プロローグ
お久しぶりの方も、また初めましての方もこんにちは。
冒頭から残酷な描写があります。いきなり人が死にます。気を付けてください。
では、どうぞよろしくお願いします。楽しんでください。
車のタイヤが擦れる音、ブレーキの甲高い音、遅れて悲鳴、そして何かが衝突した鈍い音がスローモーションのように聞こえた。
「えっ?」
俺の思考が止まった。
「紫!」
俺の愛しい彼女が血塗れな状態で倒れていた。
急いで彼女の所に駆け寄る。
「紫、紫、紫。大丈夫か?今、救急車を呼ぶからな?」
「悠人…」
「嫌だ、嫌だ。紫、死ぬな。俺を追いて行くな。一人にしないでくれ」
それは誰が見ても手遅れな状態で、そんな現実を受け入れられない俺はすべてを否定する。
「悠人、ごめん…ね…」
「謝るな」
「一緒にいられなくて…。もっと生きたかったけど…、もう無理みたい…」
「紫!」
「私の分まで生きてね」
「嫌だ嫌だ」
俺はただ頭を横に振るしかできなかった。
紫の手が俺の頬に触れた。その手をつかみ、すがり付く。
「もし生まれ変わったら悠人に会いに行くよ。そして、またあなたに恋をする」
最期に笑った紫の顔は綺麗だった。
彼女の手から力が抜けた。
「紫…?紫?…紫!?紫!」
見たくないものを見た人間はその現実を受け入れられず、あらゆる時を止める。
俺もそうだ。俺の時は未だにあの時で止まっている。
紫の最期の言葉と笑顔に囚われ続けている。
紫がいなくなって、茫然自失だった俺だが、彼女の両親を見た俺は土下座した。
「悠人君!?」
「すみません!俺が道路側を歩いてなかったから!紫が!」
「悠人君、それは違う。紫が死んだのは不幸な事故だ。決して君のせいではないよ」
紫の両親は俺を責めなかった。
「悠人君が無事で良かった。紫の分まで生きてくれ」
紫が死んだのに、その隣にいた俺は無傷だった。それに思うこともあるだろうに俺の無事を喜んでくれた。
紫の葬式は身内だけで行われた。
学校の奴らには伏せられた。なぜなら今は受験の真っ最中だからだ。下手に動揺させて試験を落とす訳にはいかない。
俺は学校にも行かず、家に引きこもった。両親は何も言わなかった。
紫が死んだのに腹が空く自分に嫌気が差した。でも、紫が生きろって言ったから俺はまだ生きている。
紫がいない生活は色褪せたものに変わり、苦痛だった。
俺は今までどうやって生活してたっけ?
彼女が生活の一部になっていたからか、違和感が絶えなかった。
そんな時はビデオカメラで撮った映像を見る。
父さんから貰ったお古のビデオカメラとカメラを俺は貰ったからには使わないと思い、何気ない日常を撮影し始めた。その映像も写真もすべて彼女が写っている。
何となく撮り始めたものだったが、彼女を撮るのが楽しくなってきた俺はいつでもどこでも持って行って撮るようになった。
それは案外、性に合ったのか俺の趣味になった。
生き生きとした彼女が動いている姿を、生きている彼女の姿を何回も何回も繰り返し見た。
家に引きこもっていた俺だが、卒業式には出席した。
教室に入ると、懐かしくなった。そこにいつも彼女がいたのにもういないのだと再確認することになった。
「おう、悠人!彼女はどうしたんだよ?いつも一緒に登校してたのに、喧嘩でもしたのか?」
「久しぶりだな。お前、合格したからって学校に来ないとか薄情な奴め」
「悪かったな」
俺の隣に紫がいないことを不審がっていたが、すぐに違う話に移る。
「お前、テンション低いな。もっとテンション上げていこうぜ」
教室に担任が入って来た。
「皆さん、ご卒業おめでとうございます」
クラスメイトは盛り上がる。
「ここで重大なお知らせがあります。クラスメイトの桐生紫さんが一月四日に亡くなりました」
教室が一瞬で静まり返り、みんなが俺の方を向く。
俺に話しかけて来た奴らは顔色を変えていた。
「葬式は身内のみで済まされました。お線香を上げたい人は後で確認します」
「悪い。さっきは無神経なことを言ったよな」
「いい。気にしてない」
「そうか。高校に行っても元気でな」
「あぁ」
紫の死に泣く女子も多かった。
友達が多かったからな。
「高校に行っても、か…」
本当なら彼女も一緒に同じ高校に通うはずだった。それはもう未来永劫訪れない。
これから俺はお前がいない高校生活を送るよ。