意識はない。
「はっ…!」
「…」
「…」
意識が浮上しかけた私は、やたらと瞼に突き刺さる眩しさに気づき、がばっと起き上がった。
見たことのないくらいのキラキラしさが部屋にあふれ、そして、見たことのないやたらと美麗で華麗な存在が冷たい目で私を見ていた。
「あれ…誰?」
神様じゃない…。
と、思ったら、その人はむっと眉を寄せた。
「ほほう。天なる加護を疑うとは、安らかなる夜に還る事が出来なくても良いと見える。」
「安らかなる夜?」
言葉の意味が分からなくて首を傾げる。
というか、このキラキラした方は神様だったらしい。なんと、申し訳ない事を考えてしまった。
私の中で神様と言えば光の貴公子だったからつい…。
「えーっと、すみませんでした。神様」
ところで、いつ私は神様を呼んでいたんだろうか。
「ふむ、主神たる方の加護のもとどのようにこの私を呼びつける気であるかと思ったが、ただの垂れ流しか。もう少し意識を己の内へ留めよ。」
「垂れ流し…」
歌うように流れるように紡がれる言葉の内容があまりにもなもので、私はつい復唱してしまった。
私の思考、垂れ流しって…。
真顔です。
いえ、女神様に初めてお会いした時にも垂れ流しでしたが。知ってましたが。まさかいまだに垂れ流しとは思わなかった。どういう事だってばよ。
「急募:気持ちの隠し方」
「こちらへ向けた意識を隠す気があまりにも見えぬ。さらけ出しすぎなのだ。」
「隠す気と言われましても。」
「ここは特に天地近き場だ。あまりにもそのままではうるさくて敵わぬ。」
煩わしそうにされるが、隠し方がわからないので困る。人には私のこの駄々洩れな気持ちは全然伝わっていないというのに、なぜこうも天なる方々には筒抜けなのだろう。
「なぜこの場所は天地が近いのですか?」
「縁が深い故、である。」
「縁が深くなればなるほど、声が届きやすくなる…と?うーん…道ができるのと一緒かな。流通の便が良くなれば、利用率が上がるし、運搬できる量も増える。」
「…意思以外も流れっぱなしではないか。」
「はっ…失礼。思考が口から出てました。」
私はその段になってやっと居住まいをただした。
目の前にいるのはふんわりと美しく豊かな髪をなびかせたお方。焔の様なその髪は、赤を基調に根元から毛先へとグラデーションを描き、毛先はオレンジ色にも見える。金色の光がきらきらと輝き、それはそれは美しい。
優美な眉はきりっと眉山を描き、下まつげに飾られた目元は甘くきりっとしている。
私の知る神様を光の貴公子と表現するなら、この方は焔…いや、暁だろうか。暁の麗人。
服装も貴族的で裾がひらりとはためくのがまた美しい。袖の端から覗く細やかなレースはとても繊細だ。
尊みしかねぇ。
「…垂れ流れているとわかっても変わらぬか。」
暁の麗人から呆れが溢れたのがわかった。けれど、その口元は弧を描き、嬉しそうでもある。
称賛されるのはまんざらでもないらしい。
「面目ない」
まだこの世界に来て4か月の赤子だ、許して欲しい。
これからまだ伸びしろがある。きっとある。軽く30を超えててもそのはずだ。
垂れ流れたとしても、その分たくさん心から美しさを述べさせていただくのでそれで手打ちにしてもらえないだろうか。
「期待はせぬ…が、それが主神の願いなら受け入れるしかあるまい。ようこそあの方の聖女。『あるままに、あるがままに。』主神の願いのまま生くがよい。」
「ありがとう…ございます。」
諦めを深くし、暁の麗人はそんな言葉をくれたのだった。
「神様も色々何だなぁ。」
女神様とも、光の貴公子とも違う、優美な所作の神様だった。それはとても貴族的でもあって…場所の特性なんかが神様にも影響するのだろうか。
「ちょっとだけ、神様かなって期待しちゃったな。」
ぽつりとつぶやき、光の貴公子を思い出す。
一週間…ってこの世界で数えるかはわからないけど、長かったなぁ。
話したい事いっぱいあるんだよなぁ。
レガートは意外と面白い人だったよって話とか。
内心めちゃくちゃ期待していた聖女ちゃんとは仲良くできるフラグがすでに折られてた悲しみとか。
あとは…と、思い浮かべようとしたとき、そっとノックの音が響いてきた。
その音に思考の海から引き戻された私はさっきまで寝ていた事を思い出し、急いで髪とドレスのチェックをする。よし。大丈夫だ。
一つ咳払いをして落ち着いたところで、どうぞと声をかければ、扉の向こうからカーライルさんが現れた。
あ、そうだ。私色々とやらかした後だった。と、遠い目になる。
かっとなってやりました。犯人は私です。と両手を差し出したくなる。
それなのにあたふたとこの場所に部屋を用意してもらっていて…とうまく話せないまでも会話の流れをかいつまんで伝えようと奮闘したら
「こうなるかもしれないとは思っておりましたので、致し方ないですね。」
と、微笑まれた。
なぜそこでこの人は微笑むのだろうと、胸の奥がつまって、息が苦しくなる。
苦しくなって、どんな言葉をかけたらいいのかわからなくなった。
謝ることもさせてもらえず行き場のない罪悪感が凝るばかり。恩に報いたいのに。
そして、二人で話す時間を私たちは設けたのだった。
結果として、私と後見人のカーライルさんは、同じ建物の中で過ごすこととなった。アレクシスさんに相談しなくていいのだろうかと思ったが、どうせあちらもそのつもりでしょう。と、冷気が溢れたので、通常営業の二人の関係を信じることにしよう。と、私は頷いた。
「どうせ、この建物はアレクシスの管理にありますから、融通は利くんですよ。」
私はパチパチと瞬きを繰り返した。
中央教会の敷地内に独立した建物は、私からすればとても立派なお屋敷の大きさだ。
二階建ての建物で、玄関に入ると軽く30人規模の会議室位ありそうなホールになっていて、二方向から真ん中に向かって緩やかな弧を描く階段があり、2階には優美な手すりがぐるりとあった。
入り口から向かって左右にはそれぞれ扉が2つずつあり、階段の影に1つずつひっそりと扉があった。
ひっそりしている方は従業員用なのかなと思う簡素な扉で、左右にある扉はそれぞれに綺麗な彫りのある扉だった。その内の一つの扉に案内された私は今こうして呼ばれるのを待っている次第だ。
つまりは、この部屋は来客を一旦ご案内する控室または、来客対応用のお部屋という事だと思う。
それが4つある上、奥にも2階にもまだ部屋がある。
え、それを、アレクシスさんが、保持してるの??
ごめんちょっとわかんない。
私は意味が分からなくなって疑問符で頭をいっぱいにした。
「中央教会内に他にある別棟は、祈りの棟と、騎士棟、あとは寮棟くらいですから、さほど敷地内の作りは複雑ではないのでご安心ください。」
「え、あ、はい。」
私がおかしな顔をしているのを察してか、そんなフォローが入ったが、カーライルさんそこじゃないです。
いえ、広すぎて迷子不可避とは思っていますが。
そうじゃない。
ってか、まって、この建物が特別な居住用スペースだって事実が判明してしまったじゃないか。待ってくれ。いやー。やめてー。
余計な知識が増えたところで私のライフはゼロよ!
なぜか私に対するフォローがフォローにならなくてすごい。
これが貴族と平民の違いなんだな。
しみじみ思いながら、その優しさはしっかり受け取りましたという気持ちを込めて、笑顔を向けた。
それからアレクシスさんが呼びに来てくれたので私たちはそろって別室へ移動した。
アレクシスさんが私に用意してくれた部屋は、教会特有の真っ白な謎の素材でできており。壁にはいくつもの飾り棚の様な窪みがある。扉とは反対側の壁の窪みは美しいレリーフが彫られ、それぞれに美しい空の絵が飾られている。
なぜ空なのだろう?と首を傾げるが、夕から夜、そして朝に向かう色彩が連続して5枚の絵にされている様は美しいから、まぁいいかと思った。
絵は私が両手を広げても抱えられない位大きなキャンパスに描かれており、その中でも真ん中にある夜のキャンパスは一番大きく、私の身長よりも高さがある。地震が来たらキャンパスにつぶされるな。と、考えてしまうのは生まれた土地のせいだろう。
壁の白さと反対に、庭に面した大きな窓は全て黒い窓枠で、これまたなぜだろうと思いつつもそのぱっきりとした印象がこの部屋にどっしりとした風格を持たせており、ただ白いだけの部屋じゃなくてよかったのかもしれないと思った。庭に面した壁のほとんどが窓なので、黒い窓枠も窓の飾りも圧迫感を覚えないしね。
そして、その部屋の奥にもう一部屋、ベッドとクローゼットのある部屋があるのだ。まぁ、クローゼットも小部屋一つ分の広さがある収納スペースなんですけどね。いや、クローゼットはクローゼットなので部屋数に入れるのはやめよう。
だってすでにまさかの二間続きなんだよ。広さ的にも部屋数的にも、そんなまさかって心の底から思っているんだよ。もっと手狭でいいのにと思ったのはさすがにお口チャック案件である。
だって、傍らで会話するお二人が
「ちょうどいい広さですね。」
「このくらいの広さはやはり必要ですからね。」
「家具は明日運び込んでも?」
「えぇ、執務机も必要ですので、明日模様替えに人を呼ばないといけませんね。」
「当家の者を連れてきますので、それには及びません。」
などと話し合いをしているのだ。
そうか…ちょうどいい広さか…。
うん。わかっているだろう、私よ。
あのお二人が何の考えもなく部屋を選ぶはずないだろう。
だが、どっちも私が考えるよりずっと先を歩きすぎてて辛いんだよな。凡人にはわからない深謀遠慮っぷりについていけるはずもないわけで、もう、自分の頭を抱えてじたばたもがくしかない。
そこから模様替えや家具の話に参加して、あとはお疲れでしょうからと私は解放された。
今日はもう、つかれたなぁ。
昼間にうたた寝をしたくせに、ベッドに転がってしまうとあっという間に泥のように私は眠ってしまった。
この世界は、いつもいろんなことが怒涛のように襲ってきすぎだよ。
女神様みたいな世界だ。
突然聖女として私をここに放り込んだ女神様。
私は、女神様の願いを聞けているでしょうか。