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教師  作者: あいる華音
11/33

11、文化祭

 一年前、秋――。

 夏休みを終えたばかりの生徒たちに混じり、佐伯が学校に登校した。佐伯と歩の間には何もなく、もちろん夏休みに会うような、特別な存在ではなかった。

 夏休みが終わってすぐに、文化祭の準備が始まった。文化祭のために、夏休みも活動していたクラスはいくつもある。


 数学準備室。ほとんど佐伯しか使わないその部屋は、もはや佐伯の私物で溢れている。

 そこに、歩がやってきた。

「お、一人か?」

 歩に気づいて、佐伯が尋ねる。

「古屋さん、風邪で早退しました」

「そう。今日は別に、仕事はないよ」

「そうですか……」

「でも、ちょっと話でもしない?」

 佐伯はそう言って、火のついた煙草をもみ消す。歩は佐伯の近くにある椅子へと座った。

「先生ってヘビースモーカーなんだね。いつも吸ってる」

「まあね……煙草は嫌い?」

「嫌いもなにも、吸ったことないもん」

「そうか。おまえはお嬢様だったな」

「そういうわけじゃないけど……」

 歩は押し黙る。そんな歩に、佐伯はなんとなくの質問を続けた。

「兄弟はいるの?」

「一人っ子です。厳しい父と、教育ママに囲まれて……」

「幸せな家庭じゃないか」

「……わかりません」

「そうか」

 佐伯は苦笑しながらも、話を続ける。

「夏休みは楽しかったか?」

「特に変わったことは……家族で親戚の家に行ったくらい」

「友達と遊んだりしなかったのか?」

「はい……」

「……まだ馴染んでないのか?」

 友達の少ない歩が、佐伯は心配であった。佐伯とも前よりは打ち解け、明るくなっているように見えるが、歩はいつもどこか引いている部分がある。佐伯は教師として、力になりたいと思っていた。

 歩は佐伯の質問に、俯きながら答える。

「そういうわけじゃないけど……うちの近くに友達いないし……」

「ふうん……」

 歩の今後を模索するように、佐伯は名案がないかと考える。

 そうして黙りこんだ佐伯に、今度は歩が口を開いた。

「……先生は夏休み、何してたんですか?」

「俺? 俺も、別に変わったことはしてないな……大学の友達と、山登りとかは行ったけどね」

「へえ。山登り……」

 その時、チャイムが鳴った。

「予鈴だ。じゃあ行くか」

「はい」

 二人は立ち上がると、教室へと向かっていった。

「おまえのクラス、文化祭は何やるの?」

 廊下を二人で歩きながら、佐伯が尋ねる。

「プラネタリウムに決まりました。一人、とても詳しい子がいて、結構本格的に……」

「へえ、プラネタリウムか。いいね。俺、星好き」

「私も」

「楽しみにしてるよ」

 佐伯の言葉に、歩は素直に喜ぶ。

「先生は、何もしないんですか? 文化祭」

「しないよ。俺は顧問も剣道部で、せいぜい講堂とかの入場整理とかだけだよ。その分、いろいろ見られると思うけどね」

「じゃあ、うちのクラスも、きっと見にきてくださいね」

「ああ。必ず行くよ」

 二人はそのまま、教室へと入っていった。


 文化祭当日。

「佐伯先生、そろそろ休憩時間ですよ。楽しんできてください」

 一人の女性教師が、佐伯に言った。教師は交代制で、文化祭を回れることになっている。

「ありがとうございます」

 佐伯はそう言うと、辺りを見回す。

「今日は曇ってしまったから、どうなるかと思ったけれど、たくさん人が入ってますね」

「ええ。夕方までは、天気はもつそうだからよかった」

 佐伯はそのまま、教室を周っていった。


「あ、佐伯ちゃん。来るの遅いぜ」

 一年生の棟で、男子生徒がそう言って、佐伯の肩を叩く。

「悪い。三年の方から順番に見てきた」

「まったく。ほら、見てってよ」

「五組はなんだ?」

 佐伯は、目の前にある教室の中を見ながら尋ねる。小さなコーナーが区切られているようだ。

「ダーツに輪投げ。やってってよ! 豪華賞品あるからさ。まあ、当たればの話だけどね」

「おまえ、俺のダーツの腕知らないな」

 呼びこみの男子生徒が、そのまま佐伯を教室の中へと連れていく。佐伯は腕をまくり上げると、自慢げにダーツの矢を手にする。

「そんなこと言って、どうせハッタリなんだろ」

「さあ、どうかな」

 佐伯はそう言うと、ダーツの矢を放った。三本の矢のうち、矢はすべてまん中付近に刺さった。

「すげーじゃん、佐伯ちゃん! じゃあ、ここから三つ景品選んで」

 そうやって差し出された箱の中には、消しゴムや折り紙などが入っている。

「ろくなのねえな……」

「そう言うなよ、佐伯ちゃん。でもマスコット人形だけは、女子の手作りだよ」

「じゃあ、それ三つもらおうかな」

 マスコット人形の景品を受け取ると、佐伯は順番に教室を周っていった。


 たまたま最後に来たのは、歩のクラスであった。

「豊ちゃん、入ってって。もうすぐ始まるよ」

 呼びこみの女子が、佐伯を誘う。

「ここはプラネタリウムだったな」

「そうだよ。ちょうどいい時間に来たね。今から始まるから」

 佐伯は、教室の中へと通された。中には大きな布が天井からかけられており、まるで大きなテントの中のようで、薄暗い明かりがついているだけだ。

「あ、佐伯先生だ。やっと来てくれたんだ」

 中にいる女子が、佐伯に声をかける。

「ああ。体育館の方から順に来たから、ここが一番最後だよ」

「なんだ、ついてない」

「最後だから、ゆっくり見られるって」

「うまいなあ、先生」

「ほら、始まるんだろう。うるせえよ」

「ハイハイ」

「あの、佐伯先生……これ、パンフレットです」

 そこに、歩がプリントを差し出してきた。

「ああ。ありがとう」

 佐伯はそれを受け取り、歩のクラスも楽しんでいた


 夕方。文化祭が終了し、佐伯は掃除をして、職員室へと戻っていった。

「佐伯先生、お疲れさまです」

 男性教師が、佐伯に声をかける。

「お疲れさまです。後片付けのが大変ですね」

 苦笑しながら佐伯が言う。

「ええ。でももう、大分片付きましたね。生徒たちもほとんど帰りましたし、後は教師の仕事です。我々も、なんだかんだと大変ですよね」

「本当に。じゃあ俺、ここのゴミ捨ててきますから」

 職員室のゴミ箱を持ち上げて、佐伯が言う。

「ああ、すみません。外は雨が降ってるので、傘持っていった方がいいですよ」

「大丈夫ですよ。すぐ戻りますから。でも、昼間は天気がもってよかったですね」

「本当ですね」

「じゃあ、行ってきます」

 佐伯はいっぱいになったゴミ箱を持って、焼却炉へと向かっていった。

 そしてゴミを捨てると、どこからか声が聞こえてくる。しかし、辺りを見回すが、姿は見えない。

「いい気になってんじゃないって言ってんのよ!」

 その時、そんな声が聞こえ、何かを叩く音が聞こえた。佐伯は近くの倉庫裏を覗きこむ。そこには、数人の女生徒に囲まれた、歩の姿があった。

 女生徒たちは傘を差していて顔は見えなかったが、歩は怖さで震え、近くには傘が落ちている。

「泣けばいいとでも思ってるわけ? どういうつもりかって聞いてんのよ!」

「何してんだ?」

 そこに、佐伯が声をかけた。女生徒たちは、驚きに声を失っている。

「あ……」

 そこで、佐伯に初めて、女生徒たちの顔が見えた。二年生である。

「……いじめか?」

「そんなんじゃありません!」

 女生徒たちは、逃げるようにその場から去っていった。

「おい。大丈夫か?」

 残されたのは歩だけで、佐伯は歩の顔を覗きこむ。

「せ、先生……」

 歩は、ガクガクと座りこんだ。

「歩」

「先生……先生!」

 歩は涙に濡れ、佐伯に抱きついた。そんな歩の背中を撫でながら、佐伯は歩を見つめる。

「大丈夫だ。もういないよ」

 歩は何度も頷き、やがて佐伯を見上げた。

「ご、ごめんなさい。ありがとう……」

 大分、落ちついた歩を見て、佐伯は優しく微笑み、頷く。

「大丈夫か? 怪我してるな」

 歩の頬は叩かれて腫れ、一度倒れこんだらしく、その拍子に怪我したと見られる傷が足にあった。

「大丈夫……」

 歩はそう言うものの、ショック状態で動けないようだ。

「家まで送るよ。これ戻したら帰れるから」

 佐伯はゴミ箱を見せてそう言う。歩は目を泳がせると、静かに口を開いた。

「私、クラスの打ち上げが……」

「無理しない方がいい。誰かしら残ってるだろう。見かけたら帰るって伝えろ」

「……うん」

「震えてるな……」

「平気……」

「じゃあ、教員の駐車場で待っててくれるか?」

 歩は頷いた。佐伯はそのまま歩を一人にするのをためらったが、急いで職員室へと戻っていった。

「あ、佐伯先生。お疲れさまです」

 佐伯が職員室に戻るなり、さっきの男性教師が声をかける。

「お疲れさまです」

「もう終わりでしょう? どうですか、たまには一杯」

「すみません。行きたいんですが、ちょっと一人トラブってて……」

「何かあったんですか?」

「大したことはないと思うんですが、心配なので送り届けます」

 佐伯は正直にそう言い、自分の机の下を探る。そこには、予備で用意してあったヘルメットが置かれている。

「大丈夫ですか?」

「ええ、多分……じゃあ、お先に失礼します。今度ゆっくり飲みましょう」

「ええ」

 佐伯は急いで、職員室を出ていった。


 教員用の自転車置き場には、歩が座りこんでいた。

「歩」

 佐伯が声をかけると、歩が立ち上がる。

「大丈夫……」

「これ着ろよ。バイクだから……しっかり掴まってろよ」

 佐伯はジャンパーを歩に渡し、ヘルメットを被せた。自分も非常用で置いていたヘルメットを被り、後ろに乗せた歩に振り返る。

「おまえの家、隣町だったよな?」

 その時、歩がくしゃみをした。

「大丈夫か?」

「う、うん。でも、すごく寒い……」

 雨の中で詰め寄られていたため、歩の身体はずぶ濡れだった。今でもガタガタと震えているので、佐伯は頷く。

「参ったな……ちょっとの間、我慢しててくれよ。ゆっくり走るから」

 佐伯はそう言うと、歩を後ろに乗せて、学校を出ていった。

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