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亡国戦線――オネエ魔王の戦争――  作者: 石和¥


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セバスちゃんの襲撃

 裏門での戦闘も佳境に入っていたあのとき、押し寄せてきていた敵兵が急に浮き足立ち始めた。

バーンズちゃんが敵将を討ち取ったのかとも思ったが、城門外で戦闘音は続いている。それどころではなく、敵軍は混乱し恐慌状態に発展しつつある。視線がこちらに向いていない。何を見ているんだろ?


「「「おおおおおおおぉ……ッ!」」」


 城の上層階から鬨の声。蘇生者たちの手によって、屋上に旗が揚がっていた。

 それを見た侵攻側は、なぜか足を止め急速に戦意を喪失、バラバラに撤退を……いや、敗走を始めた。


「何あれ?」

「前魔王軍の旗です」

「あれが?」


 白地に青い円があり、その内縁に星が並んでいる。青い色に黄色い星なのもあって、ちょっとEUっぽい。


「七つの星が魔族の各部族、それを包む大きな青い丸が自由。“みんしゅしゅぎ”を表わしたものだそうです」


◇ ◇


「民主主義、ねぇ……」


 みんなが帰った後、城の最上階にある王族用のお風呂で、アタシはゆっくりと湯船に浸かっていた。

 先代は五稜郭で散ったひとたちみたいに共和国でも作ろうと思ってたのかしら。魔王なのに?

 でもまあ、無理ってもんよね。政治に詳しくないアタシにも、それが不可能だとわかる。

 話を聞いた限りでも魔王領は原始共産主義で、能力による緩い階級制度が加わった程度。古代ギリシャのスパルタみたいな。私有物や権利はおろか生きる資格でさえも力で勝ち取るもの、とかいうイメージ。時代や段階をすっ飛ばして未来の理想を解いても、受け入れられるどころか理解も難しいだろう。


 だけど先王の……いや、先王が掲げたというあの“民主主義の旗”を見た叛乱軍の驚愕、いや怯え(・・)は、どうにも不可解なものだった。自分たちの理解を超えた何かを、敵に回したかのような。もしかしたら、狂信的キリシタンを見た江戸幕府の人間があんな感じだったのかもしれない。

 自分たちとは相容れない、異物への恐怖。それはつまり、和解不能な関係の象徴だ。だとしたらいまの流れはいろんな意味で、まずい。正体不明の新兵器(どく)を使った恐怖と力の誇示も、これでは完全に裏目に出た。


「それもまずいけど、これも……」


 アタシは、お湯から出した自分の左手を見つめる。


「まずい……んでしょうね、たぶん」


 初めて気付いたのは、大勢に安癒を掛けた日の夜。そのときはまだ、心臓の辺りに浮いた小さな染みだった。いまではハッキリと濃い黒に染まった領域が、確実に広がっている。患部に触れると少し痺れたようになっていて、感覚が鈍っているのがわかる。中心部である心臓の真上には、ひときわ濃い闇のような漆黒。それはもう肌の質感ではない。何かが欠落してゆく感覚はあるのだが、自分から喪われてゆくものが何なのかはわからない。通常の安癒ではそれほどでもないが、爆裂安癒は使うごとに強く疼き、染みも濃く、大きくなる。このまま進行すると一方は指先に向かい、一方は胴体を覆い、もう一方は首から顔に広がり始める。このまま進むとどうなるのか。どこまで進めば深刻な結果になるのか。訊ける相手はいない。知ってもらいたくない人間しか……


「どうぞ」


 いつの間にか考えに沈んでいたアタシは差し出されたタオルに気付いた。振り返ると、タオル(それ)を捧げ持ったヅカ執事が浴室の床に平伏していた。全裸で。


「ありがとう……ッてうきゃああッ!? ……ちょっとセバスちゃん、何してるの!?」

「我が君、お許しを! 不肖セバスチャンめは間違っておりました!」

「いや確かに間違ってるわよ現在進行形で! ていうか前くらい隠しなさいよもう!」

「これは失礼いたしました。お見苦しいものを御前に」

「いや別にお見苦しくはないけれども、それが問題なんだってば!」

「執事の分際で王族用浴室に入ることが問題なのは重々承知の上です! 如何なるお叱りを受けようとも我が君に直接お詫びせねばならぬと……」

「そっちはどうでもいいの! ここ男湯!」

「はい。ぼくは男ですが」

「こ、心の性別(ジェンダー)はもちろん尊重するけれども! 体の性別も、少しは気にしてちょうだい!」

「申し訳ありません」

「もういいわよ、それで御用は何?」

「ですから謝罪と……」


 立ち上がりかけたセバスチャンが急にハッと息を呑む。背中を向けていたアタシを向き直らせ、真正面から見つめてくる。咎めるような恥じるような怒るような哀しむような、捨てられた子犬のように潤んだ目で。


「……と?」

「わ、我が君! そんなことより、これは……この黒班は、まさか度重なる安癒の代償、に……」

「いいえ、生まれつきよ。人前で脱ぎたくなかったのは、恥ずかしいから」

「嘘です、魔王様をこの世にお迎えして最初に着替えを手伝ったのはレイチェルです。彼女(・・)からそんな報告は」

「それはホラ、あの子は優しいから」


 無言で見つめてくるセバスちゃんの目に耐えられなくなったのはアタシの方だ。


「皆には、黙ってて」

「しかし」

「お願い。体調は悪くない。特に異常はないの。いずれ何かの影響があるとしても、いまのところ大丈夫」

「何か異変があったら、真っ先に私に……」

「わかった、伝えるわ。でもまあ、とりあえず風邪引く前に、入らない?」


 謝罪も仲直りもグダグダになり、アタシは苦笑してセバスちゃんを湯船に誘った。

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