メレイア襲撃
「ほう……たかが20と思いきや、なかなかのものですな」
魔珠の映像を覗き込んで、バーンズちゃんは楽しそうに笑う。
「魔人族が2に、吸精族が6、龍心族が3と、人狼族が9か。前方に展開させた獣人族9体の配置は、あからさまですね。いかにも上級魔族らしい」
「露払いってこと?」
「ええ。陛下や提督のいた世界では、威力偵察と呼ぶらしいですが。突出させて敵の攻撃を受けさせることで、相手の位置と戦力を探るんです。まあ、地球の軍では生還を前提にしていたようですが。こっちでは、死ぬことで役に立つ便利な弾避けです。わたしたちも先代魔王領軍時代には何度もやらされましたよ」
「あいつらも叛乱軍?」
「いえ、モーシャスの私兵でしょう。後ろに控えた連中は装備がバラバラで、しかも業物揃いだ。金も掛けてるし、鍛錬も積んでる。なかでも龍心族は難物ですね。魔族のなかでも身体能力が突出している」
龍麟、だっけ。魔王城でデカブツと対峙したときに聞いた。
鋼の鎧を纏っているようなもので、普通の武器じゃ撥ね返される。たった20で何をする気か知らないけど、メレイアに攻め込む気なのは間違いない。
「おい悪夢幼女、機械式極楽鳥で吹き飛ばせるか?」
「いつでもいけるけど、たぶん通らない」
遠隔操作用魔珠を手にしたイグノちゃんの声は、不満そうだけど冷静だった。
「なんでだ、叛乱軍には効いただろ?」
「見ればわかる」
魔珠からの映像で、敵陣の真っ只中に激しい火花が散り、火柱が立って爆炎が上がる。
爆撃と機銃掃射の波状攻撃。魔術的な何かで払いのけたのか、すぐに煙が晴れる。
倒れていたのは前列にいた、3名ほどの人狼族だけ。残りの人狼は散開して遮蔽物の陰に隠れている。手足が折れ曲がった獣人たちの死体を、魔人族の大男が蹴り飛ばして笑うのが見えた。
「あのデカい魔人族は魔剣持ちの狂兵。小柄な女の方は、防御特化の高位魔導師。白髪の吸精族は有名な死霊使いで、周りの若いのは配下の暗殺部隊。龍心族は知らないけど、装備からして3体とも龍化突撃砲兵と考えた方がいい」
「……つまり、一騎当千の精鋭揃いか」
「雑兵は、あの獣人族だけね。それも、生きてるうちだけだけど」
「え? どういうこと?」
イグノちゃんの言葉通り、人狼族の死体が黒い霧を纏ってヒョコヒョコと動き始めた。
「これで、完全に焼き払うまで退かない……文字通りの死兵になってしまいました」
折れ曲がったままの手足で不格好に前進し続ける様は、不死者レイチェルちゃんの再生を思い出させられる。
正直、かなりキツい。
生き残った人狼たちも、そんな仲間の姿を見て腰が引けているのが映像からでもわかる。
「……どういう事情か知りませんが、間違った主君を選んだ時点で彼らの責任です」
微かな溜息の後、イグノちゃんが機械式極楽鳥の遠隔操作を行うと魔珠いっぱいに業火が広がった。
再び姿を現した上級魔族たちには、怪我どころか怯んだ様子もない。
彼らの前列には、煙を上げる黒い棒切れが立っていた。わずかに残ったシルエットから、それが消し炭になった人狼族の死体だとわかる。
魔人族の男がつまらなそうな顔で長剣を一閃すると、哀れな獣人族の残骸は粉々になって消えた。
魔人族の女が手の平をこちらに向けるのが見えて、すぐに魔珠からの映像が途絶える。
「あら」
「わたしの失態です。高度半哩(800m)はあったんですが、視認どころか撃墜されるとは」
別の機械式極楽鳥が上空待機を引き継いで魔珠からの視界は戻るが、その頃にはこちらの動きを察知した私兵部隊11名は森のなか隠れている。
「温度感知画像に切り替えます」
画面が薄緑の映像に変わると、11の光点が、木々の間を凄まじい速さで抜けていくのが見えた。
「陛下、ご決断を。彼らなら四半刻(30分)もあればメレイアまで到達します」
「領民に被害を出す訳にはいかないわね。……でも、倒す策はある?」
「重装歩兵部隊が出ますよ。あの程度の連中、相手にとって不足はない」
たしかにバーンズちゃんとその部下たちなら、もしかしたら勝てるのかもしれない。
けど、せっかく戻ってきてくれた彼らにもしものことがあったらと思うと、気軽に攻撃命令は出せなかった。
もちろん、そんな甘さが間違っているのはわかるんだけど、
「ええと、ここはアタシが……」
「陛下、ダメです!」
「叛乱軍のときは大丈夫だったわよ?」
「あれは脅迫され止むを得ない状況でしたが、今度は違います。無駄なリスクを負うべきではありません」
「そんなこといわれたって、あいつらをメレイアに近付けさせる訳にはいかないでしょ。だったら、こちらから迎え討たないと」
「はい。用意は出来ています」
イグノちゃんは、もうひとつ魔珠を出す。
そこにはメレイアから山岳部にかけて広がる平野が映っていた。広さは幅4km奥行き2kmほど。わずかな低木と丈の短い茂みが点在しているだけの平坦な未開地だ。
そこを、山裾に向かってゆっくりと展開してゆく虚心兵部隊の姿があった。電信柱のようなもの背負った彼らは、相互に連携するかたちで2体ずつ逆V字に布陣して背中の電信柱を抱え込む。
「イグノちゃん、あれは?」
「新開発の魔導滑空砲です。虚心兵の体内魔珠を動力源にして、広域爆裂魔法を発動します。直接照準での有効射程は半哩(800m)程度ですが、曲射なら最大で3哩(4.8km)は届きます。連射能力も高いので面制圧が可能です」
「それで、問題は何だ?」
確信めいたバーンズちゃんの問いに、イグノちゃんが一瞬だけ固まる。
「……え?」
「とぼけるなよ悪夢幼女。お前が訊かれもしないのに性能緒元を語り始めたときには、大概とんでもない問題点を抱えてる」
「何の話か、ワカりまスん」
どっちよ。
アタシの視線を受けて、イグノちゃんは明らかに動揺し始める。
「ただ、ちょっとだけ……虚心兵たち、いっぺん撃ち始めると命令以上に頑張っちゃうことがあるだけです」
「だけ、って。そのまま過負荷を掛け続けると、どうなるの。砲か本体か知らないけど、きっと何かあるんでしょ?」
「ちょっとだけ、暴走します」
ダメじゃん!
ゴーレム隊を引き返させようとしたとき、最初の閃光が魔珠のなかで瞬いた。