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教師  作者: あいる華音
6/33

6、先生の恋人

「あ……ゆみ? 歩!」

 佐伯はそう言って、家へと駆け寄った。静香はそれを見ているしか出来ない。

「歩……!」

「豊……」

 少女が、佐伯をそう呼んだ。

「豊!」

 雨の中、少女は佐伯に駆け寄り、抱きつく。

「歩……」

「豊! 豊、会いたかった!」

 少女は泣きながら、佐伯にそう言う。少女はかつての佐伯の教え子、後藤歩であった。

「どうしたんだ? どうしてここへ……どこにいたんだ?」

 逸る気持ちを抑え、佐伯が尋ねる。

「豊が……手紙くれてたの知らなかったの。お母さんが隠してたの。でも、たまたま私が見つけて、手紙の住所を頼りにここへ来たの。でもいなくて……諦めようとも思ったんだけど、冷静になろうと思って、近所をぐるぐる周ってた。でも、やっぱり会いたくて。会いたくて……」

 雨音に途切れ途切れの歩の声が、そう語る。

「傘も差さずにか? 無茶するな」

「だって……だって……」

 その時、歩の目に静香が映った。

「豊、その人……」

「ああ。彼女が、おまえがいたこと知らせてくれたんだよ。そこの家に住んでる生徒なんだ。一緒に捜してくれていたんだよ」

「……彼女?」

 目を泳がせながら、歩が言った。

「バーカ。そんなわけないだろう」

 佐伯は苦笑しながらそう言って、歩の頭を軽く叩く。

「だって、美人だし……」

「それだけ無駄口叩けるなら大丈夫だな。お母さんも心配してるぞ」

「……お母さん、来てるの?」

 急に怯えた様子で、歩は佐伯を見つめる。佐伯は真剣な顔で頷き、歩を見つめ返した。

「ああ。警察に連絡するって……」

「嫌! 帰りたくない!」

「歩……」

「連絡しないで。帰りたくない!」

「歩、落ち着け」

 叫ぶように取り乱す歩の腕を、佐伯が掴んだ。しかし、歩はしきりに首を振る。

「お願いだから、帰さないで! お願い……」

 その時、佐伯は歩の身体が熱いことに気がついた。

「歩。熱があるのか?」

「お願い。連絡しないで……」

 歩はそう言うばかりだ。

「……話は聞くよ……」

 佐伯がそう言うと、歩はそこで意識を失った。

「歩!」

 歩は気を失ったまま、すぐには目覚めそうもない。佐伯は歩を抱きかかえると、静香を見つめる。

「静香。変なことにつき合わせたな……ごめんな」

 冷静を装うように、佐伯が静香にそう言った。

「いいけど、大丈夫? 風邪かな?」

「そうらしいな。ショックもあったんだろうけど……」

「……鍵貸して。それじゃあ開けられないでしょう?」

「悪い……」

 静香は佐伯から鍵を受け取ると、佐伯の家のドアを開けた。初めて入るそこは、意外と綺麗になっている。

「大丈夫? 手伝うよ」

 ドアを開けたところで、続けて静香が言う。

「ああ……じゃあ、二階のドアを開けといてくれるか? 二階の右のドアだ」

「わかった」

 静香は佐伯よりも先に歩き、佐伯は歩を抱えたまま、静香の後をついて二階へと上がっていった。

 静香が二階の一室を開けると、そこはベッドしかないような寝室だった。佐伯はそこに歩を寝かせる。

 佐伯は難しい顔をしたままで、心ここにあらずといった様子だ。それ以上、動かない佐伯に、静香は口を開く。

「先生。そのままじゃ風邪引いちゃうよ。パジャマかなにか……」

「あ、ああ……」

 静香に言われるまま、佐伯はパジャマを取り出した。だが、その動きも鈍い。

「……私が着替えさせようか?」

 静香の言葉に、佐伯は頷く。

「ああ、悪いけど頼むよ……俺は下にいるから」

「わかった」

 そう言うと、佐伯は部屋を出ていった。静香は眠ったままの歩に、パジャマへと着替えさせてやった。その間にも、静香はいろいろなことを考える。

(この人が、先生の彼女……かわいい子。どれだけ傷ついてるんだろう。引き裂かれなければならない運命なんて、悲し過ぎるよね……私にもいつか、そんな恋が出来るだろうか……)

 静香は歩を着替えさせ、布団をかけてやると、一階へと下りていった。


 静香が一階に下りると、佐伯はすでに着替えを済ませ、お湯を沸かしている。

「先生……」

「ああ。ありがとう、静香」

 いつもの様子で、佐伯が礼を言う。

「私、帰るね」

「ああ……いろいろ悪かったな」

「いいよ。でも、連絡するの? お母さんに……」

「いや。とりあえず、目を覚ますまでは……このまま連れ戻されても、何の解決にもならないからな」

「そうだね……じゃあね」

「ああ。ありがとう……おやすみ」

 そう言うと、静香は家へと帰っていった。そしてその日、何度も佐伯と歩の姿を思い出し、悲しさがこみ上げながらも、あの二人の間には入れないと悟っていた。

 静香が去った後、佐伯は冷やしたタオルを持って二階へと上がっていった。寝室では、歩が眠っている。その歩の額にタオルを乗せてやると、ハッとしたように歩が目を覚ました。

「歩……」

「豊! 夢じゃない……」

 そう言って、歩は佐伯に抱きついた。佐伯も静かに抱き返す。

「歩……」

「もう離れたくない! 学校も辞めるから、そばにいて……」

 佐伯から離れようとせず、歩が叫ぶようにそう言った。

「……それは出来ないよ」

 困った様子で佐伯が言ったので、歩は表情をこわばらせて、佐伯を見つめる。

「どうして? 私たち、真剣に愛し合ってたんじゃないの? どうして……」

「……ごめん」

 そう言う佐伯の顔は、どこか辛そうだ。

「豊……」

 二人は見つめ合った。やがて、佐伯が静かに口を開く。

「俺が馬鹿だったんだ。おまえが卒業するまで、待てればよかった……」

「違う! 違うよ、豊。私たちは真剣だったはずだよ。それに、どうして豊だけ転任になって、私は退学にならないの? どうして私だけ置いて行っちゃったの……残ったって、辛いだけじゃない!」

「歩……」

「みんな変わったよ。先生までが、私を違う目で見てる。家に帰ってもお母さんの目が光ってて、居場所なんかないんだよ。お願い、豊。もう離れたくない!」

 歩の必死な訴えに、佐伯は歩を抱きしめる。

「駄目だよ、歩……俺、おまえのご両親と約束したんだ。もう、おまえとは会わないって」

 それを聞いて、歩は捨てられた子犬のように、佐伯を見つめる。

「……どうして?」

「あの時は、そう言わなきゃ許されなかった。俺とおまえの仲がバレて、すごい騒動だった……あれ以来、おまえとも会えずにいたけど、毎月おまえのご両親には手紙を書いてたよ。許してほしい、お互い真剣だったって……」

「うん、知らなかったの。豊が手紙書いてくれてたこと。豊、今でも私のことを愛してくれているなら、そばにいてほしい」

「歩……愛してても、どうにもならないことがあるんだ。今の俺には、おまえを受け止めるだけの度量がない」

 佐伯は困った様子で、しかしきっぱりとそう言った。

「豊……」

「ご両親が心配してるよ。それに、おまえには指一本触れるなって言われてる。すぐに連絡しよう。あと一年もすれば、おまえも卒業だ。もしその時まで二人の気持ちが変わらなければ、堂々と胸を張ってつき合える」

「一年なんて、待てないよ」

「どうして? あっという間だよ」

 自分を宥めようと必死なまでに見える佐伯に、歩の心は不安でいっぱいになっていた。

「……豊は寂しくないの? 私はこの数ヶ月だけで、悲しくて死にそうだったよ。みんなにもいじめられて……それに一年の間に、豊の気持ちが変わっちゃうかもしれないじゃない」

 今にも涙が零れそうな歩に、佐伯は優しく微笑みかける。

「俺の気持ちは変わらないよ。でも俺は、おまえのことを考えるとわからなくなる……俺に、何もかも捨てておまえを取ることも出来るんだろうが、おまえはまだ高校生なんだ。これからたくさん恋をするんだろう。そんな時期に俺がいていいものかと思うよ、正直……」

 佐伯は本音を言った。だが歩は納得しない様子で、懸命に首を振る。

「どうしてそんなこと言うの? 豊はやっぱり、私のことなんて好きじゃないんだよ。好きなら……離れたくないと思うんじゃないの? 他の男なんて知らなくていいって、そう言うんじゃないの?」

 歩の言葉に、佐伯は辛そうな顔をして俯いた。

「……言えないよ。俺は……」

「……」

 佐伯の言葉を聞いて、歩は静かにパジャマのボタンを外し始める。

「歩」

 そんな歩の手を、佐伯はとっさに止めた。

「豊……また引き裂かれるなら、今だけ私を恋人に戻して。愛し合ってるって……感じさせてよ」

 歩の必死な訴えに、佐伯は戸惑っていた。歩を正視出来ずに目を泳がせる。

「歩、わかってくれ……俺はおまえが大事なんだ。これ以上、傷つけたくない」

 佐伯はベッドに座り、歩に背を向ける。そんな佐伯に、歩は後ろから抱きついた。

「私もこれ以上、傷つきたくない。そばに居させてよ……」

 そう言った歩の身体は、震えていた。

 すべてをなげうる覚悟でぶつかってくる歩に、佐伯は振り向いた。その顔は、苦しげな表情だ。

「俺がどれだけ我慢してると思ってる?」

 佐伯は何かを吹っ切ったように、歩を抱きしめキスをした。苦しいまでの抱擁に、歩の目から涙が溢れ出る。

「豊……」

「おまえだけが寂しいなんて思うなよ。俺だってあんな別れ方して、おまえを忘れられるわけないだろう? でも、おまえにとったら……」

 佐伯の中で何かと闘っているのが、歩にもわかった。

「もう何も考えないで。私は豊が好き。それ以外は何も考えられないよ。今しか考えられない……」

「歩……」

 二人は離れられないかのように、時を忘れて抱き合っていた。

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