表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
教師  作者: あいる華音
22/33

22、新しい出会い

 歩は富良野に一泊すると、次の日には幕別にいた。しかし気力も体力も限界で、行く場所もなく、歩は遂に立ち止まってしまった。

 歩は小さな公園のベンチに腰を落ち着かせるが、この先どうしていいのかわからない。不安と悲しみでいっぱいだが、自分の腹をそっと撫でると、勇気が湧いてくるような気がする。

「私は一人じゃない……」

 歩はそう言うと、少しでも気を落ち着かせようとした。しかし、もう身体を支えることも出来ず、その場から動けない。

 そのまま歩は、しばらく公園のベンチに座っていた。食事をすることさえする気にならず、吹きさらしの公園で、寒さに意識まで遠のいていく。だがここで倒れれば、また病院へ送られ、行方を知らされてしまうと思い、必死に意識を保とうとした。

 しかし、歩の身体はすでに限界に達しており、また慣れない寒さにさらされ、身体は氷のように冷たくなっていくのを感じる。

「おい、あんた。大丈夫か?」

 歩が意識を失いそうになったその時、一人の男性が声をかけた。二十代半ばくらいの男性は、歩を心配そうに見つめ、関西なまりで話しかける。

「どないしたん? 病院行くか」

 男性がそう言うと、歩は大きく首を振った。

「大丈夫です。病院には連れて行かないで……」

「そやかて、辛そうやんか」

「お願いです。大丈夫だから……」

 歩は興奮して立ち上がろうとする。しかし、足が震えて立てなかった。

「おい!」

 男性が、そんな歩を支える。

「わかった。病院には連れて行かへんから。でも、どないしようか……」

「大丈夫ですから……」

「そんなこと言ったって、真っ青やん。あ、うちでよければ来るか? 一人暮らしちゃうから、安心やで。女もいるから……」

 歩はそこで気を失った。遠のく意識の中、男性の声はもはや聞こえなかった。


「だから、連れこんだんちゃうて。貴美子」

 そんな声が聞こえる暖かな部屋で、歩はそっと目を覚ました。

「そんなことはわかっとるわ。私が言っとんのんは、なんでもっと早く見つけんかったかって……」

「そやかて……」

「あ、目覚ました!」

 歩は小さな部屋で、さっきの男性と知らない若い女性がいるのに気がついた。

「気いついたんね。ここは私とこいつの部屋やわ。遠慮せんと休んどるんよ」

 女性はそう言って微笑む。その笑顔に、歩は少しほっとしたように口を開く。

「……あなたは?」

「私は、平井貴美子いうねん。こいつは、尾形龍太郎。こいつがあんたのこと連れて来たんよ。ここは安全だから、ゆっくりしいや」

 その時、部屋に中年女性が入ってきた。

「貴美ちゃん。様子はどう?」

「奥さん。今、気いついたんよ」

「じゃあ、後は私に任せて、仕事行きなさいな。尾形さんはちょっと残って。この子、家に移すから」

 中年女性が言った。

「わかりました。じゃあ私、先に行っとるわ」

 貴美子という女性は、部屋を出ていった。

「大丈夫? まだ顔色悪いけど、大分暖まったみたいね。よかった」

 中年女性が歩に声をかける。

「私……」

「公園で気を失ってね。ここは彼の部屋で、私は彼の上司みたいなもの。山伏といいます。ここは狭いし二人の部屋だから、家に移ってもらうわね」

「でも……」

「ああ、遠慮はしないで。こういうのには慣れてるから。この人たちも、拾ってきた子犬みたいなものよ」

「奥さん。犬は酷いんちゃう?」

 尾形が冗談交じりで、山伏という中年女性に食いかかる。

「まあまあ、それで、あなた立てる?」

「はい……」

 歩はゆっくりと立ち上がった。しかし、まだ足元が覚束ない様子に、尾形が背を向ける。

「負ぶさった方がええやろ。ほら」

「じゃあ、行きましょうか。ここから割とすぐだけど、外は寒いから覚悟して」

 歩は尾形に負ぶさり、山伏と共にアパートから出ていった。そして一同は、近くの一軒家へと入っていった。


「ここは娘の部屋なんだけど、今は嫁いで帰ってこないから、自由に使ってちょうだい」

 山伏が、一軒家の中の一つの部屋に通して言った。

「ありがとうございます……」

 歩はまだ状況が把握出来ていないものの、その人たちの優しさに触れ、素直に礼を言う。

「じゃあ俺、仕事向かいますわ」

 尾形はそう言うと、家を出ていった。

「起きられるわね? おかゆ作っておいたから、食べてね」

「……すみません」

 山伏は歩におかゆを差し出し、前に座る。

「あなた、一人旅?」

「……はい」

「何かあったの? まだ未成年に見えるけど……それに尾形さんに、病院には行きたくないって言ったんですって?」

 山伏の質問に、歩は俯いた。そしてしばらく考えると、ゆっくりと口を開く。

「……私、家には帰れないんです。病院に入ったら、知らされてしまうと思って……」

 正直な歩に言葉に、山伏は優しく微笑んでいる。

「わかったわ。今はゆっくり食べて、その後、私になんでも話してちょうだい。私は警察でもなんでもないから、あなたのしたいようにすればいいわ。私は、すぐそこのパチンコ屋を経営しているの。あなたの名前は?」

「……後藤歩です……」

 歩は正直にそう言った。なんとなく信頼出来る人だと思った。何より、嘘をつくことに慣れていない。

「歩さんね?」

 山伏は親身になって接し、歩はゆっくりと経緯について語り始めた。そしてすっかりすべてを話すと、山伏は優しく微笑む。

「事情はわかったわ。未成年をかくまうのはどうかと思うけど、あなたの意思がそんなにまで強いなら、ずっとここにいるといいわ」

 山伏の言葉に、歩が初めて安堵の顔を見せる。

「ありがとうございます……」

「ここはパチンコ屋で、そういう人もたくさんいるから大丈夫よ。さっきの尾形さんと貴美子ちゃんだってね、駆け落ちしてここに辿り着いたのよ。あなたにとって、どれが一番いい道なのかはわからないけど、このまま帰っても、確かに赤ちゃんの安全は保障出来ないわね。あなたがそこまで産みたいと思うなら、ここにいなさい。ここにいる限り、あなたは安全よ。決して警察にも実家にも知らせないわ。じっくり考えて、それから実家に連絡してもいいじゃない」

 山伏がそう約束をしてくれたことで、歩は深々とお辞儀をする。

「ありがとうございます、山伏さん……」

「さあ、事情はわかったから、今は体力を取り戻すことに専念しなきゃね。たくさん食べなきゃ、赤ちゃんだって育たないわよ」

「はい……」

「そして、少し体力が戻ったら、うちの手伝いとかをしてもらうと嬉しいわ。私も店が忙しくて、なかなか家のことまで回らないの。でも無茶はさせないから安心して」

「いえ。出来る限り、なんでもさせてください」

 歩が言った。世話になる以上、恩返しはしたい。

「ありがとう。じゃあ、安心してゆっくり休みなさい。私は店に行ってくるわ。後で顔出すから。家の中は、好きに使っていいからね」

「はい。ありがとうございます……」

 歩は山伏の優しさに触れ、久々に笑顔が戻っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ