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教師  作者: あいる華音
14/33

14、ささやかなひととき

 元旦。

 佐伯は、とある神社の前に座りこんでいた。時間になっても現れない歩に、何かあったのかと心配でならない。

 しばらくすると歩の姿が見えて、佐伯は立ち上がった。しかし歩は一人ではなく、母親と思しき女性と一緒である。

「先生……」

 佐伯を見て、歩が言った。

「先生? 歩、この方は先生なの?」

 母親が言った。

「う、うん。数学の佐伯先生だよ……」

 歩が少し怯えるように言った。高校近くの大きな神社のため、教師が居てもおかしくない。

 少しためらいつつも、思い切って佐伯は口を開く。どういう状況で、歩が母親と来たのかはわからないが、決して二人の仲がバレたのではないと、祈る気持ちだ。

「……後藤さんのお母様ですか? 私、帝都学園の数学教師をしております、佐伯と申します」

「どうも、娘がお世話になっております……」

 佐伯が教師なのかと、未だ半信半疑な様子の歩の母親が、佐伯を舐め回すように見て応える。

 母親の様子を見て、二人の仲がバレたわけではないと、佐伯は確信した。

「どうも……後藤、あけましておめでとう」

 佐伯が今度は歩に言う。歩も頷き、口を開く。

「お、おめでとうございます……」

「お二人で初詣ですか。私もこれからなんですよ」

 まだ様子を伺うように、佐伯が会話を続ける。

「いえ。この子が、お友達と初詣なんて行くと言うんですが、今まであまり友達の多い方ではなかったので、本当かどうか確かめたくて……まさか、悪い友達などとは……」

 母親が、心配そうに言った。佐伯は頷くと、歩に顔を覗く。

「後藤。誰と初詣に行くんだ?」

「ふ、古屋さんと……」

「ああ、古屋か。古屋ならさっき会ったよ。誰かと待ち合わせしていたらしいけれど、後藤のことだったのか。時間に来なかったから、先に帰るって言ってたと思ったけど……」

 佐伯と歩は、互いに探りながら嘘をついた。それを信じたように、母親の顔がみるみる変わっていくのがわかる。

「まあ、先生。それは本当ですか? 嫌だわ。私、てっきり悪い友達でも出来たんだと……歩、すぐに謝りに行きましょう。お母さんも行くから」

「い、いいよ。一人で行くから」

「そんなわけにはいかないわ。お母さんのせいで……」

「お母さん。私、もう高校生だよ。謝りに行くのもお母さんと一緒だなんて、恥ずかしいよ」

「なに言ってるの。お母さんは、歩のためを思って……」

 歩と母親の口喧嘩が始まったので、佐伯は一歩前に出た。

「お母様。自立しようとしている子供を押えつけるのは、成長の妨げになり、将来にとっても危険なことです。確かに高校生の時期は、危険なこともたくさんありますが、後藤さんはしっかりしていますし、信じてあげてはどうですか? 確かに、高校生にもなって親同伴というのは、同級生にとってもよろしくないでしょう」

 宥めるように、佐伯が言う。母親は動揺を続けているようで、目を泳がせている。

「そ、そうかしら。私、この子が心配で……」

「うちの学校の生徒は、みんな良い子ばかりですし、事件もありません。後藤さんも同級生と仲よくやっているようですし、なによりしっかりしたお子さんですよ」

「わかりました……じゃあ、歩。お母さんは先に帰るわ。でも、くれぐれもお友達には謝っておくのよ」

 佐伯の言葉に納得して、母親がそう言った。歩は笑顔で頷いている。

「うん、わかってる。このまま謝りに行って、少し遊んで帰るから……」

「遅くならないようにね。どうもすみませんでした、先生……」

「いえ」

 母親は、何度も心配そうに振り返りながらも、去っていった。二人きりになった佐伯と歩は、小さく笑う。

「おかしいの。豊ってば、嘘つきね」

「内心ビクビクしてたけどな。でも、過保護なのは相当らしいな……」

 歩の母親の様子を思い出し、佐伯が言った。

「そうでしょ。もう、本当に困る……」

「でも子供を心配する気持ちも分かるよ。さあ、お参りして、ここから離れよう」

「うん」

 二人は初詣に行くと、人目を避けるように、海へと出かけた。二人はプライベートで会う機会などほとんどなく、たまに会うこういう時間を、とても大切にしていた。


 二月。数学準備室に、歩と同じ係の古屋がやってきた。

「先生。何か仕事はありますか?」

「ああ。今日はプリントがたくさんある」

 そう言って、佐伯は机に積まれたプリントを指差した。

「わあ、先生。それ全部チョコですか?」

 古屋が机の横に置かれた紙袋に気づき、指摘する。中にはラッピングされた箱や袋がたくさん入っていた。今日はバレンタインデーである。

「まあね……」

「モテモテですね、なんて言いながら、私もこれ」

 古屋が箱を差し出す。佐伯は素直にそれを受け取った。今日ばかりは、どの男性教師も結構な数をもらう。

「サンキュー、古屋」

「あ、あの。私も……」

 今度は歩が、恥ずかしそうに言った。

「後藤さんて、照れ屋よね。私、いない方がいい?」

「え、ううん。別に……」

「いいのよ。じゃあ私、先に行ってるから」

 サバサバした性格の古屋は、プリントを半分持つと、気を利かせて佐伯と歩を残して先に出ていった。

 残された歩は、佐伯に袋を差し出す。

「これ……」

「ありがとう。なんかデカイな」

 袋の大きさに、佐伯が中身を探る。

「チョコと、クッション作ってみたの……」

「へえ、手作り? ありがとう」

「……モテモテですね、先生」

 歩が皮肉っぽく言う。

「まあね……こればっかりは仕方がない。受け取らないわけにもいかないし。俺、チョコ好きだし」

「全部食べるの?」

「まさか。腹壊しちゃうよ。でも、これはちゃんといただくよ」

 佐伯が、歩の袋を見せて言う。

「うん」

「じゃあ、先行っててくれる?」

「はい」

 歩はプリントを持って、古屋を追いかけた。

 一人になった佐伯は、そっと歩からのプレゼントを開けてみた。中にはイニシャル入りの二つのクッションが入っている。また、チョコレートの箱の中には一枚のカードが入っていた。

『朝、家へ行ってもいいですか?』

 意味深なそのカードに、佐伯は驚いた。しかし、その後二人きりになる機会はなく、結局その真意を確かめることは出来なかった。

 佐伯は歩のチョコを一口頬張ると、歩のことを考えていた。


 次の日の早朝。佐伯の部屋の呼び鈴が鳴った。

「ん……?」

 寝起きの佐伯が、寝ぼけたまま時計を見つめる。まだ、早朝四時を回った頃だ。

「誰だよ、こんな時間に……イタズラか?」

 佐伯はそう言って、もう一度布団を被る。しかし、すぐにハッとして起き上がった。

「まさか!」

 佐伯は、急いで玄関へ駆けつけると、ドアを開けた。するとそこには、歩の姿がある。

「歩……」

「来ちゃった」

 そう言う歩は、嬉しそうな顔をしている。佐伯は未だ寝ぼけた頭を叩きながら、歩を見つめる。

「……どうしたんだ? あ、まあ入れよ」

 佐伯は歩を中に入れた。歩は何も言わず、ソファに座る。

「どうした? こんなことして、家には……」

「大丈夫。まだ寝てるはずだから。なんか最近、会えないのが我慢出来なくて……」

 佐伯の質問に、歩が答える。

「豊と会えないのが寂しいの。顔を見てる分、余計に……学校じゃ、ほとんど話も出来ないし……」

 歩の言葉に、佐伯は小さく息を吐いた。

「だからって、家からここまでも近くはないんだし、第一危険だよ」

「……ごめんなさい……」

 佐伯の予想外の言葉に、歩は肩を落として俯いた。佐伯は歩の顔を覗きこむ。

「歩?」

「……もっと、喜んでくれるかと思った……」

 歩の言葉に、佐伯は歩の髪を撫でる。

「喜んでないわけじゃないよ。でも気持ちはわかるけど、無茶するなって言ってるんだよ」

 佐伯はそう言って、歩を抱きしめる。歩を抱きしめるのも久しぶりで、佐伯は内心嬉しかった。二人はそっとキスを交わす。

「歩。そういうことなら、また今度会おう。今度は俺が迎えに行くよ」

「本当?」

「ああ。でも今日はこれで帰った方がいい。もうすぐテストもあるんだし」

「じゃあ、テストが終わったら……こうして会える?」

「ああ、わかった。さあ行こう。送るよ」

「うん……」

 佐伯は、歩の無茶な行動に驚きつつも、そこまで想ってくれる歩が、愛しくてたまらなかった。


 それから二人は、月に二、三回、秘密のデートをするようになった。歩の家の近くに、佐伯はバイクで待ち、歩は両親が完全に寝たのを見計らって、部屋の窓から外へと抜け出していた。その回数は次第に増え、春になる頃には、週に二、三回のペースにまでなっていた。

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