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教師  作者: あいる華音
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1、新風の教師


 あの頃の私は、まだ本当の恋なんかもしたことがなくて、憧ればかりを抱いていた。そればかりか、人生についてなんて何も考えていなかったし、あんな愛の形があることすら知らなかったんだ。そう、あの二人を見るまでは──。



  * * * * * * * * * * * * * * * * * *



 ある夏の日、住宅街に一際大きく建つ家の二階ベランダで、一人の少女が空を見上げていた。

(夏休みも今日で終わりか。明日からまた、退屈な学校が始まる。でも、こんな家にいるよりはずっとまし。早くこんな家から出たい。誰も知らない町に行きたい。ここには出会いもない。楽しみもない。私は……)

 少女の名前は、室岡静香。父親はこの小さな田舎町で弁護士をしているため、地元でも有名な家柄だ。静香は両親と二人の姉弟に挟まれた次女である。

 静香が物思いに耽っていると、バイクの音が静香を現実の世界へと引き戻した。

 バイクは静香の家の前にある、テラスハウスに止まる。ふと静香がその様子を見ていると、バイクの主の顔が見えた。二十代の男性である。

 その時、部屋のドアが勢いよく開いた。

「姉ちゃん。夕飯だって」

 入ってきたのは、中学生の弟だ。

「隆一! 入ってくる時は、ノックしてって言ってるでしょ」

「ごめん、ごめん」

 そう言って去ってゆく弟に、静香は溜息をついて外を見つめた。しかし、すでにバイクの男性は、テラスハウスの中へと入ってしまった後だった。

(前の家に越してきたのかな……)

 静香は男性が何者なのか気になったが、そのままリビングのある一階へと下りていった。


「静香、お父さんのビール出して」

「うん……」

 リビングに着くなり、母親にそう言われ、静香はビールを持ってリビングの食卓へと向かう。すでに部屋には父親の他に、姉と弟が席に着いている。

「静香。おまえはいつものろいな」

 父親が言った。

「でも、隆一が呼びにきて、すぐ下りてきたじゃない」

 静香が反論する。

「呼ばれる前に来るのが常識だろう。うちは夕食の時間が決まっているんだからな」

「……はい」

 静香は少々ふてくされて席に着いた。その時、家の呼び鈴が鳴った。

「母さん」

「今、手が離せないの。誰か出てちょうだい」

 母親の声に、弟が立ち上がった。

「俺、出るよ」

「いや。静香、おまえが出なさい」

 父親が弟を止めて、静香にそう言った。

「……はい」

 静香は渋々、玄関へと向かった。

「はい。どちらさまですか?」

 静香がそう言いながらドアを開けると、そこにはさっきのバイクの男が立っている。

「あの。前に越してきた、佐伯といいます。よろしくお願いします」

 男はそう言いながら、一つの包みを差し出した。

「あ、えっと……ご丁寧にどうも……」

「じゃあ、どうも」

 男は優しい笑顔を見せてそう言うと、お辞儀をして去っていったので、静香はリビングへと戻っていった。

「どなただ?」

「前に越してきた、佐伯さんっていう男の人。よろしくってさ。これ、お母さん」

 父親の質問に答えながら、静香は包みを母親に渡す。

「上がってもらわなかったのか? そういう時は、家に上がってもらえと言っているだろう。これからご近所さんになる人をだな……」

「……ごめんなさい」

 父親の言葉に、静香はうんざりした様子でそう言い、座った。

 静香は、この家にいるのが苦痛でたまらなかった。父親はいつも厳しく、母親も父親に尽くしている。姉は成績優秀で、弟はただ一人の息子として可愛がられていたため、成績も何もかもがそこそこの静香にとっては、家族との良い思い出などなかったのである。


 次の日。静香は学生服をまとい、久々の学校へと向かった。

「静香、おはよう!」

 通学路の途中で、一人の少女がそう声をかけてきた。静香の友達、島田真子である。二人は小学校高学年からの幼馴染みで、今もこうして待ち合わせて、一緒に通学している。

「おはよう、真子。久しぶり」

 静香も答える。

「うん。夏祭り以来だね。宿題終わった?」

「バッチリよ。一応ね」

「嘘! この間見せ合いした以来、後のはほとんどやってないよ、私」

「家庭科? いいじゃない、そのくらい」

「まったく、うちの高校ってば、夏休みの宿題大量に出すんだもん。小学生じゃないんだから」

「本当」

「よっ、おはようさん!」

 そう言いながら、真子の頭をカバンで叩いた人物は、隣のクラスの田中広太だ。広太は真子と小学校の低学年から一緒で、静香とも何度か同じクラスになったことのある幼馴染みだ。

 広太だけは隣のクラスだが、今でも毎日会う仲である。

「広太。新学期早々、子供じみたことしないの!」

 真子が怒鳴って言う。

「うるせー。それよりおまえら、宿題やった?」

「当然」

「見せてくれよ」

「嫌だ、馬鹿」

「冷てえな。静香は見せてくれるよな?」

 広太が静香に言ったので、静香は苦笑する。

「そんな時間ないよ」

「いいじゃんか」

「ほら、ギリギリセーフ」

 学校が見え、時計は登校時間ギリギリを示していた。

「チェッ」

「クラスの人に見せてもらいなさい、広太」

「友達甲斐のないやつらだな」

「そんな友達、いりませんよーだ」

 真子と広太の口喧嘩は、日常茶飯事だ。静香は変わらぬ光景に微笑む。

「やべ。始業式が始まる前に、宿題写さなきゃ。じゃあな!」

 広太は、走って校舎へと入っていった。

「まったく。いつまで経ってもガキね。うちらも急ごう」

「うん」

 静香と真子も、走って校舎へと入っていった。

 しばらくして、体育館では始業式が始まった。

「あーあ。退屈な始業式が始まったよ。校長の話、また長いんだろうなあ」

 静香と真子の隣で、広太が言った。

「そんなに言うなら、サボればよかったじゃない。広太はサボリ魔なんだから」

 うんざりした様子で、真子が言う。

「これ以上サボると、欠席日数増えてヤバイんだよ」

「まったく、あんたって人は……」

 その時、校長の挨拶が終り、一同が拍手をした。

「それでは、今期から新しく入られる先生をご紹介します」

 司会の教師の言葉に、一同が静まり返った。

「新しい教師だってよ。女かな?」

「広太、うるさい」

 一同は、平穏な日々にやってきた新任教師に、興味深々でステージを見つめる。その時、一人の男性がステージに立った。

「なんだよ、男かよ」

 広太の言葉をよそに、女子たちがざわついた。

「うわ。すごい格好よくない?」

 思わず真子が言う。

「目がハートになってんぞ、真子」

「うっさい、広太。ね、静香。静香だって思うよね?」

「なんだよ。静香もああいうのが好みなわけ?」

「あ、あの人……」

 静香の目には、昨日、静香の家に引越しの挨拶をしに来た男性が映っている。

「初めまして。佐伯といいます。結婚退職なさった上沼先生に代わって参りました。担当は数学です。どうぞよろしくお願いします」

 そんな簡単な挨拶よりも、女生徒たちはその容姿に釘づけとなった。佐伯は、田舎町にはあまり見かけない、派手な面持ちの男性であった。

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