初めての領地奪還作戦1
アタシは商業の発展を魔王領復興の柱にしてはいるものの、当然それだけで全てが賄えるわけではない。そもそもその復興計画に領民たちの生活が含まれていない。魔王領の統治者として魔珠への演説を行っていながら、アタシはまだ彼らに会ってすらいないのだ。
で、いまいるのは魔王城の最上階(捕虜監禁用の牢があるだけの尖塔は除く)にある元魔王私室。いまは各種機器が持ち込まれ、新魔王軍の中央情報管制室、つまり戦闘指揮所として使われている。
「まおー?」
「いくわよパット。イグノちゃん、エコーシステム・スタンバイ」
「探知用意よし、感度良好いつでも行けます」
「3・2・1……鳴け!」
特にどこからも何の音も聞こえてはこない。でも魔王領各地に散ったパットの分身から、魔族を含む人には聞き取れない音域の高周波が吐き出され、パット本体が拾ったデータが立体画像として地図上に表示されてゆく。地図といってもそれ自体が壁面に刻まれた魔道具で、リアルタイムの情報を映し出すモニターとなっている。
なんか家具とかデコラティブな魔王城にそこだけ無駄にハイテクっぽいので違和感と不自然感はハンパないのだが、実用性重視で無視する。
「成功ですね。赤い点が叛乱軍、白い点が領民で、青い点が私たち新魔王軍、黄色が宰相派……なんですけど、あれ? おかしいな」
見る限り地図上に黄色の点はない。
「メラゴン鉱山にいる叛乱軍が映ってるくらいですから、地下でも関知出来る筈なんですが」
「パット、いま宰相派って、どうなってるの」
「わかんない。にげちゃったか、しろいのになってる?」
「領民に紛れて、というか平民に戻って暮らすしかない状態なのかもね」
喫緊の課題は、苦境にある領民の救出もしくは援助だ。いままでは動くに動けなかったが、いつまでも手を拱いてはいられない。幸い備蓄に余裕はあるし、様々な素材や物資の生産体制も整ってきている。足りないのは人手と、彼らが新魔王領民として安全に暮らせる勢力圏だ。
それを、奪還する。
◇ ◇
この作戦には練度と連携が必須のため、新兵や後方部隊の兵、それとイグノちゃんの機械兵器部隊には、魔王城の防衛に就いてもらうことになった。
新魔王軍の主力となるのは、やはり戦場経験の豊富な蘇生者たちだ。バーンズちゃん率いる人虎族の重装歩兵20名と、人狼族主体の軽装歩兵13名。
彼ら33名が情報分析の済んだ作戦指揮所に集められた。
「今回の作戦は、魔王城から北西に40哩(約65キロ)、住民2000名ほどの村落、タッケレルの急襲よ。そこを占拠する反乱軍は、魔王城から半径100哩以内では最大最強の部隊。突入部隊の指揮は、最先任のバーンズ曹長に一任します」
「はッ」
アタシと入れ替わりに地図の前に立ったバーンズちゃんは、魔道具の操作陣に触れ、手慣れた仕草で作戦地点を拡大する。
……なんか彼女、アタシよりハイテクに強いみたい。
「村の北西側は大型の魔物が巣食う深い森で、東側はほぼ垂直の岩山になっている。天然の移動障害を背にした、籠城向きの村というわけだ。実際、南側には広範囲に起伏のない耕作地が続いていて、視界を遮る物はほとんどない。下手に接近するとすぐに発見されるし、発見されたら狙撃される」
「狙撃?」
「長弓装備の森精族がいる。元魔王軍、威力偵察部隊の難物だ。村を占拠している叛乱軍は、小匠族と森精族の混成戦闘工兵中隊、確認された兵力は150。指揮官は元魔王軍大尉の”隻眼”モラード。そして副官は、何の因果か“寝返り”ウェイツだ」
兵士たちに静かなどよめきが走る。ウェイツというのは、先の内戦でバーンズちゃんたちを見捨てて叛乱軍に降ったらしい将校だ。どんな奴で何があったのか、詳しい話は知らないけど、ずいぶん恨みを買っているらしいことは確かだ。
「曹長、その部隊に獣人族は?」
「いない。ウェイツが魔人族と獣人族の混血と聞いたことはあるが、何の系統かは知らん。興味もない。ただし、村人はほぼ獣人族だ」
「……クソが。早く助けないと」
吐き捨てるようにいった声に妙な実感がこもっている。どうも差別か虐待を確信しているみたいだ。
「有翼族の空中観測は“輜重隊の悪夢”が潰した。広範囲の探知網を喪った奴らが、こちらの接近を察知するのは各個人の感覚器だけだ。獣人族より鼻の良いヒト型なんてのは聞いたことがないがな」
バーンズちゃんが地図上に指でルートを示すと、便利機能なのかその跡が線として残った。北西側から森を抜ける線。南側で待機する円。北西断崖絶壁で監視する点。
「重装歩兵は三個分隊、北西側から森を抜けて森精族を狩る。指揮はコリンズ、タバサ、オマリー。自分は指揮官を潰す」
「「「はッ!」」」
「軽装歩兵は二個分隊、南から接近して速度で翻弄、小匠族を屠る。指揮はモル軍曹と、ハインズ伍長」
「「はッ!」」
「曹長、それは逆じゃなくていいのか?」
不服とまでいかないが、怪訝そうな顔で発言したのはモル軍曹。人狼族と魔人族の混血で、最初に蘇生したグループの最先任だ。バーンズちゃんは気を悪くした風でもなく、重装歩兵隊と軽装歩兵隊の集団を指で示す。
「人狼族軽装歩兵の身上は、速度と精度と統制だ。深い森のなかでは不利だし、得意の短弓も森精族の長弓に射ち負ける。小匠族と人虎族重装歩兵が当たっても同じことがいえる。つまりだ」
「?」
「似たような中級魔族と馬鹿正直に当たるくらいなら、毛色の違うのを掻き回して、食っちまおうぜ?」
バーンズちゃんが牙を剥き出し、ニヤッと笑う。
真面目な性格のモル軍曹が呆気に取られ、軽装歩兵隊と重装歩兵隊が揃って噴き出す。どこかぎこちなく緊張していた雰囲気は、そこで打って変わって熱く引き締まる。
「作戦開始は夜明け前。突入は重装歩兵が先だ。小匠族には傍聴される可能性があるので魔珠は使えんが、森精族の弓を潰したら合図を出す。軽装歩兵隊が南から突っ込め」
「「「はッ!!」」」
「曹長、合図というのが何か、お訊きしておきたいのですが」
軽装歩兵隊ハインズ伍長から出たのは、当然といえば当然の質問だったが、バーンズちゃんは困った顔で首を振る。
「悪いが、まだ自分には答えられん。だが、期待してくれて良いぞ、誰が見ても“これが合図だ”とハッキリわかるようなものになる筈だ」
「……はず?」
「いま、まさに作ってるところなんだよ。我らが悪夢がな」