ナガミネリョウ
けれどその日も、篠原は全く不快な気持ちにはならなかった。むしろワクワクしてしまった。この話をタカシが聞いたら、さぞかし面白がっただろうな、と思って、なんだかニヤニヤしてしまった。少し甘すぎるのかもしれないな、とも思うけれど、楽しそうに話す村井の姿を見ていると、なんだかタカシと重なってきて、とても文句を言う気にはなれなかった。
「……あ、そういえば篠原くん!」
突然、思い出したように村井が言った。
「ナガミネリョウの小説が映画化されるって、知ってた?」
もちろん、篠原は知っていた。当然だ。
今日家を出るのが遅れて遅刻しそうになったのも、しきりにタカシのことばかり思い出すのも、まさにそのことが原因だったのだ。出掛けに見ていたテレビのニュースで、そのトピックを聞いたことが原因だったのだ。
「はい、さっきテレビで見ました!」
と大きく頷いて篠原は答える。
ナガミネリョウは、篠原が物心つく前に亡くなった、伝説の作家だった。病気のために四十代で早世した、不世出の小説家だった。一般的にはあまり有名な人ではないけれど、知る人ぞ知る、という感じの存在で、一部の人間にはカルト的な人気があった。生涯で残した作品は五冊だけ、それもほとんどが短編集。他に類のないような、かなり変わった作家だった。
その作品にはかなり風変りなものが多く、しかも、SF的な要素が強めなものも多いため、「極度のSFフリーク」、を自認する村井は、当然その名前を知っていたのだ。(ついでにいうとナガミネリョウは、篠原とタカシの一番好きな作家であり、篠原とタカシが仲良くなったきっかけをくれた作家でもあった)
そのナガミネリョウの作品が、今度実写映画化されるというのだ。それも、信じられないような大金をかけた、豪華キャストの大作として。
「あれってかなり内面的な話じゃない? どうやって映像化するつもりだろうね?」
と、村井が我がことのような困り顔で言う。
「そうですよね、かなり地味な映画になりそうですよね。一人語りばっかり多いような……」
と、篠原も困った声で答えつつ、再びタカシのことを考え始める。
ナガミネリョウの作品が映画化。このニュースをタカシが聞いたら、いったいどういう反応を示すだろうか。すごいすごい、と、大喜びするだろうか。映画化なんて向いてない、と、激しく憤慨するだろうか。それとも、あんまりメジャーになって欲しくない、と、ただ苦い顔をするだけだろうか。どの反応もあり得そうでありなさそうでもあり、今の篠原には判断できない。
人生初の親友で、おそらくは人生最後の親友であるタカシに関して、篠原はなんでも知っているような気になっていたけれど、もしかしたら、本当はあまり知らなかったのかもしれないな、と思った。全く分かっていなかったのかもしれないな、と思った。
そしてすぐに篠原は、それはそうだろう、と思い直して首を振った。知っている訳があるはずないのだ、と思い直して首を振った。
……何故なら、あの日タカシが死んだ理由、自ら死を選んだ理由、そんな大切なことでさえ、篠原は全く知らないのだから。