20、捜索
次の日。佐伯は一人、北海道行きの飛行機に乗りこんだ。歩が何の接点もない場所に向かっているのなら見当もつかないが、なぜか歩が北海道に行ったと思えてならない。
かつて少しだけ出た話の一つだったが、きっと歩は忘れていない。佐伯は北海道に行かずにはいられなかった。
歩は夜行列車に乗り、早朝に青森へと着いていた。あまり体調が優れず、しばらくファミリーレストランに腰を落ち着かせる。
(お母さん、どうしてるだろう……もうとっくに、私の手紙は気づいたよね。怒ってるだろうな……捜してるんだろうな、私のこと……)
そんなことを考えている時、歩は腹部に痛みを覚えた。
「痛……」
極度の疲労と緊張に加え、寝不足もたたり、歩はその場で気を失ってしまった。
数時間後。病院で目を覚ました歩は、近くにいた看護師と目が合った。
「ああ、よかった。気がついたのね」
「……看護婦さん?」
「そう、ここは青森市内の病院。あなたはファミレスの中で気を失って、ここに運ばれたんですよ」
「あ……」
「思い出した?」
歩は言葉を失って、小さく頷く。
「少し疲労気味ですね。妊娠もしてるようだし……荷物からして、一人旅?」
「……」
看護師の質問に、歩は何も言わなかった。
「言いたくないならいいの。ただ無茶しちゃ駄目ですよ。赤ちゃんのためにもね」
「……はい」
素直に返事をした歩に、看護師は優しく微笑む。
「一人みたいだけど、大丈夫? 若く見えるけど、学生さんかしら」
「……一人です。学生じゃありません」
歩が言った。高校生ではあるものの、学校は辞めるつもりだ。尋問のような質問に、歩は考えながら返事をする。
「そう。一人なのは、親御さんとか知っているの? 青森へは観光? それとも、どこか別のところへ行くつもりだったのかしら」
「……北海道に……親は私が一人なこと、知ってます」
「そう……でも、少し休んでてください。あとで医師が見に来ますからね」
「ありがとうございます……」
その時すでに看護師は、歩の荷物から自宅の電話番号を発見しており、メモを取っていた。そして歩が未成年だということを確信すると、歩の自宅へと電話をかけたのだった。
佐伯は北海道へ着くと、早速、ホテルへと向かった。
「予約した、佐伯です」
「佐伯様。ご伝言をお預かりしております」
「え?」
ホテルの受付で、佐伯は伝言のメモを受け取った。そこには、後藤家からの連絡事項が書いてある。
“娘が青森市内で見つかりました。ホテルに着き次第、連絡乞う”
佐伯はその場から、急いで東京の後藤家へと連絡を入れた。
『はい、後藤です』
切羽詰った様子の、歩の父親の声が聞こえる。
「佐伯です。今、ホテルに着きまして……見つかったとは、本当ですか!」
『そうなんです。青森の病院から電話があって……未成年とわかり、看護師の方が歩の荷物から手帳を見つけて、うちにかけたとか……家内もそちらに向かいましたが、やはり歩は北海道に向かっていたようです』
「それで、どこの病院にいるのですか? 青森なら、こちらからのが遥かに近い。すぐに向かいます!」
佐伯は逸る気持ちを抑え、病院の名前を聞くと、すぐにその足で北海道から青森へと向かっていった。
しばらくして、歩がトイレへ起き上がると、ナースステーションから看護師たちの声が聞こえてきた。
「今日、救急で来た子の親御さん、どこに住んでるの?」
「東京みたい。すぐに向かってるみたいだけど、結構かかると思うわ」
歩の担当をしている看護師が言った。歩は聞き入るように、その場に立ち止まる。
「でも、連絡してよかったの?」
「仕方がないじゃない。事情があるのはわかるけど、未成年なのよ? 親御さんに連絡したら、やっぱり驚いてたわ。何度もお礼言われちゃったもの」
担当の看護師が言う。看護師たちの会話は、尚も続いている。
「まあ、よかったわね。トラブルはご免だもの。でも、東京からじゃ遠いわね」
「でも、北海道まですでに捜しに来ている人がいて、その人も向かってるって」
「じゃあ、そろそろ着くかもしれないわね」
「ええ。まあ、家族の方と話し合ってもらわないと、こっちも手出し出来ないから」
歩はそれを聞いて、病室で着替えると、すぐに病院を飛び出していった。
それから佐伯が病院に着いたのは、一時間もかからない頃だった。佐伯は、歩の担当だという看護師から事情を聞く。
「すみません。多分、私たちの話を聞いたんじゃないかしら。あなた方がこちらに来るってことを話していて……見回りは何度も行っていたんですが、小休憩中に……これがベッドに置かれていました」
看護師が見せたのは、二枚の走り書きのメモ用紙と、一万円札だった。
『少ないかもしれませんが、入院費です』
そして二枚目のメモには、こう書かれていた。
『捜さないでください』
佐伯は、無念にうなだれた。
数時間後。佐伯は病院で歩の母親を待った。事情を知った母親は、またも泣き崩れる。
「……後藤さん。僕は冬休みの間は、北海道で捜すつもりです」
佐伯もショックを隠し切れないまま、そう声をかける。その言葉に母親は顔を上げた。
「わ、私も、しばらく北海道にいるつもりです。主人は仕事で来られませんが……でも、あの子は北海道に行くでしょうか。我々が捜しているのを知って……」
「わかりません……捜してみないことには」
「そうですね……行きましょう。札幌へ」
「ええ」
二人は、北海道へと足を踏み入れた。
その後、函館のフェリー乗り場で、二人は思わぬ情報を得ることとなる。
「本当ですか? この子に間違いないですか!」
思わず佐伯が叫ぶ。歩の写真を見せて回ると、フェリー乗り場の男性が見たというのだ。
「多分、間違いないですよ。この女の子でした。青森からフェリーで来て、しばらくそこの案内板とか見てましたよ。女の子一人きりで目立ってましたんでね。覚えてますよ」
男性の言葉に、二人は希望の目を輝かせる。
「そ、それで、その子はどちらへ行きました?」
「駅の方に行きましたよ」
「ありがとうございます!」
二人は急いで駅へと向かっていった。
しかし、駅での情報は一つも得られなかった。仕方なく二人は札幌へと向かい、数日かけて札幌の街を回り、ホテルというホテルに電話をかけたりと努力を重ねたが、歩の情報は何一つ入ってこなかった。
数日後の夜。佐伯が滞在するホテルの部屋を訪れる、少女の姿があった。
呼び鈴に佐伯がドアを開けると、そこには静香が立っている。
「静香! どうして……」
「気が気でなくて来ちゃった。私も一緒に捜すわ」
あっけらかんと、静香が言う。
「ば、馬鹿なこと言うな! だいたい、親は知ってるんだろうな。なんだってこんな遠くまで……」
佐伯が慌てて言う。静香の地元から北海道までは、高校生が気軽に来られる距離ではない。しかし静香は、笑ったまま佐伯を見つめている。
「もちろん、心配だからよ」
「静香……」
「あ、宿は大丈夫だよ。札幌市内に親戚が住んでるの。そこに泊まらせてもらうことになってるから。もちろん親にも言ってあるから、大丈夫」
静香の真意は、佐伯にはわからなかったが、静香にとっても同じだった。遠くまで来た自分を馬鹿だと思いながらも、佐伯の力になりたいという気持ちの方が大きい。何よりこの旅で、静香は自分の気持ちにケリをつけたいと思っていた。
「先生のことだから、無理してると思うし。駄目って言われても、一人で歩さんを捜すんだから」
静香の言葉に、佐伯は小さな溜息をつく。ここまでしてくれる生徒に、申し訳なく思った
「ありがとう……なんだかおまえには、礼がしきれない」
「いいの。じゃあ私、これから親戚の家に行くから。明日は何時に来ればいい?」
「その前に、送るよ」
佐伯はそう言うと、コートを羽織って身支度する。
「大丈夫だよ。ここからそう遠くないし、よく遊びに来てたから迷わないよ」
「送る」
遠慮する静香を、佐伯は半ば強引に連れ、ホテルを出ていった。
タクシーの中で、佐伯は何を話すでもなく、隣にいる静香のことを考えていた。おそらく未だ自分を好いてくれている少女に、自分の恋人を探させるなど酷ではないのだろうか。しかし本人が強い意志でここまで来た以上、追い返すわけにもいかず、ただ静香の申し出を受け入れることしか出来なかった。
静香は怒っているような佐伯の態度に、少し不安を感じつつも、ここで引き返せはしない。なにより佐伯の気持ちに感情移入してしまい、なんとしてでも捜したい構えでここへ来ていた。
「……怒ってる?」
佐伯の様子に、静香が横目で見ながら尋ねる。佐伯は我に返り、静香を見つめた。
「いいや……」
「でも、怒ってるみたいだよ」
「……呆れてる。いくら親戚がいるからって、こんなこと……」
静香は笑顔で返す。
「何もいらないから気にしないで。本当、自分のためにやっているんだから……すみません、この辺でいいです」
静香はひとり言のようにそう言うと、運転手に声をかけてタクシーを止めた。そこは住宅街である。
「すぐそこなの。明日は八時頃でいい?」
ハキハキと静香が尋ねる。後戻り出来ない距離な分、静香は積極的に振舞った。
「ああ……それでいいよ」
「じゃあ、ホテルのロビーに行くから」
静香は佐伯からの言葉を恐れるように、タクシーを飛び降りた。
佐伯は静香が住宅街に消えていくのを見届けると、ホテルへと戻っていった。
次の日の朝。静香は佐伯に加わり、手探り状態の捜索が始まった。警察も動き出していたが、手掛かりも何もない。
歩の母親は別のホテルに残っており、情報を待っているはずだ。
「先生。本当に歩さん、札幌にいるの?」
静香が尋ねる。
「それはわからないけど……でも、北海道に来たのは間違いないんだ。北海道で接点と呼べる場所は、札幌しかない。小さな口約束だけだけど……」
「札幌の心当たりは、全部当たったの?」
「行ったよ。スキー場とか、観光地とか。写真も見せてきたし……でも、一人でスキーは行かないだろうな。子供だっているんだし……」
「……」
佐伯のその言葉に、静香は押し黙った。それはあの日、引き離された佐伯と歩が再会した日、二人が男女の関係になっていたことを物語っている。
「……今日は札幌を出てみようか。あまり身動きが取れないのかもしれないし、函館に戻ってみよう」
「そうだね……」
二人はそのまま、駅へと向かった。
「……まだ早いね」
静香が言った。ホームには電車が来ているものの、まだ発車時間ではない。
「もうすぐだよ。寒いし、乗っていよう」
二人は停車中の電車へと乗りこんだ。しかし、静香はすぐに背を向ける。
「寒いね。缶コーヒーでも買ってくる」
静香はそう言うと、ホームへと降りていった。佐伯はボックス席に座り、外を眺める。
一人になると、どうしても物思いに耽ってしまう。いったい歩は身重の身で、未成年で、この極寒の地でどこへ行こうというのか。
その時、佐伯の視線を、反対側に入ってきた電車が遮った。佐伯は我に返り、車内を見回した。そこに静香が帰ってくる。
「寒かった……電車はあったかいね。はい、コーヒー」
「ありがとう」
佐伯はコーヒーに口をつけると、無意識にもう一度外を見つめる。すると、反対側に入ってきた電車が止まり、佐伯と静香は目を疑った。
入ってきた電車の、ちょうど二人の前に止まったボックス席には、紛れもなく歩の姿があった。




