「本」「観覧車」「激しい可能性」
ある日の学校帰り、電車の車窓から見える観覧車が気になった。
いつも携帯を弄っていて視界にすら入ってなかったのだろうか、と充電が切れた携帯の入った胸ポケットへ視線を移す。
駅にもほど近く、それなりに栄えている繁華街の中で存在感を放つ観覧車…
どんなものか確認するついでに、本屋にでも寄ろう。そう思い立ち、自宅最寄りの駅から三つほど離れた駅で降りる。
いろいろな店が立ち並ぶ賑やかな商店街を抜け、生々しいピンク色の看板が目立つ歓楽街へ。
日の沈みかけた空とどこかの屋上に載った観覧車を見つつ、これから活気付く予感を感じさせる通りを数本越えて目的のビルへ。
昔ながらのデパート、という訳でもなさそうな外観で中には色々な店が入っているらしい。
折角来たのだから、と一階からざっと中を歩いて見て回りながら上の階へと歩を進めていく。
飲食店が軒を連ね、食欲をそそる匂いがほんのりする階から更に上がり、屋上へ。
自動ドアの前に置かれた券売機で券を買い、観覧車の足元にいる係員へ券を渡す。
そのまま指示に従いゆっくりとこちらへと降りてきたゴンドラへと乗り込み、彼が扉を閉めるのを座りつつ確認する。
足元で見ていた時よりも数段遅く感じる速度で彼から、地上から離れていく観覧車。
ガラス張りのゴンドラ、座ったまま遠ざかる歓楽街へ目を向ける。
先ほど感じた予感は合っていた様で、きらびやかなネオンが色濃く街を照らしている。
もう街を歩く人々は豆粒より小さく、本当にいるのかもわからない程だがその一人一人が激しい可能性を秘めているように感じる。
きっとあの人は夜の蝶で今夜もネオンの光にキラキラと輝く羽で、何人もの男を手玉に取るのだろう。
きっとあの人はストリートミュージシャンで今夜も嵐が叫ぶような声だったり、時には春の木漏れ日のような声で人々を魅了するんだろう。
普段自分が何事もなく退屈に過ごす夜を、その身を燃やすように鮮烈に過ごしている人がここには沢山いるのだと想像する。
帰りの電車に揺られながら、隣の座席に立てかけた革の大きなケースに微かな可能性を感じる。
本は買わなかった、代わりに買ったのはアコースティックギターだ。