前編
真麻一花様の企画参加作品です。
「美憂、美憂。今日、一緒に帰ろ」
そう言って、教室に入ってきたのは、隣のクラスで親友の織田恭佳。
彼女とは小学校からの付き合いだったりする。
「彼はいいの?」
彼女には、同じクラスに彼が居るんだけど…ね。何時も、彼と一緒に帰ってるから、珍しいなぁと思って聞いたんだけど…。
「いいの。たまには、女の子同士で帰りたいって言ったら、オッケーしてくれたの」
彼女がニッコリと浮かべた笑顔。何か、企んでるのか?そんな、腹黒い一面彼には見せれないと思うけど…。
「恭佳がいいならいいけど…」
私は、そう返していた。
「本当は、もうすぐバレンタインじゃん。だからさぁ、彼に内緒でチョコを買いに行きたいんだ。美憂、一緒に買いに行こう?」
そういや、そうだったね。
バレンタインデーか…。
あの人、モテルから沢山貰ってくるんだろうなぁ。
そう妄想していたら。
「美憂も総司さんにあげるんでしょ?だから、一緒に買いに行こう?」
そう言いながら、小首を傾げり恭佳。
男なら、この仕草に、グッとくるんだろうなぁ。
ハァー。
「わかった」
私が了承すると彼女は、意気揚々と自分の教室に戻って行く。
その後ろ姿を見送りながら。
「どうしたものか…」
知らず内に言葉が漏れた。
私、安部美憂には年上の彼が居ます。
出逢ったのは、中学三年の夏。
余りにも成績が悪く、志望校にも合格出来ないと言われて、家庭教師に当時大学生の彼を親が雇いました。彼の名は、松葉総司。
その彼が見た目もカッコよくて、中身も伴ってて、惚れない方が可笑しいって位心を奪われていた。
だから、受験が終わるまでは、勉強だけを必至に頑張った。受験も終わり、高校も無事合格して、最後の家庭教師として、彼が来た時に思い切って。
「好きです。付き合ってください」
って、自分の部屋で告白したんだ。
戸惑った顔をした彼。
「うん。いいよ」
歯に噛みながら、返事が返ってきた。
ヘッ、何て言ったの?
最初から、断られるって思ってたから、彼の言葉が、一瞬受け入れられなかった。この時、間抜けな顔をしてたに違いない。
「これから、よろしくね。美憂」
って、クスリと笑う彼。
宜しくって、事は…。オッケーって事。
う、嬉しすぎる。足に地…イヤ違う地に足がついてない感じがする。フワフワと浮いてる感じ。
あぁ、告白してよかった。しなかったら、もう会えなかったんだよね。それを思うとホッとした。
私と彼の歳の差は、七つ。
彼に合わせようとして、化粧を覚えてみたり、服装を大人っぽく見せたりとどうしても背伸びをしてしまう。彼に恥をかかせないように常に気を使った。
だから、どうしても先立つものが要る。そして。
「高校に入ったら、バイトしないと…」
彼の前でポツリと溢した言葉に。
「バイトしなくていい。ただでさえ、会う時間が無いんだから…」
彼が、真顔で言ってきた。
「えっ、平日だったら良いでしょ?」
私の言葉に。
「駄目。夜遅くなると心配になるから」
って…。
バイトも禁止されてるから、最小イベント三つ(彼の誕生日、クリスマス、バレンタイン)のプレゼントを買うのも四苦八苦だったりする(お小遣いを切り詰めてやるから)。
去年、社会人一年目の彼が、チョコを沢山抱えて来た時(手提げの紙袋四つ分)には、ビックリ…。
彼女という存在がいながら、断る事もなくもらってくるって、どういう神経してるのかなって、疑いたくなったけど…。
だから、今年は、あげるのを辞めようと思ってたんだけどなぁ。
「美憂、帰ろ」
教室の入り口から、恭佳が叫んでる。
あっ、もう終わったのか…。
授業、聞いてなかった。
まぁ、いいか。明日、誰かに聞こう。
慌てて、教科書を鞄に詰め込んで、恭佳の所へ行く。
「お待たせ。で、どこに行く?」
何て、たわいの無い話しをしながら、店に向かった。
…で、来たのは、学校の最寄り駅のデパート。
バレンタインの特設コーナーをウロウロ…。
手作りも良いだろうけど、ぶきっちょの私が作るよりも市販の方が良いと思いながら、何度も行ったり来たり。
「美憂。決まった?」
恭佳は、買い終わったのか、紙袋を手に私の所に来た。
「ううん。決まらない。どうしよう」
元々、あげるつもり無かったし…。値段も気になって、なかなか決められなかった。大人の男の人にあげるってだけで、どんなのをあげていいかわからない。
「だったら、こういうのは?」
恭佳が、ディスプレイを指差した。
そこには、チョコレートボンボンが、並んでいた。一つのパッケージに何種類かのお酒の名前が書いてある。
まぁ、彼も成人してるしこれでいいか…。
安直だと思う。でも、これって決め手になるのがない。
私は、それを手にしてレジに並んだ。
支払いを済ませ、恭佳と合流すると。
「美憂、ごめん。帰りが余りにも遅いから、お兄ちゃんが心配して迎えに来るって聞かないんだ。だから、ここでバイバイ」
恭佳が、顔の前で手を合わせて言う。
そっか…。
「うん、わかった。バイバイ」
恭佳に手を振って別れると、駅に向かって歩き出した。
駅構内は、意外と空いていて、直ぐに家の最寄り駅の電車に乗れた。
家の最寄り駅で降り、改札口を潜る。
家までの道を歩いて行く。
フット、ショーウインドウに可愛らしいアクセを見つけて足を止めた。
これ、欲しいなぁ…。
値段を見て、手が出せないと判ると他に視線を移した。
何気に見た先には、愛しい彼…。
声をかけようと思った。
だけど、できなかった。
その彼の腕には、可愛らしい女の人が、胸を押し付けるように絡まってる。彼も満更でも無さそうで、楽しそうに笑ってる。
う…そ…。
自分の目を疑う。
でも、紛れもなく彼で、考えられるのは、私に対しては遊びだったんだってこと。
アハハ……。
やっぱり、私はバカだ。
あんなカッコいい人が、こんなチンケナお子様なんて相手にするわけ無いよね。
そんな事を考えながら、歩いていた。
家の玄関を潜る。
何時も言う言葉も言わずに中には入る。
「姉ちゃん、お帰り。それ、チョコ?オレに頂戴」
二つ下の弟が、声を掛けてきた。
「う、うん。いいよ」
私は、袋事押し付けるように弟に渡した。
元々、あげるつもりも無かった物だもの。弟にあげても構わない筈。
「美憂、帰ったの。ご飯は?」
お母さんが、キッチンから声を掛けてきた。
「要らない。恭佳と食べてきた」
何て、嘘。
食欲なんて無い。
「もう、寝るから」
私は、それだけ言うと自分の部屋に入り、部屋着に着替えベッドにダイブした。
ハァー。
やっぱり、あの人には、ああいった人の方がお似合いだよ。
私じゃ、とても無理。
ピロロ~。
携帯が鳴る。
鞄から、携帯を取り出して、送り主を見た。
彼からだった。
“今週の土曜日。会えなくなった”
たったの一行。
あーあ。
さっきの彼女とデートか…。
私は、返事も返さずに目を閉じた。
辛いな…。
ただでさえ、会えない不安で押し潰されそうなのに…。あんな場面を見せられたら、余計に辛くなるよ。
一層の事、連絡取れないように拒否してしまおう。
私は、そう思い付くと直ぐに行動に移した。
彼からの着信、メール、ラインまで、彼と繋がるもの全て拒否設定にした。
その作業を終えると、そのまま眠りについた。