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初めてのツアー計画

 話は、少しさかのぼる。


 最初は、単なる思いつきだったのだ。発端は、セバスちゃんが持ってきたひとつの報告。


「我が君、パットからの報告で、魔王城(ここ)から王国南部に向かう山道が崩れたそうです」

「あら、王女殿下の部隊に損害は?」

「ありません。通過後でしたから」

「じゃあ良かった。ちょうどいいわ」

「ちょうどいい、とは?」

「街道を整備しましょう。お店を開くのはお城の予定だったけど、いまの距離と道路じゃ実際お客さんを取り込むのは難しいじゃない? 二週間の強行軍で買いに来てくれるとは思えないもの」

「……はあ」


 なぜか怪訝そうなセバスちゃん。わかっていないのか問題を認識していないのか本当にお店を開くと思っていなかったのか、あるいはその全てだ。

 最高峰で三千メートル級がゴロゴロしている魔王領で魔王城は比較的低い位置にあるが、それでも標高は千メートル近い。ここで店を開きたかったのは事実だけど、状況を確認するにつれてそれがあまり現実的じゃないことに気付く。行商人に頼むのも手だけど、せっかくだからお客様とのコミュニケーションも大事にしたい。だったら、本店はわざわざ来たくなるくらいのプレミアム感を演出する一方で、小回りが利く支店を顧客近くに配置して充実させる。

 それがいいわ、そうしましょう。


「しかもあの道、危なかったんでしょう?」

「それはそうです。元は獣道ですから。山間部を地形に沿って山肌を巻いて無理に通した結果、一部は道幅がそもそも馬車と同じ幅しかありません」

「大丈夫だったの、それで?」

「徒歩の商人や小型の荷馬車なら問題ありませんが、頻繁な行き来や大規模な行軍を考えたものではないのは事実です」

「じゃあ、なおさらね。それと、その街道の終着地点は王国と国境を接する町。なんかある?」

「メレイアという村があります。確か最盛期でも十戸程度の農村でしたが、人間からの度重なる越境攻撃に加えてこの戦乱ですから現在はほぼ廃村に近いかと」


 答えたのは博識メイドのレイチェルちゃん。セバスちゃんは村の名前を聞いたこともなかったのか、感心したように頷いている。他人事か。


「越境出来たってことは、来ようとしたら来れるってことね。悪くないわ。じゃあ、そのメレイアを再建するわよ。どこか王国の近くにアンテナショップを置きたかったの。理想をいえば王都がいいんだけどまだ無理でしょうからね」

「あんてなしょっぷ?」

「貿易予定地でまず小さめの店を開いて、お客さんの反応を見るの。本格的に貿易を始める前に、そこの人たちの実態を確かめたいのよ。何がどこまでどれくらい受け入れられるか、拒絶されるか。それがわかっていれば、大規模な取り引きが始まってから発生する問題が事前に把握出来るでしょう?」

「なるほど、御慧眼です。つまり前線に砦を築き威力偵察を行うわけですね」

「……え? あ、うん」


 セバスちゃんには微妙に通じていない気もするけど、時間が惜しいのでスルー。

 魔王城から王国に通じる新街道を敷き、そこで切り出された樹木をメレイア再建の建材に回す。イグノちゃんにはいくつか建築機械を頼まなきゃ。長く住んだりしないから建物はプレハブ構造でいいわ。定型の規格で作って量産効率と速度優先、必要なら後で建て替えればいいし。


 動き出したら後は――少なくともアタシについていえば――簡単だった。高低差と難路・隘路が面倒だったので最短ルートをできるだけ緩やかな傾斜でつなぐ。途中に何カ所かは宿場町のような感じで集落予定地を作った。そこで最大の僥倖を得た。王国南部から魔王城までの道のりでいうと六合目あたり、ずっと登りで馬も人も疲れてきた頃というちょうどいい位置に温泉が湧いていたのだ。泉質も硫黄泉で湧出量も悪くない。高台からの景観も良い。これは後のお楽しみね。

 ルート取りの都合上、やむを得ず通したトンネルには(イグノちゃんと彼女のビックリどっきりメカが)苦労したが、そこで削り出した岩を使うことにより雨の日でも馬車がスタックしない簡易舗装が可能になった。


 怪我の功名とはいえ悪くない滑り出しだ。この調子で開通したら姫騎士部隊が二週間かけた道のりは概算で三日、下りで吹っ飛ばせば(危ないから非常時以外には禁止させるけど)一日で到達できるようになる。夢が広がるわ。


◇ ◇


 王城離宮別室。王国軍参謀オークスと、近衛師団の上級将校たちは恐慌状態にあった。軍のなかでも近衛師団だけは非公式にだが第一王子コーウェルの派閥に属する。だが近衛師団とは本来派閥と無関係に王族(王を除けば多くの場合、継承権最上位者)を最優先に考える組織なのだ。それはつまりコーウェルが軍を掌握出来ていないことを表わしている。


 姫騎士、マーシャル王女帰還の報に喜ぶ王宮の喧騒を余所に、会議室だけは葬式のような空気に包まれている。姫騎士部隊の移動に合わせて山道を押し潰すように崖を崩落させる計画。そのために送り出した特殊作戦部隊が消息を絶ったのだ。連絡が取れないため成功したのか失敗したのかも不明。だが調査に出した斥候からの報告に一堂は愕然とする。


 崩落は発生していたが、作戦部隊が使用するはずだった最新鋭兵器の爆薬ではなく魔術による痕跡。そして崩落に巻き込まれていたのは姫騎士部隊ではなく、作戦部隊の人員。想定以上の崩落規模により、魔王城に向かう道は完全に塞がれている。

 普通に考えて、魔族側の意思表示だ。

 魔王領内で勝手な真似をするとこうなる。二度とこちらに足を踏み入れるな。


 脅威だ。だが、その程度か。

 最初の感想はそれだった。姫騎士の暗殺が成功したにせよ失敗したにせよ――失敗であることは半ば明白ではあるが――もう魔王領に足を踏み入れる用はない。内心ホッと息を吐いた彼らのもとに、遅れて届いた魔王領潜入部隊からの報告。魔族側からの、もうひとつの意思表示。それを聞いた面々は愕然とした。


「魔王領の王国側境界線付近に前線基地建設の動き。それに伴い、魔王城から王国南部への侵攻ルートが建設されています。潜入調査が困難だったため発見が遅れ、開通は目前、整備が済み使用可能になるまで最短で二週間。完成の暁には、王女殿下の使用した潜入経路とは桁違いの移動速度が可能になります」

「……け、桁違いとは、どの程度のものなのだ!? 具体的にいえ!」


「騎馬での全力移動ならば、魔王城から半日で王都に到達できます」

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