第1話~彼の死~
【彼の死】
時が止まって見えるとはこのことだろう
僕が突き飛ばした少女が数秒前まで転がっていたボールを持ってこちらを驚いた目で見ていた。
「まったく、ボール追って飛び出すなよ」
僕は僕を殺すであろうものを見た。
今後の人生に狂いをきたす事故が起きるのが怖いからなのだろうか?止まらないそれに絶望してる運転手の顔が目に飛び込んでくる。
次の瞬間僕の身体は大空に投げ出された。
青い空だったはずなのに暗いどんよりとした雲が僕の視界に飛び込んでくる、その遅い雲の流れは僕が過ごしてきたこれまでのようだった。
硬い地面が頬を打ち付ける。
あぁ身体中が痛いな……。
遠のく意識の中で次第にうるさくなってきた周りの喧騒の音を聞きながらこれまでのことを考えていた……。
何も変わらない日々、変化のない日常、決められた事を決められたようにこなす毎日……
誇れるものがなかった訳ではなかった、運動も親の勧めのサッカーをやっていた。
運動神経には自信があった……でもそれを誇ろうとはしなかった。
そのためかクラスでは陰キャラと位置づけられた。流されるように中学校を過ごした。高校は親に勧められた高校を受けた。
毎日、毎日何も変化のない日々を淡々と過ごした。
今思えばクラスメイトからは手が差し伸べられていたのかもしれない…いや、そんなことはとうに気づいていた。握らなかったのは僕だ。日々を変えるのが怖くて、裏切られるのが怖くて。
そんな自分の命なんてどうでも良くなってしまったのかもしれない。
命をかけてでもきっかけを作りたかったのかもしれない。
死んでしまっては意味無いけれど。
何かを変えたかった、楽しく生きたかった。
助けた少女が歩いてくる。
(意外と可愛かったんだな)
「笑って」
彼女は聞こえてなかったのか泣きそうになる。
あーあ、まだ死にたくないや……。
横たわりながら、僕の目からこれまでに流してこなかった涙が血と共にアスファルトの上に染み終わった。
……。
…………。
………………。
ここはどこだろう……?
周りを見渡しても何も見えない…違う、全てが真っ白だ。ただ単に部屋が白色ならば、または照らされて白に見えるだけならば影ができたりするだろう。
周りを囲むのは濁りのない白そこに影も何も存在していない。
…なんでこんな所に居るのだろうか?確か僕は女の子を助けトラックに轢かれて……轢かれて…死んだはずだ。
もしかして助かったのだろうか?だとしたらここは何処だろうか。
「誰かいませんか.…..?」
声が出ない……。
向こうには何もないのだろうか?
突如、視界が真っ暗になる。
「……っ!!」
誰もいなかったはずなのに……
前にいる白い女の人は誰だろう?この世のものとは思えないほど美しい。
何て言葉にすればいいだろうか…。
うん、美しいしか思い浮かばない。
彼女は僕を見つめたままじっとして動かない。
とりあえず、ここはどこか?聞こうと声を出そうと…
声出ないわ…。
彼女は僕の方をのぞき込んでいる形で見つめたまま、首をかしげた。
僕は初めて彼女は僕を見下ろしていることに気がついた。
見下ろす? なぜだろうか?
……僕は倒れているじゃないか。
起き上がれない。
右腕が後ろに曲がっている。
身体中の感覚がない。
そうだ。僕は死んだじゃないか……。
声が出ないのは首の気管が突き破られているからかも知れない。
死んでいるのに生きている?不思議な感覚だ。
痛みがないのだから夢であることは確定だ。
彼女はそんな僕を見つめながら首をかしげ
「…生きたい…?」と呟いた。
このまま死んだら、嫌だ。
親の言いなりにずっと過ごして来て、やっと自分の意思で行動を起こせたのに。
このまま死ぬなんて……
今頃になって感じる、身体中を刺すような痛みに頭が麻痺しそうだ、これは現実であると僕は本能的に感じた。
「っ!僕は…僕はまだ死にたくない……」
僕がさっきまで歩んでいた人生はつまらない人生だった。
生きたいと死んだ者には必ず叶うことのないはずの願望を胸にする
このまま何も変われないまま、終わるなんて………なんか悔しいじゃないか。
機能しない喉を震わせ、僕は叫んだ
「 「生きたい!!」」
彼女は相変わらず僕を見つめながら、少し笑みを浮かべ 「そう言うと思ったよ。次こそは頑張ってね…」
優しく、切なげに笑みを浮かべた。
聞こえないはずの僕の声に反応した?
「えっ?」
また目の前が真っ暗になった、目の前に彼女もいない本当の闇だ
「見つけてね……私の……のこ………し………世界……」
歪む景色の中僕は意識を手放すこととなった。
暗い闇の中で僕はさっきのことを考える。あの場所はどこだったのだろうか?
あの少女は?
僕は死んでないのだろうか?
彼女が最後に言ってたことは?
さっきからずっと考えているがわかることはひとつもない
いつまでたっても暗闇だ。
結局生き返れやしないじゃないか
考えるのもめんどくさくなってきた。
死んだのならもう僕は死んだのだろう。
もう1度やり直したかった。
そう考えると心が締め付けられるようだ。
僕が生きたいと言っても、叫んでも生き返ることはない。
今頃は灰になってるかもう土に埋まってるかだろう。
泣いている家族の顔がありありと浮かんでくる。
(家族には迷惑をたくさんかけてしまうなぁ……)
目が熱くなってくる。涙だろうか?そうかもしれない……
「……て……て……」
………?
耳をすますと……かすかに声が聞こえる。
「お……て、お……て」
女性?の声は僕の耳に気持ちよく響く。
それにしてもなんて言ってるだろうか?お手?追って?
その声はだんだんと大きくなってくる。
「起きて!起きなさい!」
起きて?おきて何をするんだろうか僕はもう死んでるの…に?
声と共に肩を捕まれ揺すられる。
死んでるのならあるはずのない感覚を受けながら、開かないはずの目を開ける。
地面から力強く伸びる高層ビルのような木々
それらを飲み込むような計り知れないほど広く深い空
心が吸い込まれるような青い空を見て、僕は鋭く息をのんだ
ここはどこだろう?