プロローグ
篠原との最後の電話で、タカシは象の話をした。鼻の短い象の話だ。
――ねえ、圭ちゃん。どこかに大きな象の群れがあったとしてね、その群れの中に、もし一頭だけ鼻の短い象がいたら、その象はどうなるかな? 気持ち悪いって仲間外れにされるかな? 変なヤツだっていじめられるかな? それとも、象たちはそんなこと全然気にも留めないで、仲良くやっていくのかな? ねえ、どう思う、圭ちゃん?
少し興奮しているような早口で、タカシはそんな話を篠原にした。篠原はといえば、またいつもの自作小説のネタの話だろうと思って、軽く相槌を打ちながら、適当な感じで聞き流していた。
――つまりね、圭ちゃん。種の存続のためには、変わったヤツって必要だと思うんだ。何か突然の環境変化が起きちゃって、みんながみんなどうしていいか分かんないって困り果ててるような時でも、その鼻の短い変な象には、何かできることがあるかもしれないから。普通の象にはできないことが、そいつにはできるかもしれないから。そいつ一頭がいたお蔭で、象たちは絶滅を回避できるかもしれないから。
……色んな形の象がいて、色んな嗜好の象がいて、色んな行動を取る象がいたほうが、象にとってはいいことなんだよ。そういう変わったヤツがいたお蔭で、象という種は存続し続けられるかもしれないから。
……だとしたら、その鼻の短い変な象は、仲間外れにされるべきじゃない。いじめられるべきじゃない。むしろ、大事にされるべきなんだ。ねえ、そう思わない、圭ちゃん?
少しだけ得意げな口調でそう言って、小さく笑ったタカシに対して、自分がどんな返事を返したのか、篠原はよく覚えていない。確か、うん、そうかもね、というような曖昧な言葉でお茶を濁して、すぐに話題を切り替えたはずだ。
新しいクラスに早く馴染もうとする日々に心も体もいっぱいいっぱいで、その時の篠原には、深夜の急な電話での理屈っぽいようなタカシの問いが、ひどく煩わしいものに思えたからだ。
人見知りで人付き合いの苦手な篠原にとって、学年が上がったことによるクラス替えは、一大イベントだった。それは、篠原に輪をかけた人見知りであるタカシにとっても、たぶん同じはずなのに、どうしてタカシはこんなに余裕があるのだろう? と、いぶかしく思ったのを覚えている。
タカシが死んだのはその電話の二日後だ。
県道沿いにある八階建ての真っ白いビルの屋上から、遺書も残さずに飛び降りたのだ。
……時刻は朝の十時前。季節は春の盛りの四月の始め。それは、篠原とタカシが十六歳、高校二年生になったばかりのことだった。