犬編
「ここが犬の洞窟か」
爺さんから聞いた話ではこの洞窟を抜けないと鬼ヶ島には行けないらしい。
もらった桃も食べ終わり、早くも空腹に襲われている。
すぐにでも鬼退治をしないと俺の死期の方が先にやって来そうだ。
「いざ!」
「ワンワンワンワン」
洞窟に足を入れた途端、とんでもない数の犬の群れが走ってきやがった。
「へっ!血の気の多いやつらだな!俺の鎌の餌食にしてやるぜ!」
そう叫び、襲い来る犬共に向かって鎌を振り回す。
初撃が犬に当たり、犬が怯むと同時に俺の自信もわく。
これまで芝刈りで鍛えた俺の熟練技をお披露目する機会だ!
「うおぉおおお!!」
「ワンワンコワンワンコ」
「ぐあぁああ!!」
俺退散。
幸い犬は洞窟から出てこないらしい。
いや、まさか犬がこんなに強いとは感服だよ。
しかし俺が一撃与えることに成功したのもまた事実。
「試合に負けて勝負に勝ったってやつかな」
「さすがに自己評価が高すぎるワン」
洞窟の奥から犬の毛皮をかぶった人間の女性が出てきた。
「あ、あんたは?」
「犬の洞窟ボス、犬塚ワンコだワン」
ボスだと!?
犬のボスが人間ということにも驚きだが、もっと驚きなのは語尾にワンがついていることだ。
キャラが濃すぎて個性勝負でさえ負けそうだ。
俺も語尾に「~だ桃」とか言うべきだろうか。
「お、俺は桃太郎・・・だ桃」
「桃太郎だ桃?変な名前だワン」
俺の個性が名前に昇華されたんだけど。
やっぱやめようこの語尾。言いにくいし。
「して、桃太郎だ桃よ」
「待て、桃太郎でいいよ」
「分かったワン。では桃太郎、貴様に選択肢をやろう」
「選択肢?」
「そうだ。ここで犬に食われるか、私たちの仲間になるかだワン」
「仲間?」
「定期的に私達に食料を与えてくれればいいのだワン」
つまり、俺が毎日ここに通ってこいつらに食べ物を貢げということか。
うわ、超めんどくさいな。
いやでもこれ、適当に約束しといてばっくれれば良いんじゃないか?
「分かった。仲間になろう」
「本当かだワン?」
その語尾は少し無理がある。
「もし来なかったら、お前を食べに行くワン!」
「え」
想定外の事態。
メーデーメーデー。
「私達は鼻が効くからすぐに貴様の居場所が分かるワン」
「え、でも犬は洞窟から出られないんじゃ」
「出られるワン。ただ皆長い間洞窟に引きこもっていたから日光の眩しさが苦手なだけだワン」
こいつら引きこもりだったの?
じゃぁこいつらただ働きたくないだけかよ!
なんかシンパシー感じるわ。
でもこれはマズイ、何か策を考えないと。
「て、提案がある」
「何だワン?」
「俺はこの先の鬼ヶ島で鬼を退治しなくちゃならない。それを、犬たちにも手伝って欲しいんだ」
「あぁん?だワン」
ワンコさんの表情が一気に怒りに満ちあふれる。
「私達に働けと言うのかワン?」
「だ、だけど、そしたら超高額のお金が手に入るんだ」
「それがどうしたワン」
「俺が用意できる食料なんてたかが知れてる。その場しのぎの質の低い飯になる・・・だから」
俺は拳を握りしめて声高々に叫ぶ。
「鬼退治に成功したら、一生分のビーフジャーキー買ってやんよ!!!」
周囲が沈黙に包まれる。
見ると、ワンコの目がギラギラと輝いている。
「そ、そんな言葉に屈する・・・」
言いかけたとき、洞窟の方から遠吠えが聞こえた。
一匹や二匹ではない。
洞窟中の犬が吠えているのだ。喜びで。
「黙れ!!だワン!!!」
ワンコが叫ぶと、今までうるさかった犬共が一斉に静かになった。
失敗したか?
ワンコは俺の方を見て、ヨダレを垂らしながら言葉を放つ。
「すぐに出発するワン」
そう言い、ワンコは洞窟の中に消えた。
な、なんとか命拾いしたようだ。
冷や汗をかきながら息を吐く。
「次は、猿か」
犬総勢200匹が仲間になった。