嫌な予感ほど当たるもの
私がやさぐれても、時間は過ぎていく。
弟が生まれてからしばらくして、私の立太子式があった。真実を知った私にはとんだ茶番だが、国民は本気で喜んで祝福してくれている。その声援に応えて城のバルコニーから手を振ると、刺すような視線を感じた。気付かないフリをしてそっと確認すると、方向は王族達のいるところかららしい。
王太子が決まる式典ということで、重要な王族はほぼ全員参加だ。王妃や妾妃達。まだ嫁がれていない幼い王女様方。前王の従兄弟にあたる公爵閣下。…もちろん件の王弟殿下もいらっしゃる。
ちらっと確認しただけなのに、その瞬間に王弟殿下と目が合って、笑いかけられた気がした。途端に感じる寒気と冷や汗。あの視線は王妃のもの、あの視線は王妃のものと、自己暗示をかけつつ過ごした式典は、後半ほとんど覚えていない。
立太子式後の英才教育の変化はあからさまだった。帝王学と典礼学その他が無くなって、代わりに軍略だの兵法だのが増えたのだ。武術訓練の内容も、明らかに王子様の護身術の範疇を超える内容になった。うん、分かりやすいね。こっちの方が向いているからいいけども、王太子辞めたら軍に入れと言いたいのかな?
やさぐれた気持ちを打つけるように剣に打ち込んだからか、はたまたもともと向いていたからなのか、私の剣の腕前は、武術師範の元近衛騎士隊隊長も驚く程のものになった。同年代の騎士見習いや従騎士の少年たちとの手合わせでも負け知らずで、いつしか小さき赤毛のゴリr…ゲフンゲフン、小さき赤毛の獅子王子と呼ばれるまでになった。
王太子になった後、しばらくはビクビクして過ごしていた。きっと毒殺だの不幸な事故だの呪いだの不幸な手紙だの、命を狙う不届き者や不届きなモノが動き出すと思ったのだ。しかし、意外なことにその後も命を狙われることは無く、気がつけば弟が生まれてから3年の月日が流れていた。
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朝の身支度を終えると、侍従を伴い、王太子に与えられるダイニングルームへと移動した。私が結婚していれば王太子妃と一緒に食事をとることになるんだろうが、もちろん独り身なので、無駄に広くて明るい部屋で1人もそもそと朝食を食べる。王太子にふさわしい、白を基調とした明るい部屋の調度品と、広いテーブルにちょこんとサーブされる朝食が寒々しい。私は朝あまり食べない派なので、果物とオートミールくらいしか給仕するものはない。朝食べすぎると、お腹痛くなるんだよね。
食事を終えてミルクティーを味わう段になると、侍従が今日の予定を読み上げる。
「本日のご予定は、午前は経済学、修辞学の講義です。昼餐を挟んで午後に第一騎士団の視察。夕方はピアノのレッスンで、晩餐は陛下とおとりするご予定です」
「…陛下との晩餐? 昨日の予定では無かったはずだけれど…」
「はい、先程先触れがありました」
急な晩餐とは嫌な予感がバシバシする。少しでも情報を掴むため侍従の顔を凝視してみるが、鉄仮面は眉毛一筋動くことは無かった。
「陛下との急な晩餐会ねぇ、一体何だと思う?」
「さぁ、親子の絆を深めたくなったのでは」
「いや、それだけは無いな」
「そうですね」
鉄仮面侍従に話題を振っても、適当な棒読みの答えしか返って来ない。ヤツは私が城に来た時から王命で私を世話しているので、基本陛下の味方なのだ。陛下以外との時は、私に味方してくれることもあるが。
片付かないからさっさと動いてください、と侍従に邪険にされつつ、私はノロノロとダイニングルームから動き始めた。
…はぁ、今日は特に嫌な予感がする。