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教師  作者: あいる華音
21/33

21、「さよなら」

「歩!」

 佐伯は思わずそう叫んで、立ち上がった。そして窓に手をついて、向こうの電車に向かって合図を送り続ける。すると、歩も佐伯に気がついた。

 歩も驚きが隠せない様子で、信じられないという表情をしながら、ゆっくりと立ち上がる。

「歩! 歩!」

 佐伯は、必死に歩を呼び続ける。

 歩はしばらく佐伯を見つめたかと思うと、佐伯の隣で自分を見つめている静香に気づき、もう一度佐伯を見て、悲しく微笑んだ。

「違う! 歩、話がしたいんだ。おまえをずっと捜してた! そこで下りるんだ。すぐに行くから!」

 窓に阻まれて声は聞こえないものの、歩は佐伯の言っていることを理解すると、小さく首を振り、佐伯を見つめる。

『さよなら……』

 ガラス越しに、歩の口がそう動いた。

「歩!」

 佐伯の言葉をもう知ろうとはせず、歩は席に座って俯いた。

「歩! クソッ!」

 佐伯は電車を下り、歩のいるホームまで向かおうとした。しかしその時、歩の乗る電車の発車ベルが鳴り、佐伯は慌ててもといた電車へと乗りこみ、歩を見つめる。しかし、歩はもうこちらを見ようともしない。

 それからすぐに、歩の乗る電車は発車していった。そして同時に、反対車線の佐伯が乗る電車も閉まり、それぞれ別方向へと走り出していった。


 歩は走り出した電車の中で、一人、涙を流していた。

(捜しに来てくれていた……でも、もう会えない。私は一人で生きていくって決めたんだ。でも豊、こんなところにまで静香さんと来ていて、本当に好きな人を見つけたんだ……もしかして、お母さんに言われて、無理に探しに来てくれたのかな? わからないけど、もう本当に会えない。会わない……豊。お願いだから、もう捜さないで……もう辛いのは嫌だよ。もう何も見たくない。考えたくない。さようなら、豊……)

 歩は一人、心の中で呟いた。

 歩はこの数日間、函館から札幌へゆっくりと向かい、主に室蘭のビジネスホテルにいた。少し身体の具合が優れずに、ゆっくりとした行動しか取れずにいたのだ。

 佐伯や両親からの追っ手に怯えながらも、歩は電車に揺られ、行く当てもなく旭川方面へと向かっていた。しかし佐伯と出会ってしまった以上、追っ手が来ることを恐れ、一度乗り換えをし、帯広方面へと方向を変えた。


 佐伯は電車の中で、一人うなだれていた。

(歩。やはり北海道に来ていた……だけど、こんな形で会うなんて! 俺と静香が一緒にいるところを見て、あいつはどんなふうに思ったのだろう。どんな気持ちで……歩は本当に、もう誰にも会わないつもりなんだ。さよならだなんて……あいつは本当に、一人で生きていくつもりなのか?)

 一人、頭を抱えこむ佐伯を前にして、静香は何も声をかけることが出来なかった。二人は次の駅で降りると、歩の乗った電車を追いかけ、札幌方面へと戻っていった。

 しかし佐伯たちも、どこへ行くべきか迷っていた。

「広過ぎる。旭川へ向かったのか、途中で降りたのか、乗り換えたのか、全然わからないじゃない……」

 路線図を見ながら、静香が言う。

「でも、捜すしかない」

 佐伯は主要な駅を一つずつ降り、駅員に歩の写真を見せるものの、手掛かりもないまま、二人は旭川へと着いてしまった。

「……そろそろ暗くなるな。静香はもう帰った方がいい」

 旭川の駅前で、佐伯が言った。

「え、先生は?」

「俺はここでホテルを取る。一人で帰れるよな?」

「私も泊まる。もう札幌まで遠いし、家なら大丈夫。ちゃんと連絡入れるから。ね?」

 静香の言葉に、佐伯はゆっくりと口を開く。

「……静香。おまえの気持ち、痛いほど嬉しかった。でも、もうこっちはいいから、明日にでも実家へ帰るんだ」

「先生……」

「正直、今は誰とも居たくないんだ……もう歩に、誤解もさせたくない……悪いな、静香。俺、教師なのに、生徒のおまえに格好悪いところばかり見られちゃって……でも、今は何も考えられないんだ」

 佐伯の言葉に、静香は俯いた。

「今ここにいるのが、教師なんて思ってないもん……先生の気持ち、わからないわけじゃないよ。でも、今は一人でも人手がほしいだろうし、先生だって辛い時に一人でいちゃ駄目だよ」

 静香はそう言った後、すぐに言葉を続けた。

「なんて、綺麗事だね……私も、自分がなんでこんなところにいるのかわからないんだ。ただ、歩さんを捜し出してあげたいって気持ちは本当だよ。でも一番は、先生の辛そうな顔、もう見たくないの……駄目なの? 先生の力になりたいって思うのは、迷惑? 私、見返り求めてないよ。そりゃあ先生のことまだ好きだけど、駄目なんでしょ。私じゃ……」

 そう言って、静香は佐伯を見つめる。佐伯は俯いた。

「ごめんな、静香……俺は、やっぱり今でも、歩を愛してるんだ……静香が俺を思ってくれる気持ち、本当に嬉しいよ。でも、ここまでされる義理はないよ。このままおまえに甘えてたら、俺もどこへも行けなくなる。俺にとっても……重荷なんだ。わかってほしい」

 佐伯はゆっくりと、そう言葉にした。静香の心は傷つきながらも晴々とし、納得して頷く。

「わかった……ありがとう、はっきり言ってくれて。明日、実家に帰る」

「……ああ」

 二人は改札口へと向かっていく。

「じゃあ、ここで」

 静香が、振り向いて言った。

「ああ。ありがとう、静香」

「ううん。じゃあ新学期には、笑って会おうね」

「ああ、気をつけて。本当にありがとうな」

「いいってば。ごめんね、先生。強引なことして……じゃあね。頑張ってね」

 静香はそう言うと、もう佐伯の顔も見ずに、改札の中へと走っていった。

 佐伯は静香の後ろ姿を見つめながら、一人の少女を傷つけて、胸が締めつけられる思いでいた。しかしそのまま駅を出ると、歩を捜し続けた。


 電車の中で、静香は必死に涙を堪え、外を見つめる。

(ごめんね、先生。こんなところまでついてきて……でも私、先生のことを好きになれて本当によかった。だって初めて自分に素直になれた気がするんだ。それに先生と歩さんを見て、本当に大切なものを教えてもらった気がする……歩さん、早く見つかるといいね。先生、頑張ってね……)

 静香の中で、何かが成長している気がした。佐伯と結ばれることはなくても、教えられたことはたくさんある気がしてならない。

 その日は新たなスタートとして、佐伯と静香はきっぱりと分かれた日となった。

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