第五話 入学式
度々、時間が飛びます。飛ばないと話が進まないのもありますが。
悠人はロリコンではないとだけ言っておきます。
「後一年で卒業か〜。まだ遊び足りないぜ」
「あれだけ遊んで、まだ遊び足りないのか」
「いいよな。内定を早々に貰った奴らは。俺なんかやっと一社だぜ」
「悠人はOBから誘われたんだっけ?」
「本当にいいよな。就活は大変なんだぞ」
「悠人の場合、才能があったからだろう。前からいろんなとこに目を付けられてたもんな」
「そういえば、留学の話もあったんだろ?何で断ったんだよ。他にもいい所あったのに」
「それはうちの会社が良くないってことか?」
「げっ!?」
タイミングの悪い友人は背後に立っていたOBの先輩に首を絞められていた。だが、周りは関わり合いたくないのでスルーする。
「それは俺も思っていたんだよな。うちよりいい条件の所あっただろ?」
「地元から離れたくなかったんですよ」
ただそれだけだ。留学の話も断ったのも俺にとっては論外だった。俺の条件に良かったお話がたまたま先輩だったって言うだけ。
その時、携帯が鳴った。
友人は就活の苦労話や遊びに行くことの話をしていてこちらを気にしていない。
メールは紫からだった。ようやく携帯を買ってもらった紫はよくメールをしてくる。メールの内容は今すぐ来いという横暴なものだった。
「悪い!急用ができた!」
荷物を急いでまとめる。
「はぁ!?急用って彼女から呼び出しでも食らったか?」
「そんなとこ」
そう言って、俺は駆け出した。
残された友人は冗談のつもりで言ったことが事実だったことに驚き、固まっていた。
「はぁー、はぁー、はぁー…、お前、急に呼び出すなよ」
急いで駆けつけたため、呼吸が荒いのを落ち着かせる。
「晴れの姿を見てほしかったんだもん」
そう、今日は紫の入学式だった。ピカピカのランドセルを背負い、淡いピンクのワンピースを着た紫は可愛かった。
「写真も撮ってほしかったし」
「ご両親は?」
「式が終わったら、すぐに仕事に向かった」
「相変わらず忙しい人達だな〜」
「ほら、早く撮って」
正門の看板の横に立つ紫に俺は持って来ていたカメラを構え、写真を撮っていたら、他の家族の人に声をかけられた。
「あの、私達も撮ってもらえませんか?」
頼まれたので快く請け負うと、カメラを預り、撮る。
すると、次は私も、と次々と頼まれ、なぜか臨時の撮影会になった。
「何でだ?」
よくわからない事態に俺は首を傾げる。
「奥様受けしたんでしょ」
そして、なぜか紫が拗ねていた。
「女の人に囲まれてデレデレしちゃって」
「いや、デレデレしてないし」
あれは愛想笑いだ。標準装備だろ。
「言い訳無用!」
紫の右ストレートが見事鳩尾に入り、俺はあまりの痛みに悶絶する。
「腕上げたな…」
だんだんと痛くなってきていることに喜べばいいのか、悲しめばいいのか複雑な心境になった。
「あらあら、紫ちゃんは彼のことが好きなのね」
「はい!」
そんな俺を余所に奥様方と会話する紫。
「悠人のお嫁さんになるのが夢です!」
「愛されているのね」
「悠人は私のですから。誰にも渡しませんし、譲りません!」
そして、なぜか奥様方に宣言していた。
「お腹空いた〜」
「そうだな。どこか食べに行くか」
「はい、焼肉がいいです!」
紫は挙手する。
「却下だ、バカ。大学生の財布事情を舐めんなよ」
「じゃあ、寿司!回らないほうの!」
「俺を破産させる気か!?せめて回るほうの寿司にしろよ!」
「じゃあ、しょうがないな〜。オムライスで」
「最初からそれを言えよ!」
俺が知っている美味しいと評判の洋食屋さんに入る。
「いい匂い〜」
紫はにこにこと上機嫌でメニューを開ける。
「好きなもの頼んでいいぞ」
「じゃあ…」
「ただし、俺の財布事情を鑑みるように」
「えぇ〜…」
露骨に残念そうな顔をする紫だが、一体何を頼むつもりだったのか。
「あのな、仕送りや自炊していてもきついんだからな」
「ならバイトすればいいじゃん」
「ぐっ…」
正論に黙り込む。
「時間は撮影に、お金はカメラに費やすからそんなことになるんだよ」
俺は撃沈した。
「あれ?水原君じゃない」
「霧島って、ここでバイトしてたのか」
霧島が布巾と水を持って、そこにいた。
「何だ、知らなかったの?知ってて来た訳じゃないんだ。で、その子供は?もしかして隠し子!?」
「そんな訳ないだろう」
呆れた顔で言葉を返す。
「何だ、面白くないわね。では、ご注文が決まりましたらお呼びください」
そう言って、立ち去って行った。
「誰?」
「同じ学部の霧島。って、顔怖いぞ?」
せっかくの可愛い顔が台無しである。
「別に。仲良かったなんて全然思っていないんだから」
いきなり不機嫌になる紫。
「ただの友達だって。俺はお前以外の奴と付き合うつもりはないよ」
「ふーん…」
「紫、ちょっとこっち来い」
首を傾げつつも素直にこちらに来る紫は可愛い。
「お前だけを愛してる」
彼女の耳元で囁いた。
「ふぇ!?」
それを聞いた途端、紫は顔を真っ赤に染める。
「これで満足か?不安なら安心するまで何度も言ってやるぞ?」
「……デミグラスオムライス1つ」
「じゃあ、俺もそれにしよう」
店員を呼び、注文した。
ちなみに、デミグラスオムライスは美味かった。
デザートを頼む頃には紫はご機嫌で、その姿に俺はほっとしたのだった。
2人、手を繋いで紫の家までゆっくりと歩く。この穏やかな時間も彼女の家に着くまでだ。
「悠人…」
紫が家に入るまで眺めていると、玄関を開けた彼女がこちらを振り返る。
「何だ?」
「私も!…私も悠人を愛しているんだからね!…話はそれだけだから!」
顔を真っ赤に染めた紫は慌てた様子で家の中に消えて行った。
「……何だあれ…」
そう呟いた俺の顔は真っ赤になっていた。