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教師  作者: あいる華音
3/33

3、噂

 次の日。昼休みに、静香は音楽室を訪れた。すると、ピアノの音が聞こえる。そっと中を覗くと、そこには佐伯の姿があった。

「佐伯先生……」

「ああ。静香か」

 佐伯が、静香に気づいて言う。

「先生、ピアノ弾けるの?」

「ん? ああ。今日から軽音部の顧問になったから、久々に練習をね……おまえはどうした? 昼休みなのに」

「さっきの授業で忘れ物しちゃって……あ、あったあった」

 静香は、机の中にあったペンを取り出した。

「あ、そうだ。おまえ、俺のパスケース知らないか?」

 突然、佐伯がそう尋ねた。

「パスケース?」

「どうやら、どっかで落としたらしいんだ。おまえの家かもしれなくて……革のパスケースなんだけど……」

「ううん、知らない。でも、帰ったら探してみるね」

「悪いな」

「ううん。こちらこそ……うちのお父さん、東京の人とか有名大学出の人とかに目がないんだ。先生のことも気に入ったみたい。また来てくださいって……」

「そう。昨日はありがとうございましたって、伝えておいてくれるか?」

「うん、わかった」

 その時、チャイムが鳴った。

「予鈴だ。おまえも早く戻れよ」

「はーい」

 静香は佐伯の意外な一面を見て、嬉しくなっていた。


「静香。今日、部活休みだって」

 放課後、真子が言った。

「え、なんで?」

 静香が尋ねる。二人は同じ手芸部に入っている。

「知らない。まあ、やる気のない人ばっかりだし」

「うちらもね」

「言えてる。憧れの先輩に、編み物とかあげたくて入っただけだし。今日、家に寄っていかない?  宿題多いしさ」

「いいよ。真子の家、久しぶり」

「そうだね。じゃあ帰ろう」

「うん」

 二人は学校を出ていった。


 真子の家で、二人は早速、宿題に取りかかった。

「まったく。なんでうちの学校、こう宿題ばっかりなんだろ。小学生じゃないんだから」

 真子が愚痴を言いながら、宿題にかかる。

「本当。特に国語と歴史。出せばいいってもんじゃないのに」

「あーあ。佐伯先生みたいに、宿題出さない先生ばっかりだといいのに」

「うん……」

「そういえば、二組の船木さん、佐伯先生に告白したらしいよ」

 真子の言葉に、静香が驚いた。

「え、本当?」

「あの子、ちょっとかわいいからって、いい男見るとすぐそうじゃん? フラれたらしいけどね」

「ふうん。フラれたんだ……」

 静香は、ホッとした様子で微笑んだ。

「でも、佐伯先生もすっかり馴染んじゃったよね。来たばっかりなのにさ。男子も、佐伯ちゃんとか呼んだりして」

「うん、親しみやすい先生だよね……東京から来たからかな。なんか、今までの田舎の先生って感じは全然ないし」

「そうだね。なんといっても、格好いいし」

 静香はしばらく、真子といろいろな話をしてから、家へと帰っていった。


 静香は家へ帰ると、すぐにリビングへと入っていった。家には誰もいないようだ。

「誰もいない。お母さんは、買い物か……」

 静香はそう言って、冷蔵庫からジュースを取り出し、リビングの椅子に座る。

「結局、真子と話しこんじゃって、宿題どころじゃなかったな。やらなかったらヤバイし……ああ、でも全然わかんないだよね、宿題……」

 静香がそう言いながらも頭を抱えた時、爪先に何かが当たった。

「ん?」

 静香がテーブルの下を覗きこむと、そこには革のパスケースがあった。

「パスケース! 佐伯先生の……?」

 静香は手を伸ばして、パスケースを拾い上げる。

「家にあったんだ……お母さんってば、今日は掃除してないわね。これに気づかないなんて……」

 静香はそう言いながら、無意識にパスケースを開いた。中には数枚のカードなどが入っている他、窓の部分には、東京の住所らしきものが書かれたメモが入っている。そしてその下には、写真と見られるものが少し見えた。

「……写真?」

 静香はためらいながらも、そっとメモの下の写真を引き出した。するとそこには、二人の女子高生が映っている。

「……なんで、女子高生の写真なんか……妹? 恋人、なんて……」

 静香は疑問を膨らませながらも、その写真を元の位置に戻した。静香は、自分の胸が高鳴るのを感じていた。


 次の日。静香と真子が教室に入ると、教室は騒然としていた。

「何かあったの?」

「あ、静香! あんた、佐伯ちゃんと仲よかったよね?」

 一人の女子が、静香に言った。

「え、仲が良いって、ただ家が近所なだけで、別に……」

「いいから、ちょっと来てよ!」

「なに? 佐伯先生がどうしたっていうの?」

 静香と真子は、女子の輪の中へと入っていく。

「ほら見て、これ。佐伯ちゃん、彼女いたんだよ!」

「え……?」

 輪の中にあったのは、一枚の集合写真だった。

「私の従兄弟が、佐伯ちゃんの前いた高校にいて、地元じゃ有名らしいよ。この子、佐伯ちゃんの彼女!」

 一人が指差した写真の少女は、昨日、静香が見た、佐伯のパスケースに入った二人の少女のうちの一人であった。

「う、嘘だあ!」

 思わず、静香が叫ぶ。

「本当よ! 有名なんだって。名前は後藤歩っていって、うちらと同じ年。身長、一六三センチで体重はわからないけど、足のサイズは二十四センチ。誕生日はクリスマスイブの、十二月二十四日だって!」

「それって、私と同じ誕生日……」

 静香が言った。

「そうなの?」

「うん。おまけに、身長も一緒……」

「へえ、それってすごいね。でね、二人はつき合ってたのがバレて、先生はそこからうちに来たらしいよ。その後藤って子も、可愛くて有名でさ、あんまり周りには馴染まない子らしいんだけど、密かに憧れられてるって。こんなマニアックな情報も、簡単に手に入るらしいよ。でもすごいよね。ショックだけどさ、本当にこんな話あるんだね」

 静香は、何がなんだかわからなくなってしまっていた。

 佐伯の噂は、その日のうちに学校中の生徒に知れ渡っていた。静香はそっとカバンの中から、昨日見つけた佐伯のパスケースを取り出して見つめる。

(パスケースの中の写真の子は、先生の彼女……そしてきっと、一緒に入ってた住所や電話番号は、彼女の家なんだ……私の身長がわかったのは、彼女と同じ身長だったから。先生……嘘でしょう?)

 静香は佐伯にそんな過去があったということを知り、悲しくなった。

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