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亡国戦線――オネエ魔王の戦争――  作者: 石和¥


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提督の決断

「……俺の知っている戦争というのは、こんなものではなかったと思うんだがな」


 いまだ(いぶ)りくすぶり煙に包まれ、思い出したように崩落を続ける渓谷の光景を眺めながら、新生魔王領海軍、カイト提督は唇を歪めた。

 元魔王領軍近衛歩兵連隊の最先任下士官、コムス曹長がそれを聞いて苦笑する。彼はかつてカイトの(もと)、階級の壁を壊そうとした魔王へ反意を現し始めていた上級・中級魔族の将校に代わり、実質上の副官格として戦場を巡った。

 だからコムスは、提督となったカイトの心情が痛いほどに理解できる。


「圧倒的戦力差を持った相手による殲滅戦。視点を変えれば、珍しい光景ではないでしょう、提督?」


 カイトの顔から怪訝そうな表情はすぐに消えた。彼は自嘲気味に首を振って、小さく溜息を吐く。


「……ああ、そうだな」


 提督が――そして自分たちが、この戦果を素直に受け入れられずにいるのは、いままでずっと、常に殲滅される側(向こう側)にいたからだ。

 巨大で強力な力によって、理不尽に蹂躙される苦しみ。毎日着実に積み重なってゆく被害報告と戦死者の数。怒りや憎しみは敵に届かず、無情で確実な死と絶望がこちらの射程外(アウトレンジ)から降り注いでくる。

 いまやそれは敵味方を入れ替え、目の前に再現されていた。


「次弾装填よし!」

「てぇ!」


 鳴り響く轟音。

 旗艦ルコックの艦砲射撃は渓谷の地形を完全に変えるほどの威力で、敵のみならず味方までも驚嘆させ、震え上がらせた。

 とはいえ敵叛乱軍将兵たちの驚きはほんの一瞬のことで、着弾と同時に肉片も残らないほど木っ端微塵に吹き飛ばされてしまったのだが。


 決死の突撃で距離を詰めた上級魔族が放った遠距離攻撃魔術はルコックの船体に自動生成される魔導障壁網の前に、ことごとく弾かれ、阻まれ、あるいは届くことすらなく霧散した。

 そして、遥か射程外から放たれた反撃の砲弾は、叛乱軍側が遮蔽用に選んだ強固な岩肌も魔導障壁も薄紙のごとく貫通し、半径数十メートルを文字通り粉砕(・・)するのだ。


 それは敵からするとまさに、移動式の災厄だった。


「てーとく、追撃命令を」


 背後から上がったセヴィーリャの声に、カイトは振り向きもせず首を振る。


「ダメだ。叛乱軍は壊滅状態。こちらに向かって来た戦力は10%も残っていないはずだ。新魔王陛下が乗り込んだ魔王城の別働隊がどうなったかは不明だが、生き残った叛乱軍は総勢でも恐らく1000名を切る」

「山向こうにも煙が見えます。500も残れば上出来でしょう」


 コムス曹長の声に目をやるが、魔王の力を喪ったいまのカイトには薄く陰ったような稜線しか見えない。


「だったら、なおさらいまが潰し時ではないですか?」

「メラリスは生きている。きっと奴は兵をまとめて最後の戦闘を行う」

「……それをお望みなのですか?」

「現在の新生魔王領軍は、散兵戦に向かない。支配地域が広いうえに頭数の少ないこちらにとって、それは不利な状況を作ることにしかならないからな」

「かといって、長引くのも問題なのでは」


 カイトは頷き、メラリスが去った先に目をやる。

 あの男との決着は、自分の手で行いたい。住民にも部下にも被害を及ぼさないように、そして勝敗が誰の目にも明らかな形で。そのために、死に物狂いの窮鼠(死兵)を生まない程度には生かしつつ、可能な限り脅威を削る。どのみち、最後には引導を渡すのだ。その過程は残酷な選択にしかならない。


 ――俺の(・・)魔王領を築く夢は潰えた。理想を追い求めた日々に戻れはしないのだ。だからもう、躊躇も憐れみも必要ない。


 カイトは管内連絡用の伝声管を開く。


「砲術長、メラゴン鉱山を埋められる(・・・・・)か」

「お任せください、大将!」


 だみ声の背後で勇ましい掛け声と機械音が響く。騒々しく感じないのはそれが一定の調和とリズムを刻んでいるからだろう。


「おい、てめえら! 行くぞ、弾種、徹甲爆裂! 叛乱軍(やつら)に大砲屋の美学ってものを見せつけてやれ!」

「「「「へい!」」」」


 カイトはコムス曹長を見て、セヴィーリャを見て、静かに首を振った。

 彼らは全員、砲術長ファルケンがこうなる(・・・・)前の姿を知っていた。知ってはいたが、再会した彼の姿はあまりにもそれから掛け離れていて、何かの冗談のようにしか思えなかったのだ。


 いまでこそ驚異の命中率と発射速度を叩き出す凄腕の砲術長だが、カイトが魔王だった時代には漁村ヒルセンで暮らす網元の三男坊。漁で鍛えた巨躯を持つ海の男ではあったものの、ヒルセン時代のファルケンは、音楽と算術が得意という物静かで穏やかな青年だった。

 カイトが作った“寺子屋制度”で突出した才能を示した英才。いずれは高等教育機関を作ってそこのトップに据えるべきなのではないかと思っていたのだが、その機会は訪れなかった。


 聞けば、ファルケンの人生が激変したのは、新生魔王領でイグノ工廠長に引き抜き(ヘッドハント)を受けたときからだという。

 第二の人生を新生魔王領軍に求めた彼は、そこで巨大な大砲を動かし、ぶっ放す楽しさに目覚めた。軍隊経験もなかったファルケンだが、彼を慕う元漁師の水兵たちを見事に統率し、あっという間に頭角を現してゆく。


 最初はヒルセン新港に設置された要塞砲。敵は帝国海軍の先遣隊だった。

 直接射撃が困難な入り江の地形で、超長距離の曲射(山なりの弾道射撃)、しかも的は動いている船だというのに、彼の指揮する砲座からは常に、確実に、命中弾が送り込まれた。

 基礎がしっかりと叩き込まれた彼の算術が、“変わり者の道楽”から“砲術の血肉”へと変貌を遂げた瞬間だった。


 いまでは性格まで熱く豪快になり、見た目も口調も山賊の親分のようになっている。


「「「砲撃準備よし」」」

「おう!」


 ものの十数秒で、伝声管から野太い声が上がってくる。


「大将、いつでも行けますぜ!」

「発射!」


◇ ◇


 満身創痍の友軍残党を引き連れ、メラリスは渓谷を移動していた。傷を癒す薬品も、飢えを満たす糧食も、撤退を支援する兵力もない。かろうじて沢に染み出す泥水をすすり、渇きを鎮めるだけだ。


 ――どうしてこうなった。どこで選択を誤った。魔王カイトを倒し、残敵を掃討し、この地に真の(・・)魔族領を築くはずだったのに。


 新生魔王の登極を知らされたときにも、メラリスや配下の将兵たちは微塵も揺るぎはしなかった。ひと気のない廃墟のような魔王城で壊れた玉座に座る、新生魔王の間抜けな姿を想像して失笑を禁じえなかったというのに。


 あのとき持ち出した物資も武器も兵も、ほとんどが喪われてしまった。

 ある者は死に、ある者は行方不明、ある者は夜陰に紛れて逃げた。鉱山跡に残った兵も多くが正体不明の奇病に倒れて痙攣しながら唸るだけ。魔王城に向かった吸精族(ヴァンプ)侵攻部隊からの連絡も途絶えた。最後の希望だった王権承認魔術師は見つからないままだ。

 はじめ城は無人で、放棄されたといっていたが、指揮官のガレシュが倒されたのなら、相当な戦力を潜ませていたのだろう。


 何もかも、裏を掻かれて最悪の結末になったわけだ。


 せめて死に損ないの先代魔王にとどめを刺そうと、残った兵のなかから選りすぐりの最精鋭を120、自ら率いて出陣したのだが。それすらも新生魔王の罠だったというわけか。

 切り札だった強兵たちも、すでに生き残りは20もいない。いまだ反抗の兆しこそないがそれも忠誠を示すものではなく、単にそんな体力も気力もないというだけ。誰もが倒れ込みそうになる体を引き摺って歩き、一心に鉱山跡を目指す。


 息を呑むような声。悲鳴のような音が尾を引きながら近付いてくる。胸が潰れそうな予感(・・)


 空から、何かが。


◇ ◇


“弾着……いま!”


 イグノ工廠長の声が、艦橋の魔珠から響く。

 数秒遅れて遠くから轟音が伝わり、それは地響きのようにいつまでも続いた。誰もが遠くメラゴン鉱山の方角を眺めたまま、黙ってその結末を見届ける。


 ――これが、俺たち……いや、俺の望んだ結末なのか?


 口にはしない。結果がどうあれ、その責を受け止めるべきなのは彼らの長である自分なのだから。


 遠く山間(やまあい)に見えていた鉱山一帯の稜線が動き出したときには、部下たちが息を呑む声が聞こえてきた。地下の岩盤まで打ち抜かれたメラゴン鉱山は、かつて堅牢な自然の要害だったその威容をゆっくりと喪ってゆく。

 鉱山跡に収容された叛乱軍将兵が生き延びられた可能性は限りなく低く、仮に直撃を逃れた者がいたとしても、逃げ道も酸素も喪われた地下で身動きも出来ないまますぐに死ぬことになる。


「すまん、イグノーベル。勝手な真似をした」

“いいえ、カイト提督。正直なところ、ホッとしました”


 彼女の行った苦渋の選択を、個人の感情で台無しにしたのだ。許されないにしても詫びを入れるくらいはするべきだろう。返答に他意は無さそうだったが、カイトは魔珠に向かって頭を下げる。

 死者より負傷者を増やす方が、敵軍の足枷としてこちらの理になるという考え方は聞いた。勝たなくてもいいから負けない戦をする、という新魔王領軍の戦闘教義(ドクトリン)に沿ったものなのだろう。それは寡兵……というよりも手持ちの兵が存在しなかった新生魔王領軍の選択としては至極順当なものだ。


 だが、それでも。

 カイトは自分の甘さを理解しつつも、敵の傷病兵を長く苦しませようとは思えなかった。


 顔を上げると、部下たちが振り返って自分を見ていた。喜びと不安と安堵と後悔と、得体の知れない喪失感が入り混じったような表情。自分もそんな顔をしていたのかもしれないと、カイトは少し自分を戒める。

 彼らを笑顔で見返し、出来るだけ明るく声を張る。


「みな、良くやってくれた」

「「「はッ!」」」

「ルコック回頭、これよりメレイアに帰還する」


 彼らが生き延びたことも、生き返ったことも、後悔なんてさせない。

 俺が、絶対にさせない。

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