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追記: 姫騎士と箱

 あの男の秀逸さは着想と達成能力、つまりアイディアそのものにあると思っていた。それ自体は間違いではないのだろうが、わたしに理解できていなかった部分がある。


 確か、“ぷれぜん”とかいっていたようだが、相手に何かを送り届けるとき大事なのは、そこに加える「もうひとつ」。

 それがまさか、包み紙であるとは予想だにしていなかった。


 わたしが食べ、体調を改善された(させられた)奇妙な干菓子。それを王国の貴族女性が手にしたとき、最も強く素早く着目され喜ばれ評価されたのは、中身ではなくむしろ菓子を包んでいた紙、そしてそれが入っていた箱だったのだ。

 何のことはない、干菓子自体を包んでいたのは淡い色の薄い紙。それが収められていたのは、わずかに厚みのある薄い茶色の紙箱だ。ナイフどころか手でもこじ開けられそうなその箱には、四隅に薄い真鍮の補強が入り、ふたは玩具のような蝶番と留め金で固定されている。

 つまり、開封するたびにその留め金を捻り、そこに結ばれた薄桃色のリボンを解くことになる。

 無駄で、面倒で、邪魔で、わずらわしい。あの男は、何のためにこんな作りにしたのか。

 わたしの抱いていた感想は、宮殿の茶会に出席した女性全員から、即座に、完全否定されることになる。


「いいえ王女殿下、そこが本質なのです」

「わからん。中身ではなく?」

「もちろん中身も素晴らしいとは思いましたが、中身が何なのかは、その後の問題なのです。その箱はそれを贈った者が、それを手渡される淑女のために全身全霊をかけて思い、用意され、管理され、調達されてきたものであること、その気持ちを如実に示しているのですから」


「……はあ」


 箱が?

 ただの箱だ。それも、紙の。それはもちろん、よく見れば変わった手触りと色味の紙ではあるが、紙であることに変わりはない。王都でも探せば見つかるだろうし、なければ作れる程度のものだ。リボンやら真鍮の金具などいうまでもない。せいぜい原価は銅貨数枚、王都の職人に銀貨一枚でも渡せば翌日には同じものが用意されるだろう。

 わたしには全く、微塵も理解出来なかった。そんな風には考えたことも、そもそもわずらわしさ以外の何かを感じたこともなかった。


 奴のいう“女子力”とやらの欠落は自覚してはいた。


 わたしには女性として必要な視点共有や意思疎通といった能力、いやその原点になるべき共感力がない。干菓子の効能に恐ろしさを痛感しつつ、隠し持っていたそれはまず義母上……フィアラ王妃に露見した。長期行軍帰りにもかかわらず妙なまでの肌艶の良さに不信感を抱かれ、笑顔のまま恐ろしいほどの眼力で尋問を受けたわたしは誘導を見極められず陥落した。

 そこからは一気呵成に攻め込まれ防戦すらままならぬまま情報は引き出され物資は強奪された。王妃のネットワークから王国貴族の婦人や子女たちに噂が広まるまでにさほどの時間はかからなかった。

 さらに恐ろしいことに王妃の直轄部隊が全力を上げて素材と製法を究明したらしい。わたしが漏らした魔王の言葉や摂取・分析しての類推からレシピを復元したが王国では再現が非常に困難だと判明した。ごく一部の素材が入手不能、もしくは高価・希少すぎて菓子にするなど論外なのだそうだ。それは味と効能を支える重要な素材らしく、王国の盗作計画は水泡に帰したのだが。

 そんな素材が、魔王の手土産にはふんだんに使われ、それが惜しげもなく無償で提供された。


 なぜか。


 聞くまでもない。その価値を認識できないほど愚かか、その価値を有用活用できると踏んだかだ。そして、あの男が愚かでないことだけは断言できる。

 何をどう有効活用する気なのか、その計画のなかにわたしはどのような形で関与させられる――あるいは、既に関与させられている――のか。自分が受け取ったのが貢物でもなければ贈り物でも、親善のしるしですらなく、ある種の負債、もしくは呪いに近い物なのではないかと思い始めていた。


 そしてその予感は、後に悪夢のような形で的中することになる。

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