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教師  作者: あいる華音
13/33

13、秘密の関係

 次の日から、二人にとって今まで通り、変化のない生活が始まったが、心のどこかで繋がっていると信じ、二人は生きていた。


 十二月。数学準備室に、歩がやってきた。

「歩」

「あの、集めたプリント持ってきました」

「ありがとう。古屋は?」

「少ないから、一人で持ってきたの」

「そうか。ご苦労さん」

 あまりに淡々としている佐伯に、歩は不安になった。

 あの文化祭の日から、これといって二人で会うような時間もない。こうして時々、この数学準備室で会話を交わす程度で、キスさえ交わしていない。歩にとっては、本当に夢のように思えてしまう。

「……」

「……どうした?」

 歩は熱い瞳で佐伯を見つめた。佐伯はそんな歩の想いを知りながら、苦笑する。

「そんな顔すんなよ。学校じゃ我慢しなさい」

 佐伯が歩の鼻をつまんで言った。

「そんなこと言ったって、学校以外じゃ会わないじゃない……」

「まあな……」

 この時、佐伯は歩と両思いになったからこそ、慎重な態度を取っていた。だが歩には、まだ佐伯の苦悩が本当にはわかっていない。

「……失礼しました」

 歩は少し怒って、背を向けた。

「待てよ。おまえ、スキー教室には行くのか?」

 突然、佐伯がそう尋ねた。話題を変えられ、歩は我に返って首を振る。

「え? ううん……」

「そうか」

「スキー教室って、冬休みの自由参加のイベントでしょう?」

 歩が言う。冬休みに学校ぐるみで行くスキー教室があるが、参加は自由である。

「ああ。冬休み入ってすぐに一泊だけど、俺も行かなきゃならなくてさ。そうか、おまえは来ないのか」

「行きたいけど、お母さんが許してくれないの。いいなあ。北海道まで行くなんて、本格的なのに」

「まあ、仕方ないよ」

「嫌だ。先生が行くなら行きたいよ!」

「そんなこと言ったって、無理なんだろう?」

「そうだけど……」

「……じゃあ、いつか二人で行けたらいいな」

 あまりに落ちこむ歩を見て、佐伯がそう言う。歩は驚きながらも、目を輝かせた。

「ほ、本当に?」

「ああ。いつになるかは約束出来ないけど。いつか必ず二人で行こう、北海道」

「うん、嬉しい! 約束だよ」

「ああ」

 二人は指切りをした。その時、チャイムが鳴る。

「予鈴だ。行かなくちゃ……」

 歩はそう言って、小さな溜息をつく。佐伯も立ち上がると、微笑みながら歩を見つめる。

「歩。終業式の日、少し時間取れるか?」

「え?」

「約束したろ? 誕生祝い」

「うん、大丈夫! みんなで会うって言えば、何時だって……」

「じゃあ、空けとけよ」

「うん。じゃあ、失礼します!」

 歩は嬉しそうに出ていった。そんな歩に、佐伯の心も軽くなるのだった。


 終業式の日。

「あ、ユタちゃーん」

 数人の女生徒が、佐伯に駆け寄る。

「冬休み、会えないの寂しいよ」

「なに言ってんだ。おまえら、スキー教室来るんだろう? もう二日会えるじゃん」

 廊下で立ち止まり、佐伯が返事をする。

「直々に手解きしてくれる? スキー」

「手解きするのは、向こうのインストラクターだよ」

「なによ、つまんない」

「俺だって、冬休みになってまで、おまえらのお守りは嫌だよ」

「ひっどーい」

「ハハハハ」

 そんな会話をしているところに、歩が通りかかった。しかし、歩は佐伯と目を合わそうとはせず、去っていく。それは、今日会う約束をしているはずだが、佐伯が一向に歩と連絡を取らなかったことが原因だった。


 放課後。歩は数学準備室を訪れた。自分から行動しなければ、佐伯とは会えないと思ったからだ。しかし部屋には鍵がかかっており、中に人影はない。職員室にも佐伯の姿はないので、歩は諦めて昇降口へと向かった。

 その時、下駄箱にある靴の中に、一枚のメモ用紙が入っていることに気がついた。

『家で待ってます。Y』

 歩はメモを握り締めると、急いで佐伯の家へと向かっていった。


 佐伯のマンションで、歩は息を整え、呼び鈴を鳴らした。すると、中から佐伯の顔が覗く。

「先生……」

 歩は気を緩めて涙を流し、佐伯に抱きついた。

「いい連絡手段が見つからなくて、悪かったな」

「会えないかと思った……」

「ほら、泣くのはこれからだ。入れよ」

 歩は中へ通されると、部屋のテーブルには、豪華な料理が並んでいる。

「……これ」

「いくつか買ってきたものもあるけど、一応手作りだよ」

 それを見て、歩の目からまた涙が溢れ出す。

「また泣く」

「だって……だって嬉しいんだもん」

「あんまり時間はないんだろう? 食べよう」

「うん」

 二人は食事を始めた。

 しばらくして、一通り食事を終えると、佐伯は歩に小さな箱を差し出す。

「はい、プレゼント。安物だけど……誕生日、おめでとう」

「ありがとう……」

 感無量で、歩が小さな箱を開けると、中には銀のイルカのネックレスが入っている。

「かわいい。綺麗……」

「ネックレスなら、してるやついっぱいいるし、目立たないだろうと思って」

 佐伯はそう言って、歩の首につけてやる。歩は涙ぐむ目を擦り、佐伯を見つめた。

「ありがとう。嬉しい。本当に嬉しい……」

「そんなに喜ばれるなら、やり甲斐があるな」

「ありがとう、先生」

「ああ」

 歩は首に下がったネックレスを見つめ、佐伯に寄りかかった。佐伯は静かに歩の肩を抱くと、そのまま二人は吸い寄せられるように抱き合い、キスをした。

「先生。もう離れたくないよ……」

「歩……」

 二人はそのまま、互いにすべてを委ね、すべての立場を捨てていた。もう離れらない。誰にも止められなかった。


 しばらくして、二人は安らぎの時間にいた。

「俺、教師として自信なくすな……」

 歩を抱きしめながら、佐伯は少し後悔してそう言った。

「どうして? 私はこんなに幸せなのに……」

 そう言う歩は、佐伯の腕の中で、幸せそうに微笑んでいる。そんな歩に安らぎを感じながら、佐伯も微笑んだ。

「……ちょっとね」

 佐伯は正直にそう言って、歩の髪を撫でる。覚悟は決めたが、今後はもっと慎重にならねばならない。

 難しい顔の佐伯に、歩の顔が曇る。

「先生は悪くないよ。私が……」

 歩の言葉に、佐伯は首を振って微笑む。

「選んだのは俺だから……おまえは悪くない。俺は大丈夫だよ」

「先生……」

「……でもこれからは、二人の時は先生じゃなくて、名前で呼んでくれるか? ちょっと……罪悪感に駆られる」

 佐伯が、少し照れながら言った。

「……豊」

「ああ……」

 歩は微笑みながら、佐伯の腕に顔をうずめる。

「私、何も怖くないよ」

「そうか? 俺は怖いよ」

「どうして?」

「でも、おまえを傷つけないように頑張るって、決めたから……」

 二人は抱き合った。

「うん……でも、しばらく会えないのは寂しいな」

「俺はいつでも空いてるよ。年が明けたら、初詣に行こうか」

「本当?」

「あ、でも出られないか」

 厳しい両親と聞いているため、察して佐伯が言った。しかし、歩は必死に首を振る。

「ううん。なんとかする」

「大丈夫か?」

「うん」

「じゃあ……元旦の昼に、神社で」

「わかった」

「……そろそろ行かないとな」

 佐伯の言葉に、歩が時計を見つめる。もう帰らなければならない時間だ。

「うん……北海道、気をつけてね」

「ああ。土産買ってくるよ」

「うん。今日はありがとう。わざわざ誕生祝いしてくれて」

「いいんだよ」

「ゆ、豊……来年の誕生日の催促してもいい?」

 突然、歩がそう言った。その言葉に、佐伯が笑う。

「いいけど、気が早いな」

「だって……あのね、今度は指輪がいいな」

「指輪?」

「うん。婚約指輪みたいに、ずっとつけるの。でも大っぴらには出来ないから、今年くれたネックレスに通すの。決めたの」

 嬉しそうにそう言う歩は、いつもの引っこみ思案な少女ではない。佐伯も頷いた。

「わかったよ。じゃあ、来年は指輪な」

「うん!」

 二人は、恋人と呼べるように通じ合っていた。

 歩は名残惜しそうに帰っていくと、佐伯は一人きりになって、いろいろなことを考えた。だが心に決めた以上、歩を守ろうと思った。

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