初めての顔合せ
「陛下は?」
3日近い昏睡から目覚めたセヴィーリャは、しわがれた声でそういった。全身に包帯が巻かれ、腕と脚は即製ギプスで固定されている。なにせ両腕と片脚の骨や筋肉が壊れて砕け、片腕などは千切れかけていたのだ。イグノちゃん特製魔導具の効果が残っていたせいで安癒の効きも悪く、絶対安静の状態が続いていた。
セヴィーリャの言葉に、看護のため周囲にいた獣人娘たちが、思わず痛々しげな表情で曖昧に視線を逸らす。アタシたちを見渡し、彼女の目は最悪の事態を予感して泳いだ。
「あ……あのね、セヴィーリャ。落ち着いて聞いて欲しいんだけど」
アタシの慰めめいた言葉に顔を強張らせると、彼女は獣のような唸り声を上げてベッドから転がり出る。
「陛下! そんな……嘘だ!」
「セヴィーリャ、だめ! あなたまだ動けるような状態じゃ……」
「どこです! 陛下! いるんでしょう、わかる! 近くにいるんだって! もう離れないって、誓ったでしょう! 陛下ぁッ!」
「だか、ら違ッ……」
落ち着かせようとする声は悲鳴と怒号に掻き消され、彼女は次第に恐慌状態になる。廊下に出て見渡すと周囲の全てに鋭い目を注ぎ、目当ての姿を求めて走り出す。呼びかける声は冷静さを失い、泣き叫ぶようにひび割れる。
「嫌だ、置いてかないで、カイトッ!」
彼女は鼻を鳴らすと、驚くほど正確に迷いなく先代魔王の置かれた部屋に向けて飛び出す。そこには彼がいる。変わり果てた姿になって、小さな容器に押し込められていたかつての偉丈夫が。蹴り飛ばすようにして扉を開けたセヴィーリャは、愛する者の姿を前にして硬直する。
そこにいたのは、150センチ程しかないボサボサ頭の少年だった。
「かッ」
一瞬の間の後、彼女は目を見開いて甲高い悲鳴を上げた。
「かァわいいいいいィーッ!!」
「ぶォわッ!?」
渾身のタックルを受けて先代魔王は部屋の端まで吹き飛ばされる。壁に激突寸前の身体は抱きすくめられ全身の力で締め上げられる。
「カイト! カイト! 良かった、良かった無事で!」
「ちょ、お……ぐふッ」
愛情表現といえば愛情表現なのだろうが、頸動脈が極まっているらしくどんどん顔色が青紫色に変わってゆく。
「ちょっと、セヴィーリャ!? せっかく無事だった彼をあなたが壊そうとしてるんだけど、聞いてる?」
「……うぐッ」
「ストップ! 落ちてる落ちてる! 泡吹いてるし、コラ首、腕を離しなさい!」
タッケレルの獣人娘が4人掛かりで引き剥がし、アタシが安癒で救命措置を行う。
「何考えてるの、せっかく助けたのに殺す気!?」
「ず、ずびばぜん、うれじぐで……」
「……げふッ」
頸動脈は逃れられたものの、今度は抱き締められて真正面から爆乳に顔面が埋もれ、先代魔王は早くもヒクヒクと痙攣し始めた。
「ちょっとォ!! 死んじゃう、ホントに死んじゃうから!」
◇ ◇
お仕置きのために正座をさせられたセヴィーリャだが、先代魔王から離れることだけは厳として拒否したため、彼は巨大な肉塊に頭を押さえつけられた状態で憮然とした表情のまま抱え込まれている。満面の笑みで蕩けたような表情の彼女には愛する者の姿以外は何も映っていない。
「ねえ、何かいうことないの」
「あ、ありがとうございました。あのままでは要塞の上から死出の旅路に向かうところで……」
「そうじゃなくて。彼の姿を見て何か感じないのかって訊いてるの」
「え? そうですね……すごく、かわいいな、と」
ああ、わかった。この子、馬鹿だ。
「良く見て。何かおかしいでしょ? それでわかんなかったら、おかしいのあなたの方よ?」
「……いわれてみると、ちょっと、小さいような」
「ちょっとじゃないでしょ!? アタシ初対面だけど、みんな“おっきなまおー”っていってたじゃない!? 180センチ……6尺くらいあったんじゃないの? ほら、その子ってば5尺くらいしかないんじゃない?」
「そうかもしれませんが、些細なことです」
タッケレルのガールズは呆れるのを通り越して、むしろ感心している。コルシュちゃん“これが愛の力なのね”って、いやそれ絶対違うと思うわ。
「まだ体調が万全じゃなかったんでお話は聞いてなかったんだけど、ちょうどよく彼女も目も覚ましたことだし、いまの状況を少し説明してもらっていいかしら、先代魔王様?」
「カイトと」
「え? ああ、お名前ね。カイトさん」
「ただのカイトです。自分はもう魔王ではないし、その資格もない。もしかしたら、最初からそんなものはなかったのかも」
「他人の上に立つ人間が自分を卑下すると、下の者が報われませんよ。貴方のために命懸けで戦った臣下のためにも、胸を張ってくださいな」
「……ああ、そうだな。わかった、そうしよう」
先代魔王は胸を張るが、そもそも子供なので威厳や自信といった印象にはならない。アタシは単刀直入に尋ねる。
「ねえカイト、その身体になった理由はわかる? そして、元に戻る方法はあるのかしら」
「それなんです」
「……どれ?」
先代魔王カイトは頭上の乳を押し退け、姿勢を正す。
「こうなった理由はわかりませんが、元に戻るというなら、これが俺の……いや、ぼくの本来の姿です」
「え?」
少年魔王を前にして、アタシは静かに困惑した。




