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教師  作者: あいる華音
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5、噂の真相

「どうした? おまえ、今日変だぞ」

 佐伯が言う。静香は素直になれず、佐伯に背を向けた。

「そんなことないです」

「本当か?」

「……先生。もうちょっとここにいて。いろいろ、相談に乗ってほしいし……」

 勇気を出して、静香が言った。佐伯は顔を軽く掻いて、静香を見つめる。

「いいけど、俺なんかで相談に乗れるかなあ……」

「私、好きな人が出来たみたいなの……!」

 告白のような静香の言葉に、佐伯は尚も静香を見つめる。

「……へえ」

「今まで、あんまりそういう話は乗ってこなかったの。この町でそういう人、見つけられるなんて思わなかったから。だけど……」

 静香はゆっくりとそう言った。あの場から消えても、近くにいるかもしれない。なんとしてでも、佐伯をあの少女には会わせたくなかった。

「……俺も、何度か恋はしたよ。でも、辛くない恋なんて一度もなかった……静香はこれからなんだから、いっぱい恋をして傷つけばいい。俺だって辛い恋ばっかりしてきたけど、後悔したことは一度もないしね」

 静香の気持ちを察して、佐伯がそう言った。静香は俯き、口を開く。

「先生は本当に、恋人はいないの?」

「ああ……いないよ」

「……そう」

「恋煩いか。俺、そっちの分野は得意じゃないんだけど。まあ、そんなに悩んでるなら今度な。俺、そろそろ行かないと。文化祭の準備に探し物しなきゃならないしね」

 佐伯はそう言いながら、静香の肩を軽く叩く。

「探し物?」

「軽音部で使う、譜面とか」

「行かないで。まだ……」

 静香は尚も勇気を振り絞り、佐伯を引き止める。

「悪いけど、あんまり長居すると、おまえのお父さんたちも心配するだろうし」

「お父さんなんか、私の心配なんてしないよ!」

 取り乱したように、静香は叫ぶようにしてそう言う。

「静香。大丈夫か? 相談事なら、今度ゆっくり聞くから……」

 佐伯がそう言った時、静香は佐伯の手を掴んだ。

「い、妹さんが……」

「え?」

「……先生の妹さんがいたの」

 静香が、やっとそれを口にした。

「妹?」

「しゃ、写真の人……」

 静香のその言葉に、佐伯の顔が一瞬にして変わった。

「いつ? どこで会ったんだ?」

「会ったんじゃないわ。さっきベランダに出たら、その人、先生の部屋の前に立ってた……でももういないわ。なんか先生に言い辛くて……」

 静香の言葉に、佐伯は歩き出す。

「悪い。行かなきゃ」

「嫌だ、行かないで。たかが妹でしょ? いつでも会えるじゃない!」

「……ごめん。妹じゃないんだ」

 佐伯の言葉に、静香の目から涙が零れる。

「嘘つき! 私、先生のことが……」

「静香。俺は今、恋人はいないけど、忘れられない人がいるんだ」

 静香の言葉を遮って、佐伯がそう言った。その表情はいつもと違い、真剣である。

「先生……」

「詳しいことは、今度話すから。とにかく今は、あいつを探さないと……」

「あの人、先生の彼女……だったんだね」

「……ああ」

 正直な佐伯の言葉に、静香は深く傷ついた。

「今でも好きなの? その人のこと」

「……ああ」

 静香は佐伯の気持ちを知り、涙を拭った。

「ごめんなさい。私、早く言えばよかった!」

 我に返ったように、静香はそう言って、部屋を出ようと歩き出す。

「静香のせいじゃない。とにかく捜してみるよ。まだ近くにいるかもしれない……」

 逸る気持ちを抑えるようにしながら、佐伯はそう言って静香の部屋を出ていった。

「私も捜すよ。私のせいだもん。それにこの辺の地理は、私のが詳しいんだから」

「……悪い」

 佐伯と静香は、家を出ていった。

「ここに立ってたの……顔は間違いないと思う」

 雨音が激しく叩きつける佐伯の家の前で、静香がそう言った。佐伯の真剣な顔を見て、静香は佐伯に、少女のことを告げなかったことを後悔していた。そして、一緒に捜して出してやりたいと思った。

「庭にもいないな……ちょっと近くを捜してみるよ」

 玄関先に置いてあったビニール傘を差して、佐伯が言った。

「じゃあ、私は駅まで行ってみるよ」

「……悪い」

「いいの」

 その時、二人の前にタクシーが止まった。

「佐伯さん!」

 中から出てきたのは、一人の中年女性だった。

「後藤さん……」

 佐伯の知っている顔だった。佐伯の恋人だったという、少女の母親である。

「佐伯さん、あの子は? 歩をどこにやったんです!」

「後藤さん。私も会っていないのです。でも近所に住んでいるこの子が、彼女を見たと教えてくれて……何があったんですか?」

 佐伯が尋ねる。

「あなたには関係ありません。いいですか? あの子が来たら、すぐに自宅へ連絡してください。あの子が来ても、指一本触れさせませんからね!」

「……近所を捜してみます。見つけたら、必ずご連絡します」

「私は警察に行ってきます。その後は、近くのホテルを捜すつもりですから」

「わかりました……」

 母親はタクシーに乗りこむと、その場を去っていった。

「……先生?」

「彼女の母親だ……行こう」

 二人は二手に分かれて、一人の少女を捜しに出ていった。


 数十分後。佐伯は、駅周辺までやってきた。

「先生!」

 静香が声をかける。

「静香」

「見つかった?」

「いや……」

「こっちも。駅員さんにも聞いてみたけど、わからないって……」

「そうか……ありがとう。もういいから、おまえは帰れ」

 佐伯の言葉に、静香は見つからない罪悪感に打ちひしがれていた。

「でも」

「いいから帰れ。俺も一度、家に戻るから」

「……そうだね。先生、そのままじゃ風邪引くよ。ずぶ濡れじゃない」

 雨に打たれ通しだった佐伯に、静香が言った。

「この雨じゃ、あんまり傘は役に立たなかったからな」

 二人は話をしながら、家へと戻っていった。

「先生……その人とつき合ってたの?」

 家へ帰る道で、意を決して静香が尋ねた。

「……うん」

 佐伯は素直にそう答えた。静香は自分の中で、静かな衝撃を覚える。

「でも、別れたんでしょう? 生徒でもいいなら、私も……みんなだって、先生のこと好きな子いっぱいいるよ」

「別に、生徒でもいいなんて思ってないよ」

「嘘。だって、その子とつき合ってたんでしょう?」

「……いろいろあった……静香。おまえの気持ちが真剣でいてくれるなら、俺も真剣に答えなきゃならないと思う。静香は家も近所だし、他の生徒とは違う。だからこんな話をしているんだ」

 いつになく真面目な顔で、佐伯が言う。そんな佐伯に、静香は俯く。

「先生……」

「俺は確かに、生徒とつき合ってたよ……でも、当然許される恋じゃない。でも止められなった。俺も馬鹿だったと思うけど、離れられなかったんだ。ある時バレて……当然、引き離された。その子は学校に残ったが、俺は当然クビだ。そしてここに来たってわけ。でも、そんな別れ方をして、気持ちに整理なんてつけられないんだ。ろくに話も出来ずに、離れ離れになったから……」

「今でも、その人のことが好きなんだね?」

「ああ」

 きっぱりと言った佐伯の言葉に、静香は傷つきながらも、諦めがついた。

「……わかった」

「ごめん」

「いいよ。他の生徒とは違うって言ってくれただけで、嬉しい。本当よ」

「静香……」

 その時、佐伯の家が見え、佐伯が立ち止まった。佐伯の家の前には人影があった。

「あ……ゆみ? 歩!」

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