桃編
俺の名前は桃太郎。
昔、婆さんが川から流れてきた桃を切ったところ生まれて来たのが俺らしい。
自分の出生に疑問をもっていないのかと聞かれたら、当然もっているに決まっている。
しかし優しい婆さん爺さんが嘘をついているとは思いたくない。
この疑問をそっと胸に隠したまま俺は育ち、毎日のように鍛錬し、飯を食らい寝るという規則正しい習慣を繰り返していた。
しかし、ついにその時はきた。
「おい桃!お前にうってつけの仕事があるぞ」
爺さんが謎の古紙を持ってくる。
そこにはWONTEDという単語と共に凶悪な鬼の顔が描かれていた。
「海の向こうにある鬼ヶ島っちゅー所にいる鬼を退治したらもの凄い額の賞金が貰えるらしいぞ。毎日鍛錬している桃には余裕じゃろう」
余裕なわけあるか。
こちとら食って寝るだけのクソニート決め込んでるんだぞ。
鍛錬とかあれだぞ?川に洗濯に行って山に芝刈りに行ってるだけだぞ。
「はぁ、まぁ、行きましょう」
しかし断ることはできない。
今まで育ててくれた恩がある。
俺が桃から生まれたという奇妙奇天烈な生い立ちを聞いても捻くれなかったのは爺さんと婆さんが優しく育ててくれたことが大きい。
そんな2人を裏切るわけにはいかない。
見せてやろうじゃないか、洗濯と芝刈りで鍛え抜かれたこの力を。
「では、武器と食料をもって、すぐにでも旅立ちましょう」
「武器、はこれでええか?」
そう言い、爺さんは鎌を差し出す。
「いや、これ芝刈り用のやつじゃ・・・」
「芝刈れるんじゃから鬼も狩れるじゃろ」
何言ってんだこの爺さん。
いや、まぁ、確かにこの家に武器買う金はないのかもしれない。
鎌もないよりは良いに決まってる。
叫びたくなる気持ちを飲み込んで憤りを鎮める。
「何じゃ、不満か?」
「そうですね。もう少し何か・・・」
「じゃぁ楯もやろう」
そう言って爺さんは洗濯板を持って来た。
「・・・」
「・・・」
嫌がらせか?働かずにタダ飯食べまくってた俺への当てつけか?
つまり死んでこいと言いたいのか?
「で、では食料をいただきたいですが」
「婆さん、桃に何か食べ物を」
武器は諦めた。
そうだ、途中で何か食べ物を与えて仲間を増やそう。
しかしそうなると、とても美味いものがいいな。
婆さんのきび団子はとても美味いことでこの家の中で有名だ。
「桃、何が欲しい?」
「きび団子をお願いします!」
頼んだぜ婆さん!俺の命は婆さんの手腕に掛かっているぜ。
「はて、きび団子とは何じゃ?」
婆さんがボケやがったぞチクショウ。
代わりに差し出されたのは桃だった。
「道中でこれをお食べ」
「俺が桃を食べるのは、こう、何か駄目でしょ!」
でも背に腹は変えられない。
鎌と洗濯板と桃を携えて、いざ出陣。
「鬼ヶ島までには、犬の洞窟、猿の林、雉の草原がある。気をつけるんじゃよ」
「えぇ、洗濯板が保たねぇよ」
そう言い残し、俺は走り出した。