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黒幕の正体とクーデター

 ヴィットリオ国王は憲兵隊が血眼になって探し続けていたサルヴァトーレが何故今になって逮捕されたのかを疑問に思い、逮捕の経緯について質問してみた。


 そして、その回答から国王はサルヴァトーレと特異な関係をもつマリアカリアのことを知り、マリアカリアについて興味をもった。国王が興味ついでに彼女の経歴を探ってみると見逃せない事実が次々と浮かんできた。


 彼女はトニ・ニエミネンをエルフランドへ送り届けた帰りに襲撃をうけている。襲撃したのは親ザールラント派の秘密警察の人間らしい。誰が何のために指示したのか?そして、誰が彼女の任務と帰国の日時の正確な情報を流したのか?


 彼女はその後、砂漠の戦線に送られ、2度殺されかけている。誰が何のためにそのような指示を出したのか?


 国王の手持ちの情報では彼女をめぐる複雑な事情を解明することができない。


 しかし、国王は自分が完全に掌握したと考えていた大評議会のメンバーと情報局の高官の中に隠れている野心家がいることだけは明確に理解した。


 国王は、この微妙な時期に厄介なことになったとため息をついた。




 +




 サルヴァトーレについては国王の指示でかつてエーコの出した指令の効力を及ぼさずに例外的扱いをすることになった。


 つまり、確実にサルヴァトーレの裁判を行うため、サルヴァトーレの殺害、自殺を防ぎ身柄を完全に確保できるよう監獄島ではなく憲兵隊本部の特別な収監施設で保護することとなった。


 そして、起訴の準備がはじめられ、サルヴァトーレも弁護士等との接見が許された。


 ちなみに戦時下であることと犯罪の特異性から起訴の準備期間の制限は外されている。




 皮肉なことに、これらの措置によってサルヴァトーレはもともと抱き込んだ憲兵隊員の他に新たに弁護士を通じて外との連絡を確保した。


 彼はそれらを使って外にいる部下に指示を与えつつ様々な情報を手に入れつつあった。




 +




 サルヴァトーレが逮捕されてから2週間が過ぎようとしている。


 わたしは自身の死を覚悟したが、一向に死が訪れない。


 マフィアからの刺客も親ザールラント派の襲撃すらない。


 そのおかげで離れるよう何度説得しても離れないミレッタ上級曹長たちの安全も保たれ、好ましいとは言える状況ではある。しかし、駅舎や砂漠でも襲撃の謎が一向に解けない。




 わたしは今、求めに応じサルヴァトーレに接見するため憲兵隊本部にある特別収監施設を訪れている。


 3重の鋼鉄の扉。扉毎に2人の完全武装した憲兵が3時間交代で立っている。しかも、特別収監施設にたどり着くには憲兵隊本部の2箇所の独立した建物を渡り廊下伝いに通るしかない。




 手順を踏んで特別収監施設に着くと施設の接見室に案内された。


 中にはなんの変哲もない四角い机と背もたれのない椅子が2脚あるだけだ。




 しばらくすると、サルヴァトーレが顔を綻ばせて入ってきた。




「お嬢様。しばらくぶりです。獄中の孤独な老人を慰めに来ていただき大変ありがたく感じ入っております。傷の具合はいかがですかな?」


「……幼き頃より可愛がってもらったことについてはあなたに感謝しています。しかし、わたしはマフィアもあなたも拒否した。今更、親愛の情を見せられたところで何になるのです。お互い、苦い気持ちになるばかりではないのですか?」


「私もお嬢様にコーサ・ノストラについてご理解いただけていないことはよく分かっております。お嬢様もあと2、3回ばかり絶望を感じて世の中のことをはっきり見ることがお出来になれば、コーサ・ノストラについてもお気に入られるようになると思います。


 でも、今日はその話ではなく、現在差し迫っている危険についてのお知らせとお嬢様に対する忠告をさせていただくためにお越し願ったのです」


「マフィアからの刺客のことですか?もう覚悟してしまったわたしにとってはどうでもいいことです」


「いえいえ。そんなもののことではありませんよ。それに、そんなものは私が寄越させません。


 お嬢様。以前、私はお嬢様の情報が大評議会のメンバーなどから漏れていると申したことがありましたよね。その件についてのことですよ。


 ところで、今は親ザールラント派からの襲撃もございませんでしょう。おかしいとは思われませんか?」


「……おかしいと言えばそうです」


「お嬢様は十分聡明でいらっしゃる。でも、若くて経験不足のうえに、ご自分のプライドのこととご友人の利益のことのほかは何も関心を示されない。それが随分と視野を狭めた上無謀な行動に駆り立てているのをご存知ですかな。お父君はいつも慎重になれ、常に冷静になれと言い聞かせなさったはずです。説教臭くなりましたが、どうかこのことをお心にお留め下さい。


 さて。襲撃がないのはそうする理由が薄くなったことによるものでしょう。親ザールラント派自体ではなく彼らを使嗾する黒幕にとって。


 その黒幕にとってお嬢様はどんな人物に映っていたのでしょうか?


 お嬢様の特異な点というのは私たちと関係があるということだけです。しかも、7年前、わずか18才のお嬢様自身が私たちに大きな影響を与えることができるとお示しになった。私たち、コーサ・ノストラはエルフランドにもポロニア人にもエーラ人にも大きな影響を与えることができます。黒幕にとってお嬢様は自分で使うことができれば有能な駒、自分で使えず他人に使えれば有害で邪魔な駒と映ったことでしょうね」


「以前はその黒幕とやらにわたしは邪魔な駒だったが、今はマフィアとの関係が薄れたので一先ず無害な駒として静観しているということですか?」


「そうだと思いますよ。お嬢様」




 サルヴァトーレは以前と変わらずわたしに微笑みかける。マフィアと自分とを拒絶したこのわたしに。


 この人物はわたし以外に対しては極めて狡猾で冷酷残忍であることを知っている。それでもわたしは彼に父上に対するような祖父に対するような親愛の情を感じずにいられない。今でも彼に引き込まれそうになる。




「さて、お嬢様。以前、エルフランドへ護送したトニ・ニエミネンなる人物についてどのくらいお知りですかな?」


 わたしは首を振った。


「トニはヴィットリオ国王がエルフランドとの橋渡しに選んだスパイなのです」




 わたしは国王の手腕に驚いた。先手先手と打っていく。これが政治家なのだ。


 あの頃、わたしの頭にはアンヌから知らされた原子爆弾の脅威と参戦反対の感想しかなかった。たとえいち大尉であっても何らかの打つ手を考え出せそうなものなのに……。




「国王はエーコ統領を引き下ろす以前からエルフランドとの和平の道を探っていたということですか?」


「そうです。国王は先読みの大変上手な聡明な方なのです。その国王が今とても大きな賭けをなさっていることはお分かりですね」




 我が国はザールラントと軍事同盟を結んでいる。このままだと単独和平はできない。


 ……同盟破棄か。


 しかし、それをされるとザールラントはメラリアに侵攻中の兵力まで引き受けて戦わなければならないばかりか、メラリアからの食料などの供給が止まってしまう。


 親ザールラント派が慌てるわけだ。


 でも、そうすると、今度は何故トニ・ニエミネンを襲わずに帰りのわたしとマリーア・アンドロニーコを襲ったのかが分からない。




「なぜ奴らはトニを襲わなかったのですか?」


「黒幕が情報を制限して親ザールラント派に流したせいでしょう。その方が黒幕にとって都合が良かった。それに引き換え、黒幕にとってお嬢様は自分では使えず、たとえば国王の手に渡るととても厄介で邪魔な駒でしかなかった。黒幕にとってはコーサ・ノストラへの影響力などなんの意味もないのです。彼はメラリアしか見てませんから」


「なぜ黒幕にとってトニを襲わないことが都合がいいのですか?」


「トニを襲って国王とエルフランドとの橋渡しがなくなってご覧なさい。ザールラントとの同盟関係は続くが、国王は政治の中心に居座ったまま。黒幕にとって何の利益ももたらさない。かえって、橋渡しを成功させて国王が同盟破棄という博打に出てくれる方がザールラントからの介入を招く点で黒幕にとっては都合がいいということです。黒幕の目的は国王を引きずり下ろして自分か自分の傀儡にその席を明け渡させることにあるのですから」


「わたしが砂漠に追いやられたのも2度殺されかけたのもすべてその黒幕の差し金なのですね」


「そうです。黒幕にとってお嬢様を目立たせることなく殺してしまう必要があったからです。私の大切なお嬢様をなんだと思っているのでしょうかね」


「わたしには未だに誰が味方で誰が敵なのかすらわかりません」


「私はいつまでたってもお嬢様の味方ですよ。ああ、それとドメニコ憲兵少佐はただの間抜けです。私がヒントを差し上げなければ19年もわからなかったくらいですから。そして未だに黒幕の正体に気づいていないぐらいですからね」


「誰が黒幕なんですか?」


「お嬢様が身の上に起こったことをよく思い出して、近くにいる人を消去法で狭めていけばすぐわかると思いますよ」




 何のことを言ってるんだ。さっぱりわからない。


 わたしはエルフランドへトニを護送しにやらされた。帰りに襲われた。砂漠の戦場に追いやられた。そこでも2度殺されかけた……。




 わたしについての情報を誰よりも詳しく知っており、かつわたしの情報を誰の目からも秘匿できる人物。国王の信頼が厚く、大評議会に出されるような重要な情報に接することができる人物。そして、エルフランドやザールラントの事情にも精通している人物。


 こんな人物、わたしの身近にいるのは……。


 はっ!


 わたしは唇を噛んだ。あの野郎か!




「お嬢様。昔、私は言ったことがありましたよね。『昔の人は復讐という料理は冷めた頃が美味いと言ったそうですが、そうは思わない。早く食べたほうがいい』と。このアドバイスを実行なさることをお勧めします。時間がございませんから。


 でも、お嬢様が強いてお手を煩わせることもございませんよ。私が一言、恩義のある者たちに頼めば、翌日には相手の冷たくなった身体にお目にかかれますよ。ただし、お嬢様が私たちに歩み寄りをみせていただくことが条件ですが」


「誰が黒幕であるかを教えてもらったことには感謝します。でも、わたしはあなた方を拒絶した。どんなに旨そうな餌をちらつかされようとも気持ちは変わりません。今後も」


「それは残念です。でも、私はお嬢様のことを諦めませんよ。コーサ・ノストラの未来がかかっているのですから。


 それはそうと、まだ重要なことをお知らせしていませんね。まだまだ私の話は続きますので、よくお聞きください。お嬢様」




 今日のサルヴァトーレには驚かされてばかりだ。いつも驚かされるが、日頃のように少ししかわたしにヒントを与えず一人納得したまま済ますというのではない。まるで流行の推理劇のクライマックスで関係者一同を集めて事件のすべての謎解きをしてしまう探偵のようだ。




「さて、お嬢様。少し前にザールラントでそこの総統が爆殺されかかった話はご存知かな?


 思想も利益も異なる雑多な連中がただ総統憎しの一念で寄り集まり失敗した事件です。連中、気が弱く、爆弾を仕掛けに行く勇敢な将校がいなければ何も行動を起こさなかったことでしょうね。策謀することだけは一人前でしたが。フフ。今頃、臍をかみつつ総統からの報復に悲鳴をあげていることでしょうね。


 連中の策源地が占領されたロレーヌの首都ヘレネでしてね。陸軍の造反派のたまり場でした。その中で総統暗殺に失敗したことに気づき、いち早く逃走しようと私たちに助けを求めた情報将校がおりました。その将校が言うには『総統は近日中にメラリア国王の同盟破棄を阻止するため空挺部隊をラーラに降下させクーデターを手助けする計画がある』のだそうです。


 おや、ご不審のようですな。私たちは犯罪があるところにはどこにでもいますよ。特にヘレネには様々な人種、民族が集まってますからね。とてもいい商売先なのです。


 ああ、そうそう。ロレーヌのパルチザンのことをマキといいますが、そのマキの中にお嬢様のご友人がいらっしゃいましたよ」


「アンヌが故郷に帰っているのですか?」


「いえいえ。ドワーフの、ゲルトルートとかいうお医者様ですよ。なんでも彼女は最前線に飛ばされて移動中マキに捕まったそうで。医者気質と言うのですか。彼女、病人なら誰彼構わず全力を尽くして治療するものですから敵であるマキでも人気ものでね。お元気だということです。私たちにとってマキも上得意のひとつですから、お嬢様が彼女にお便りをすることもできますよ」


「いや、いいです。彼女に未だにマフィアと決別していないと思われたくないですから」


「そうですか。それでは、お話を戻しましょう。年寄りの話はくどくて話が飛ぶのが欠点でして相すみませんね。端的に言いましょう。ザールラントの空挺部隊がやってくる前に、エーコをどこかにやり、黒幕を逮捕させるのが一番でしょうな。逮捕の理由は20年前のエッダ・マヨナラの殺害容疑として。ドメニコ憲兵少佐を手伝ってあげなさい」


「話につていけません。それに、あなたは国王を打倒してメラリアを再びマフィアの手に取り戻そうと考えていたはずだ。なぜ黒幕の邪魔をするのです」


「黒幕がザールラントと組んでクーデターを起こしたとして何が変わるのでしょうか。相変わらず全体主義者がコーサ・ノストラを踏みつけにしたままでしょうな。それに、あの黒幕はとても狡い奴で気に入りません。今回もエーコを引きずり出して自分の代わりに矢面に立てるでしょうな。自分よりもエーコの方が有名ですし、特にドワーフたちにはね。また、エーコは前に国王に引きずりおろされてますから今度はエーコが国王を引きずり下ろす番だとして大義名分も立ち、失敗しても恨まれるのはエーコひとり。こういうふうに小狡く考える奴なんですよ」


「あいつがエッダ・マヨナラを殺したとどうして言えるんですか?わたしはマリーア・アンドロニーコからエッダの日記のことを聞かされて彼女の自殺と思ってましたが」


「20年前まであの島にはコロンボ・ファミリーという私の同胞がいましてね。馬鹿で下品でどうしようもない連中でしたけれども」


 サルヴァトーレは昔を懐かしむように目を細めた。


「昔から黒幕は連中から賄賂をとって情報を流していたのですよ。


 ところが状況が変わってしまった。その前年にエーコがマフィア撲滅の指令を出しまして、黒幕にとって連中は落ち目で消えかけている利用価値のないゴミとなってしまったのです。たとえ連中が黒幕が賄賂をとっていたことを暴露しようとも、追い詰められた悪党の戯言で片付けられたでしょうね。


 しかし、取り締まる側の人間がその事をバラせばどうなります。たとえば同じように連中から賄賂をとっていたジャコモ・プッチーニが言い出せばどうなったでしょうか?極めてまずい立場になったでしょうね。


 黒幕にとってジャコモは邪魔な存在でした。ジャコモも連中も消えて欲しかった。そこに例の悲恋物語のヒロインとヒーローが現れた。黒幕がどこでどうして2人とジャコモの関係を知ったのかはわかりません。しかし、黒幕の頭の中にジャコモをこの世から後腐れなく消して、なおかつ秘密警察の連中に恩を売る計画が芽生えたのは間違いありません」


「サルヴァトーレさん。彼女の自殺であったとしてもジョバンニ・ガブリエリは彼女を汚したジャコモを殺したはず。黒幕がわざわざ手を下す必要はなかった。なぜ奴の犯行だと断定出来るのですか?」


「お嬢様。私がもし奴なら確実に彼女を殺しましたよ。自殺に見せかけてね。


 だってそうでしょう。きっと甘いジョバンニ君はエッダ嬢に『ダークエルフの因習がなんだ。僕は君を愛している。君に死なれたら困る。法律で結婚が禁じられているわけではないんだ。知らない土地に行って結婚しよう。そして、その子を産んで僕たち夫婦の子として育てよう。ジャコモは許し難いけど、生まれてくる子供にはなんの責任もない。このことは2人の胸のうちにしまっとけばいいさ』とか囁けばどうなりますか?エッダ嬢はまだ16才。不安に怯えている世間知らずの子供ですよ。こくりとジョバンニに頷くことだって大いにありえました。


 黒幕にとって形のうえでエッダには確実に自殺してもらわないといけなかったんです」




 サルヴァトーレは愉快そうに笑いながら悲恋物語には愁嘆場が必要ですからね、と片目をつぶってみせた。




「まだ、お疑いですか。


 赤シャツ隊員2人がエッダを船から投げ出すところをある男が見ていましたよ。


 噂にもあったでしょう。あれは見ていた彼がコロンボ・ファミリーのせめてもの復讐としてやったことです。彼はですねえ、ファミリーの下っ端。顔を知られていない構成員というのでしょうか。彼の仕事は島に入ってくる連絡船の監視でした。


 当時、島ではおっかない憲兵たちが連発銃をマントに隠して港を見張ってまして、船からの荷物を検査してました。その検査をすり抜けるため、コロンボ・ファミリーは水夫たちに連絡船が港に入る直前に銃や麻薬の入った浮き袋を舟から投げ捨てるよう命じてました。彼はそれを島の灯台の上から望遠鏡を使って確認しボートで回収するという作業をしていたのです。


 1年前、お嬢様にエッダの事件のファイルを読ませてもらって、部下を島に聴き取りに行かせましたから間違いありません。


 エッダが殺された後、憲兵の将校がやってきましてね。ドメニコ憲兵少佐の同僚です。その頃になってもまだ黒幕が自分たちを疎ましく思っていることに気がつかなかったコロンボ・ファミリーはその憲兵こそ自分たちを壊滅させに来た敵だと思い込んで彼を殺害しました。すると、大騒ぎとなって、憲兵はもちろん赤シャツ隊にまでコロンボ・ファミリーは追いかけ回された挙句に壊滅しました。


 一方、黒幕は涙にくれるジョバンニ君にさも同情しているフリをして近づきジャコモ殺害後のフォローを仄めかすわ、ジョバンニ君の同僚たちに同情を煽ったりしてジャコモを追い詰めていくという大活躍ぶり。


 おかげでジャコモは死に、秘密警察の人間は便宜を図ってくれた黒幕に恩義を感じて以後黒幕の手下に成り下がりました。


 当然、黒幕は憲兵隊と秘密警察が内部で対立するよう小細工することも忘れません。そして、未だに憲兵隊も秘密警察も黒幕の掌の上で踊らされているのです。


 どうです。お嬢様、おかしくて吹き出してしまいたくなるようなお話ではありませんか?


 ただし、この駄賃には鉛の弾丸を奴のど頭にぶち込むだけでは安すぎますね。恥をかかしてやりましょう。メラリア国民の前でね」


 サルヴァトーレの目がぎらりと光った。


 彼は怒っている。でも、彼はなぜ、何について怒っているのか?


 いつもはどんな残虐な話を聞こうとも眉一つ動かすことがないのに……。




 +




 その頃、メラリア南部の前線ではメラリア王国ポー軍集団とロベルタ軍集団の部隊が続々と離脱してエルフランド軍に降伏していた。


 現地に駐留していたザールラント軍からその報告を受けとりメラリア国王の同盟破棄が間近に迫ったことを感じたザールラントの総統は参謀総長にラーラ制圧作戦の発動を指令し、同時にカール・フォン・ドライス元エルフランド大使をラーラに急行させた。




 既にラーラでは駐メラリア親衛隊の指導者であるマックス・シュティルナー親衛隊大将と親衛隊空挺部隊500名を率いるハンス・ザックス少佐が王宮、憲兵隊本部、内務省およびその王都警察本部を調査しながら襲撃計画を立てていた。


 駐留ザールラント軍はラーラだけでも2万5千名もいた。


 エーコのつくった巨大兵舎の前では第503重戦車大隊に属する43台ものヘンシェル型ケーニッヒス・ティーガーがその重々しい巨体で周囲を威圧していた。そればかりか近くの記念競技場の広大な駐車場は多数のパンターG型中戦車で埋めつくされていた。




 +




 午前5時30分。


 当直勤務の終わる時間を気にしながら窓から外を眺めていたドワーフの将校は、メラリアの憲兵を満載したトラックが広場を横切り通りに入って王都防衛師団本部の方へ進んでいくのをいぶかしく思いながらも見送った。




 トラックを降車した憲兵たちは門衛の兵士をさっさと武装解除して師団本部になだれ込んだ。


 慌てて出てきた当直士官一同に対して憲兵を指揮している憲兵大佐は「お前たちは謀反人に指揮されるのを望むか、それとも国王陛下のもとへ馳せ参ずるのかを決めよ。謀反人に左袒するものはこの場で逮捕する」と大獅子吼した。




 同時刻。


 師団長の官邸に憲兵たちが押し入り、師団長が眠っている寝室の扉を乱暴に開けた。


 憲兵少佐がつかつかとベットの上で目を覚ましたばかりの師団長に歩み寄り逮捕状と命令書を手渡した。


「ガエターノ・ドニゼッティー国家義勇軍大将。あなたが師団長を解任されたことをお伝えすると同時に、あなたをエッダ・マヨナラの殺人容疑で逮捕します」


 2人の憲兵曹長がベットからガエターノを引きずり出して、クローゼットにあった衣服を投げつけた。




 さらに同時刻。


 高級軍人の官舎が立ち並ぶ地区から一台の黒塗りのセダンが猛烈な勢いで飛び出してきた。


 セダンがザールラント大使館のある方面に向かおうと角で右にハンドルを切った瞬間、ノロノロと前進してきたセモベンテL88自走砲に車体をぶつけられた。


 セダンの前部右側がひしゃげ、車体は一旦浮き上がって完全に停止した。


 運転していた副官の中尉は衝撃で顔と頭を強打したらしく鼻と耳から血を流して気を失っている。


 後部座席では散乱した書類にまみれたジュゼッペ・タルティーニが体中をぶつけたのであろう、痛々しく呻いていた。




「よう。ネズミ野郎。さすがに逃げ足だけは一人前だな。だが、逃してたまるか」




 わたしは右手にベレッタを構えタルティーニを睨みつけた。


 それから衝撃で少し歪んだ後部の扉を無理やり開けてドメニコ・スカルラッティ憲兵少佐がもと情報局長に対し淡々と声をかけた。




「あなたをエッダ・マヨナラ殺害容疑で逮捕します」




 +




 王宮では、早朝からヴィットリオ国王が王都ラーラの地図を前に参謀本部でいつもいつもつまらなそうな顔をしている参謀から淡々とした説明を受けていた。




「……この地区からこの地区までの通りに阻止線を張ります。競技場前の戦車はこの通りを進んでくるので、最後尾が四つ角を曲がった時点で前と後ろに攻撃をかけて車列を通りに閉じ込め立ち往生させます。重戦車の方は官公庁街に誘導して川沿いの外務省前で時間稼ぎをして一帯を封鎖します。そうして歩兵からも整備兵からも引き離されて官公庁舎をグルグル回るしかない状態に追い込んで、故障その他により動けなくなるのをじっくりと待ちます。さらに、駐留している歩兵師団に対しては……」


「あっそう。もう分かったから早速実行して頂戴」


「もうやってますが。なにか」


「えっ!?僕、まだ命令出してないよ」


「独断専行でやらしてもらいました。時は金なり、ですから」


「ああ君、服務規程集とかに目を通していた方がいいよ。そのうち反逆罪とかになっちゃうから」




 +




 国王は少ない情報からジュゼッペ・タルティーニ情報局長こそが野心家の一人であることを探り当てていた。


 問題は駐留しているザールラント軍をどうやって抑えるかであったが、前陸軍次官だったトンマーゾ・トラエッタがすっかりお膳立てしておいてくれた。




 +




 時折窓の外を飛び去る銃弾の乾いた音を聞きつつ、ハンス・ザックス親衛隊少佐はその傷だらけの顔を憎にくしげに歪めた。


 本来奇襲をかけるべき相手から奇襲をかけられてしまった。


 総統閣下からの命令が伝えられたのが午前10時。交戦状態に入ってから既に4時間は経過していた。駐留軍は虚を突かれ、完全に孤立して各個バラバラに対応するしかなかった。連絡は遮断され命令系統は混乱し回復の見込みはない。


 手持ちの武器といえば、折りたたみ式で軽量化されたMG84と擲弾筒、銃床のない突撃銃、手榴弾しかない。弾薬もそれほど残っているというわけでもない。


 これだけで押し込まれたこの建物にあと何時間篭城できるというのか。




 +




 現在、わたしはドワーフの空挺部隊500名が立て篭る建物の正面にある理工科学校にいる。


 ジュゼッペ・タルティーニ逮捕の後、命令通り元いた混成旅団の応援に駆けつけたのだ。


 臨時の作戦室には、臨時ラーラ防衛軍司令官トンマーゾ・トラエッタに許可され任命された、これまた臨時の大佐としてヒュー・オドネルとその副官の例の私服がすまし顔で座っていた。


 なぜにヒューの方がわたしより階級が上なのだ?




「いいかよく聞け。奴らは奇襲の専門家だそうだが、こちとら市街戦の専門家だ。オレの言うとおり仕掛け、おびき寄せ、待ち伏せ、攻撃すれば殲滅できる。ビビることはねえ。


(わたしの方に顔を向け)お姫様。奴らいつ這出てくると思うかね?」


「もうすぐだ。奴ら、時間をかければかけるだけ3ブロック先の大使館の連中と合流できなくなる。大使館が落ちてしまうからな。夜まで待ってはおれんだろう」


「オレも同じ考えだ。奴らはきっと牽制隊を出してこの方面を制圧しながら、その隙に主力は通りを突破して大使館へ向かうはずだ。だから通りの向こうに火線を張る。


 主力が出てきたら主力の跡を追うように両脇から攻撃をかけ、通りで包囲する。牽制隊の方は……」




 +




 わたしたちは計画通り奴らに知られないように通りの向こうに重機関銃多数と豆タンクを強化して20ミリ機関砲を装備したL型軽戦車3台を置いてバリケードを張るとともに、建物の左右に中戦車M13と兵員500名を各々配置した。また、建物南にある理工科学校の学舎の窓や屋上に狙撃手とドワーフたちから貰ったMG88を配備した。




 準備を終えると、敵が這出てくるように迫撃砲で建物を砲撃した。


 間抜けな音を立てながら迫撃砲弾が建物内に着弾し内部を破壊し始めると、慌ててドワーフの空挺部隊が出てきた。




 ドワーフは牽制隊を理工科学校に向けることなく、通りを遮二無二突破しようとする。


 先頭に喉元に樫葉剣付き十字勲章をつけた将校が拳銃を振りかざしながら喚いているのが見える。




 わたしは街角に引き出した山砲に砲撃を加えるように命じた。


 ほぼゼロ距離射撃(普通山砲では仰角をつけない水平撃ちは無理だが、メラリアの山砲ではできた)。


 砲煙が晴れると、転々とした血だまりと肉片が通りを彩っているのがわかる。




 ヒューが手を振り、建物の左右から中戦車を先頭に兵士たちが進み出ていく。


 ドワーフの空挺部隊の隊員たちは次々と短機関銃を投げ出して蹲るか両手をあげて降参した。




 先頭にいた例の将校は諦めきれなかったらしく近くの建物に逃げ込もうとしたが、どこから飛んできたのか背後からの銃弾に首筋を撃ち抜かれてよろめいた。


 さらに止めを刺すかのように背中の中程を撃ち抜かれて将校は引っくり返った。


 しばらく血だまりの中、口から血を流し身体を痙攣させていたが、やがてそれも止まった。




 死んだ将校の顔は傷だらけで、その傷のせいで死顔が不気味に笑っているようにみえた。




 +




 午前6時。


 ヴィットリオ国王が命じていたように放送局からメラリア全土に対して、王都ラーラに戒厳令が布告されたこととメラリア王国軍がザールラント軍と結びついた武装集団と交戦状態に入ったことを伝えた。


 その後も延々と放送局から王都ラーラの状況とクーデターの未遂が誰によって計画されたものかを流し続けた。




 延々と放送が流れ続けるということは放送局が蜂起した武装集団に占拠されていないことを意味する。クーデターでは放送局を占拠するのが定石。ということは少なくともクーデターは成功していない。 


 そのことをメラリアばかりか大陸全体にはっきりと印象づけた。




 流されるメラリアの放送を朝からメラリア全土の軍民ばかりか大陸中の人々が固唾を呑んで聞いていた。




「首謀者であるジュゼッペ・タルティーニもと情報局長並びにガエターノ・ドニゼッティー国家義勇軍大将は今朝5時30分頃、憲兵隊によりエッダ・マヨナラという少女の殺害容疑により逮捕され身柄を拘束された模様。


 20年前、赤シャツ隊員であったジュゼッペ・タルティーニとガエターノ・ドニゼッティーは共謀して当時16才であったエッダ・マヨナラをマルパン島行き連絡船から投げ落として溺死させ……」




 メラリア全土の人々は一見クーデターと無関係な事件の報道に怪しんだが、悲しい少女の死がもと情報局長の権力の掌握と出世のために利用されたのを聞くに及んで激高した。




 ザールラントの総統官邸でもメラリアの放送は流れた。


 総統は唇を震わし興奮して左手を噛んだ。




 なんていうことだ。これではザールラント軍が大陸最低の卑劣漢を手助けしたということになってしまう。わしはその卑劣極まりない悪党の片棒担ぎか。


 作戦失敗のうえ汚名まで被ったわ。くそっ。ヴィットリオめ!




 エルフランドでも女王とエッラ侯爵令嬢が仰天していた。


 なんて悪辣なの。あの国王は!


 少女の死に対する同情と卑劣漢を捉えたメラリア国王への賞賛とでエルフランドの国民のメラリアに対する印象が一気に好転するわ。


 これでは条件なしにメラリアと単独講和せざるを得ないじゃないの。




 午後1時。


 メラリアからの放送は、臨時ラーラ防衛軍司令官トンマーゾ・トラエッタ少将が駐留ザールラント軍司令官マックス・シュティルナー親衛隊大将の降伏を受け入れた旨を伝え、メラリアおよび大陸の人々に事態の終息を告げた。




 しかし、ラーラではその後もまだ幾人もの人間の精力的な活躍が必要であった。




 +




 午後2時。


 市内各所で起こった火災が未だ鎮火しておらず、消防士の車が鐘を鳴らしつつ猛烈なスピードで駆け回っている。救急車も然り。病院は人で溢れている。


 通りでは、武装解除されたザールラント兵が頭の後ろに手を組まされ、収容先に向かって行進させられていた。




 同時刻。


 他の地区とは違い、静まり返った高級ホテルの立ち並ぶ地区に突然10数人のスーツ姿の男たちが姿を現した。


 男たちは拳銃を片手にアストリア離宮に突入したが、意外なことに警備や警護の兵士はおろか受付の従業員もボーイもポーターもいなかった。


 高級なソファーも植木鉢も飾ってある絵画もシャンデリアもそのままであるが、内部は静まり返っておりガランとしている。


 男たちは既に移送された後かと動揺したが、とりあえず確認のため先を急いだ。




 アストリア離宮は受付のあるロビーの先から建物が中空となっている。


 突然、ロビーの先に侵入した男たちに柵越しに3階から声がかかった。


「やっぱり来たのか。面倒だな、お前たちは。そこのエレベーターに乗って3階まで上がって来い」


 男たちの目当てだったエーコがそこにいた。




 3階へやってきた男たちはエーコに向かって踵を揃え片手を挙げて全体主義式の敬礼をした。エーコも面倒くさそうに同じ敬礼を返した。




「入れよ。遠慮はいらん。もっとも、果物以外もてなすものは何もないがね。マスカットでも食うか?」


「いえ。エーコ統領。それよりも脱出のお支度をしてください。偽造旅券も変装の道具も揃っております」


「脱出ねえ。で、俺をどこに連れていくつもりだ?ザールラントか?それとも北部地方か?」


「はい。まずは北部地方の1つへ。郊外に自動車を用意しております」


「で、そこがダメなら転々として最後はザールラントかい。


 お前たちはどうしても俺をザールラントの傀儡にしたいんだな。そんなものにされて俺が喜ぶとでも思ったのか?」


「まずは身の安全を図り、再起の機会を窺うのが上策かと。


 我々はエーコ統領は間違ってはいなかったと思っとります。諦めないでください。


 エーコ統領」


「間違ってはいなかったか。


 今でも俺もそう思うところはあるな。


 ところで、年齢からみてお前たちは少年行動団出身者ではないな?」


「はい。赤シャツ隊の者でもありません。ですが、筋金入りの全体主義者であります」


「ほう。単純で騙されやすいお人好しか。俺と同じだな。


 放送で言っていた秘密警察の人間か?お前たちは。ジュゼッペ・タルティーニに手のひらの上で踊らされていたのにまだ踊り足りないのか?」


「確かに、我々は20年前からジュゼッペ・タルティーニに騙され続けてきました。


 ですが、ここで止めると死んだ同僚たちに申し訳がたちません」


「それで今度はザールラントに踊らされようって訳かい。お前らはダークエルフだろ。どこに奴らと共鳴するところがあるんだよ。奴らの根底にあるのはドワーフの選民思想。お前らは永久にドワーフにはなれないんだぜ。ハッ。あんなインチキ臭い選民思想が好きなのかい?」


「いえ、そうではありません。ですが、エーコ統領がマフィアの因習と貴族制度を潰したように、彼らもまた全体主義の理想から旧体制を打破したのです。そこに我々は」


 エーコは言い募る彼らを遮った。


「それはそうだろう。若者が暴れられるようにしなきゃ、奴らは弱小勢力で終わったからな。あの総統、若い頃になんと呼ばれていたか知っているか?右翼の太鼓叩き。右翼ですらない、ただのアジテーター。理想もへったくれもあるかい。奴らは時流に乗り、奴らを操っていた者から権力を奪ったにすぎない。あんな奴らと一緒にされてたまるか!」


 エーコは激高した。


「俺はなあ。ダークエルフの、いい加減で口先ばっかで卑屈なところが大嫌いだった。それにも増してダークエルフを卑屈にさせているマフィアと貴族どもが嫌いだった。だから奴らを撲滅してやろうとした。大衆に任しといたらあと何千年もかかりそうだったから権力を使って直接的に潰してやった。でも、潰してやってもダークエルフは変わらねえ。あれから俺は色々やってみたよ。工業化とか農地改革とか。少年行動団もそうだ。でも、無駄だった。なんでだと思う?」


 誰も答えない。男たちは馬鹿で単純だったから真剣に考えた。


「俺が国王陛下に引きずりおろされたとき、暴れもしなかったし喚きもしなかった。国王陛下は聡明な方だ。行き詰まった俺より上手くやれると思ったからな。国王陛下がメラリア国民の運命を背負う。陛下にとっては先祖代々の当たり前の仕事かも知れん。でも、考えてみりゃあ異常なことだ。全国民が一人の人間に依存しているんだぜ。一人以外は国中で誰も少なくとも政治の面では自律出来ていない。おんぶにだっこ状態だ。まさに全体主義の理想じゃねえか。そこで俺はようやく気がついた。ダークエルフの卑屈さはその依存性にあるということがな。俺のやったことはダークエルフの卑屈さを取り除こうとして逆に強めていたってことじゃないか。お笑い草だ。トラエッタが言ったように俺は道化を長い間務めていただけだ。そして捨てられた。トラエッタの言うように派手に美しくは捨てられなかったがな」


 エーコはグルリと見回した。


「お前たち。ここへ入ってきて、おかしいと思わなかったか?警護も受付も従業員もいない」


 エーコは男たちの一人に近づいた。


「それはなあ。俺がトラエッタに頼んだんだ。一人静かに自分に決着をつけたいと、な。持ってる拳銃を貸しな」


「ダメです。エーコ統領。まだ諦めないでください。俺たちを導いて下さい」


 エーコと男がもみ合いになる。


「渡せって言ってるだろうが。こら。お前たちは自分たちの依存性をなんとかしろ。そして出て行け」


 しばらくもみ合った末に男がエーコを突き放した。エーコと男たちとの間に沈黙が漂う。


「……もう、いい。別に拳銃でなくたっていいさ。それより一つだけ聞きたい。この中にはジョバンニ・ガブリエリはいないよな?」




 男たちは黙って頷いた。




 +




 午後2時。


 わたしは既視感のある光景にうんざりしていた。


 地図。朝から酔っ払っていた水道労働者。そして狙撃銃を抱えたモーリン。




 3時間前、ドワーフの空挺部隊を制圧した後、わたしは次の仕事場に急いだ。


 今度は大使館を脱出した外交官どもの拘束だった。ヴィットリオ国王陛下の要請なので無碍には出来ない。


 市郊外の下水が河川に流れ込むところが仕事場だった。


 ここへやってくる外交官どもを待ち伏せて拘束するという実に簡単な仕事のはずだった。


 案の定、外交官どもの用意したセダンが5台と幌付きトラックが1台置いてあった。


 そこで、わたしは運転手兼見張り役を拘束して待ち伏せをした。




 その1時間後、疲れはてて臭くなった外交官どもとその護衛が地下水道と外界を分断している鉄枠の扉を鍵を使って開け放ち、内部からゾロゾロと這い出でてきた。




「なんでトラックしか用意出来てないのだ。バカ者どもめが」


 駐在武官らしき年寄りの将校が怒声をあげた。




「はいはい。ラーラの地下世界をご堪能できましたか?


 ついでに憲兵隊の拘置所も楽しんでいってもらえたら嬉しいんですけど。


 うん?驚いたみたいだな。でも、手間はかけさせてくれるなよ。こっちは一杯人を殺してきて苛立ってんだよ。


 大人しくしてくれなくちゃ、鉛の弾丸腹一杯喰らうことになるぞ。ドブネズミども」


 わたしは右手でベレッタではなくブローニング・ハイパワーを構え、左手を緩く振った。


 途端、トラックの幌は捲り上げられ、中からMG88で狙いをつけたミレッタ上級曹長とその保弾手のジュリオ上等兵が連中を睨みつけた。




 連中は全員手を挙げて捕まったが、連中の中にはわたしやドメニコ憲兵少佐の目当ての人物はいなかった。




 +




 外交官どもを拘束したところへ例の私服がやって来た。


 こいつの名前はアルカンジェロ・コレッリ。


 わたしも昨日知ったところだ。こいつの父親はもとトラエッタ将軍の取巻きであり、その関係でこいつは秘密警察でトラエッタ将軍のスパイをやっていた。


 ヒューをトラエッタ将軍に推薦したのも、外交官どもが大使館を抜けてここに現れることを教えたのも、わたしをこき使うよう進言したのも全てこいつだ。




 年下のくせに本当に生意気な奴だ。




「なんだ。どうした?」


「ヒュー大佐からの伝言です。至急、外務省前まで来てくれとのことです。ティーガーが暴れて消防士たちが火に近づけないのです。大尉殿」


「なんでだ。わたしはこれから外交官どもをトラエッタ将軍のところまで護送しなきゃならない。それに早朝、重戦車を抑えにいった軍人は優秀でほとんどの乗員を戦車に乗り込ます前に捕まえたそうじゃないのか?」


「戦車の前で朝からコーヒーを飲んでた奴らがいたそうで、3台、兵舎前から走り去りました。誘導で官公庁街におびき寄せたのはいいんですが、奴らそこら中の建物に火炎弾ぶち込んで火の海にしてしまって今でも居座っているんですよ」


「じゃあ何かい。砂漠でやったようにわたしに爆雷抱えて突っ込めと言うのかい?装甲がぜんぜん違うぞ」


「さあ私からはなんとも。ただヒュー大佐が言うにはティーガーに火炎瓶は効かないそうです」


「ふん。ほっときゃいいだろう。そのうち弾丸切れか燃料切れか故障で動かなくなるだろうよ。官公庁なんて燃えたって、どおってことないだろう」


「……役所にはいろいろ記録があるんですよ。燃やされたら困る記録が」


「それでもわたしにどうしろと言うんだ。朝早くからお昼ご飯も食べずに仕事しているっていうのに、このうえ厄介事かい?


 砂漠で受けた傷で左腕の自由が利かないいんだぞ、わたしは。


 はっ!いいこと思いついた。さっき、なんとかいうドワーフの大将が降伏しに行ったよな?」




 ジュリオが聞いてきたのだから間違いない。ならば……。




 わたしはトラエッタ将軍のもとへ外交官どもを送り届け、その足で外務省前まで行った(トラエッタ将軍はドワーフの降伏を受諾していた)。


 わたしが現場に着いてみると、確かにティーガーは暴れ回ったようだった。


 辺り一面煙だらけ。焦げ臭さも半端ではない。既に焼け落ちてしまった庁舎もある。窓がすべて破れて、中から灰やら燃えカスやらが飛んでくる。外務省の建物も酷い。6階建てのビルの壁面が窓の辺りを中心に焦げて黒ずんでいる。


 しかし、腑に落ちないこともある。


 ティーガーが一台、外務省の前の川に落ち込んでいる。




「やっと来てくれたかい。お姫様」


 ヒュー。人前でその呼び方やめろ。一日大佐でも将校らしくしろよ。


「暴れているのは外務省前の一台だけか」


「そうだ。一台は川の中。もう一台は官舎に突っ込んで抜けなくなったところをキャタピラ外してやった。残り一台だが、こいつは近寄ると正確に撃ってきやがる」


「その一台に親衛隊の大将が降伏したことを伝えたか?」


「ああ。さっき拡声器で何度もな。それでも撃ってきやがる」


「ふーん。まあやってみるか」




 わたしは捉えた駐在武官に白旗を持たせて戦車の前まで歩いていった。


 実際に見ると大きい。うちの豆タンクと比べると巨像とネズミくらいの違いだ。68トンと3トン。




「お前さんはいつものように偉そうにして降伏したことを告げればいい」


「なんでわしがせにゃならん?


 何度、教えてやったって聞くものか。たぶん乗ってるのは親衛隊の若造で機械オタクだ。自分の手からおもちゃを取り上げられるのが耐えられんのさ。わしも貴公も犬死よ」


「げっ。そうなのか?


 むうう。しかし、わたしにも見栄というものがある。後戻りはしない」


「貴公。女なのだろう。『げっ』とか『どぶねずみ』とか言うな。恥じらいというものを少しは持て」


「ほっといてくれ。わたしだってTPOをわきまえている。昔から叱られたときや身分の高いうるさそうな女の前では必ず敬語を使っている。これで十分だ」


「世も末だな。そんな野蛮な娘についていって狂った若者に殺されてしまうのか、わしは」




 泣き言を言う爺はほっておいてわたしは戦車に向かって声を張り上げた。


「こら。童貞野郎。聞きやがれ。駄々こねてんじゃねえぞ。お前たちのほかは皆んな降伏した。さっさと手を挙げて出てこい。出てこないんだったら、その大事なティーガーとやらの給油口から角砂糖入れてやるぞ」


「挑発してどうするんだ。黙っとけ。小娘が」


 爺が私を叱りつけ、代わりに話し出した。


「わしはパウル・フォン・ハウゼ大佐じゃ。


 親衛隊の若い衆。年寄りには敬意を持て。


 だいたい、その鉄の棺桶の中から出てきてわしに挨拶をしない時点で無礼じゃろう。さっさと出てこい。小僧ども」




 わたしの話し方とどこがどう違うというのか。思いっきり挑発しているではないか。


 完全な人選ミスだ。わたしとあんたは絶対ネゴシエーターにはなれない。




 前方についてる機銃がわたしたちに向かって狙いをつけた。




 しばらくすると砲塔のうえのハッチが少しだけ開いて、声が聞こえてきた。




「軍人としての名誉が守られるのならば降伏してもいい」




「わたしが保障しよう。わたしはマリアカリア・ボスコーノ国家義勇軍大尉だ。


 君らの仲間はちゃんと収容先にいる。誰も戦闘以外で傷つけられてはいない。それに駐留軍の降伏も受諾している。国際条約通りの捕虜の扱いを保障されている。


 安心し給え」


「なにが安心し給え、だ。俺たちは今朝コーヒー飲んでるところをいきなり撃たれたんだぞ。警告も宣戦布告もなしにだぞ」


「それはそちらの総統閣下にでも文句を言え。未だ同盟関係にあるのに政府転覆のため軍事行動を起こそうとしていたのだぞ。お前たちも命令を聞いてたら攻撃してただろうが」




 戦車の中でしばらく話し合いがなされたようだった。


 それから、一人の金髪に黒ベレー帽を被ったドワーフのガキが降りてきてわたしに拳銃を渡した。


 受け取って敬礼をし合うと、中から残りの乗員も出てきて降伏した。ヤレヤレだ。




 それからまたわたしはあの私服野郎に呼び止められ、今度は地下水道の探索を言いつかった。それで冒頭の状況となる。




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