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 い~ち

とりあえずリハビリの意味も込めての投稿です。







『…………その大きなお口は何のため?』

『それは……、お前を食べちゃうためさ!!』




「ふむふむ、なかなか盛り上がってきたな。さて、続きは……」


「人ん家でなに不穏な文章を音読しとるんじゃ~~~!!!」


 ズパァン!!!


 暖かな部屋に、小気味よい音が響き渡る。

 それは巨大なハリセンを手に持った老婆が、目の前にいた黒い狼の頭をはっ倒した音だった。

「お主は一体何を音読して……」

 憤懣やる方なしと狼を睨み付けつつ、その手に持っていた本のタイトルに視線を落とし―――思わず口を閉ざした。


 <あかずきんちゃん>


 いわずと知れた、有名な童話である。

「お主、何故にそれを……?」

「この間、隣街へと所用があって行ってまして、その時に兎に貸してもらったんです」

「……兎?」

「そう。隣街に住んでいる神兎です。丁度よかったから色々と相談に乗ってもらいまして」

「隣街の、あやつに……相談?」

 話を聞くにつれ、おばあさんの表情が次第に呆れを含んだ表情へと変化していった。

 何故そのような表情を浮かべられるのか意味が分からず、狼は首を傾げながらも言葉を続けた。

「その時にこの童話を一度も読んだ事が無いと知った兎が、ついでに貸してくれたんですよ。狼が出てくる話だというのは知っていたのですが、詳しい内容は何も知らなくて」

 狼の姿のせいで表情はあまり判別つかないが、声音で判断するにどこか嬉しそうに語る狼に、おばあさんは訝しげな視線を向けた。

「だってこのお話、ハッピーエンドだからぜひとも一読すべきだ、って兎が親切に薦めてくれたんですよ」

 嬉しそうに語る狼。反対に、おばあさんは何かを哀れむような表情を浮かべた。

「他にも色々と今後についての参考資料だと貸してくれたんですよ。あまりにも大量だったので、持って帰ってくるのに苦労しました」

 参考資料と言って指し示されたのは、狼のすぐ傍に置いてあった本。

 数冊積み上げられた本の表紙を見たおばあさんの表情から、感情というものが抜け落ちた。

 更にはおばあさんの手に握られていたハリセンがブルブルと震え始めていたが、狼はそんなことにも気付かず「本当に色々と貸してくれたんですよ」と嬉しそうに語り続ける。

 だがにこやかに語る狼には申し訳ないのだが、一番上に置かれていた本の表紙のタイトルはなにやら妖しい雰囲気が込められたものがあり、その感覚を裏付ける決定打として、本の隅には『お子様は手にしちゃダメ』のマークが。

「でも参考資料として渡してもらったこちらの本ですけど、Rとか18とか意味不明な事が書かれているし、おまけに危険マークみたいなものまでついていたんですよ。なんだか危険物みたいな雰囲気だったので、後で読もうと思っていたんです。そういう訳で、危険の無さそうな有名なお話の方を先に勉強しようと、音読していたのです」

「この……大たわけがぁぁぁ~~~!!!」


 ズパァン!!!


 胸張る狼に、本日二回目のハリセンが唸った。

「痛いです」

「お主はアホか。ど阿呆か。何故にあのエロガッパ、間違えた。エロ兎に相談をするのじゃ。一人寝が寂しいととっかえひっかえ手を変え品を変えと無節操極まりない野獣の化身のような奴に相談する阿呆とは思っても居らんかったぞ!!」

 叫ぶように説教しながら、狼の頭を容赦なくハリセンでバシバシとぶっ叩き続ける。

「そもそも、一体何を相談しとったんじゃ?」

「え?」

 問われた狼は、あからさま視線を彷徨わせ始めた事に、どうやらおばあさんには言い難い内容である事を察した。

「何を相談しとったんじゃ。ん?怒らんから正直に吐け」

 パシン、と見せ付けるように手のひらに打ち付けられたハリセンが怒らないという言葉を裏切っていたが、それに何かを言う言葉が思い浮かばず、狼は恐る恐る理由を口にした。

「あの、ですね。その、お嫁さんと、どういう会話をすればいいのか、相談に乗ってもらっていた、というか、えと……」

 語るにつれ釣りあがるおばあさんの表情に、逆に狼は低姿勢に少しずつ後ずさりした。

「ほぉ」

 パシンという音が、音の途切れた部屋の中に響き渡る。

「相談したというのならばそれを実践すべく、すぐさま我が孫娘に会いに行けばよかろうに。直接会いに行くよりも、ここで本を暢気に読む時間が重要である、と?」

 再びパシン、と手のひらに打ち付けた音を聞いた狼は、ビクリと身を震わせた。

「もう一つ聞いておこうかの。あの兎、その童話をなんと言って薦めてくれたのじゃ?」

「狼と赤頭巾ちゃんの運命的な出会いから劇的な別れが訪れ、果てはハッピーエンドを迎える、という話なのでしょう?」

「…………」

 沈痛な面持ちで頭を抱えたおばあさんの姿に、狼は意味が分からず首を傾げた。

「とりあえず、色々といいたい事はあるが、それよりもまず誤解を解いておかねばの」

「誤解?」

「その童話はの、視点を変えればまったく違う意味になる」

「はい?」

「はっきり言ってやろう。その童話、お主にとってはバッドエンドじゃぞ」

「は?え、だって」

「お主の読んでおった場面から考えてもみよ」

「食べちゃうって、そういう意味では……」

「教・育・的、指導~~~~~~!!!」


 ズパン!!!


 本日三回目。

「食べるの意味がカニバリズムかそれとも別の意味か。どちらにしろ、ほぼ初対面の孫に何をしようとするか、このど阿呆狼が!」

 そう言いながらおばあさんは、間断なくバシバシとハリセンで狼の頭を叩き続けた。

「いた、痛いです。お願いですから止めてください、おばあさん」

「知恵の足らんお主にも理解出来るように説明してやろう。このお話は、狼があかずきんとおばあさんをだまし食べるも、最後は猟師が狼の腹を割き二人は救出され、代わりに腹に石を詰め込まれた狼は井戸に落ちて死ぬ話じゃ」

 あまりの簡潔過ぎる内容に、狼はしばし呆然。

「ハッピーエンドは?」

「気にするところはそこか!?狼に食べられたおばあさんとあかずきんの二人は無事に救出されたからハッピーエンドじゃろ」

「……石、…………井戸、………………」

 あまりの衝撃に、伏せしてプルプル震え始めた狼に、おばあさんは少しの同情と大きな呆れの視線を向けた。

「まあこの話はともかくとして。そこのヘタレ狼、いい加減立ち直れ」

「ヘタレとは失礼な!ヘタレではありませんよ」

「ほぉ。ヘタレでないとな。どの口がそう言うのかのぉ。家の孫娘との対面初日、よりにもよって緊張のあまり胃痛を起こし倒れ、面会する機会が流れてしまった狼よ」

「…………」

 盛大な嫌味に、だがそれが事実なだけに何の反論も出来ず狼は沈黙を守った。

 これ以上何かを言っても無駄だと思い、おばあさんは話を変えた。

 それこそ、一番聞きたかった事に。

「そ・も・そ・も。お主、また何故にここに居るんじゃ」

「へ?」

「何故お主がここに居ると聞いておるんじゃ。この時間であれば、我が孫娘も暇な時間のはず」


 ギクリ


 おばあさん側から見ても分かりやすいほど、狼は体を強張らせた。

「お主、またこっそり影から眺めて満足してここにやってきたのでは」

「…………」

 沈黙が全てを語っていた。


 ズパァァァン!!!


 本日最大の痛恨の一撃(クリティカルヒット)

「この大たわけがぁぁぁ~~~!!毎度毎度こちらが気をきかせて出会いの場面を作ろうと苦心しているというのに、肝心要のお主がそんなでは、わしのひ孫を抱く夢が果たせないではないか!!!」

 おばあさんもいい年なのである。

 平均寿命が50代という時代の中で、おばあさんは60を超えていた。長寿と言えるほど生きているのだが、それでも最近、体の衰えを感じ始めていたのである。

 それは焦りを覚える一番の理由になるだろう。

 神狼の花嫁として見出されてから早二年。孫娘も結婚適齢期の16歳となったというのに、肝心要の相手がよりにもよってのコレである。

「これ以上出会いを先延ばしにして、一体どれほどまで待つつもりじゃ。それにお主、女性の寿命を一体いくつだと思っておる」

「え?軽く一千歳はいくのでは?」

 あまりにも軽い、そしてとんでもない返答におばあさんのハリセンが唸る。

「なに寝ぼけた事を抜かしおるか、このど阿呆が!家の孫はれっきとした人間じゃぞ!!世間の一般常識をもう一度習いなおして来い!!!」

 怒りに任せてのハリセンの連続攻撃に、狼は手も足も出せず伏せして耐える。

「痛い痛い痛いです、ごめんなさい」

「そもそもじゃ。我ら人間は平均寿命が短い。長くとも50代まで生きられれば長生きと言われとる。そのため、遅くとも20代での結婚がギリギリの線じゃぞ。お主にこのまま任せておったら、可愛い孫娘が町の者達に嫁ぎ遅れと後ろ指を指されることになる」

「いや、あの、すみません」

「いやいや、気にする事は無いぞ。どこぞのヘタレのせいで、可愛い孫娘が、後ろ指を指される、だ・け・の・話、じゃからのぉ」

 全てを強調するかのように言葉を事細かく区切った上に、同じ言葉を繰り返すという嫌味を何重にも織り込んだような声に、逆に狼は大量に流れる冷や汗を感じながら背筋を這う寒気と戦っていた。


「とまあ、ここでどれだけ嫌味を重ねてもお主は動かんじゃろうのぉ。という訳で、最後通牒を突きつけさせてもらおうかの」

「へ?」

「現実逃避しとる間があるんじゃったら、とっとと動け!」

「あの、意味がわからないんですけど……」

「お主にそう大した事はもう望まん。一応でも仮で何でも、神という立場だけは立派そうに見えて本質抜けまくっておるお主に、これが最後のチャンスじゃ」

「なにか色々とひどい単語が……」

「期限は一ヶ月。この間に家の孫娘と何らかの関係を築き上げられなければ、お主との婚約の話は無かった事にしてもらう」

 宣言すると同時に指をつき付けられた狼は一瞬呆けた後、驚愕の声を上げた。


「へ?ええええええぇぇぇぇぇ!!!???」


「お主がこれほどまでにヘタレでなければ、きっとひ孫をこの腕に抱いとったはずというのに。それもこれも、こんな老い先短い老人の願いを無下にするどこぞのヘタレのせいで……」

 などとぶつぶつ文句を垂れるおばあさんの背に、狼は「殺しても死にそうに無いよな」と呟いた瞬間睨み付けられ、「ごめんなさい。何でも無いです」と即座に頭を下げた。

 その姿に、神と崇められる威厳はまったく無かった。

「最初からこうしとったらよかったわい。まったく、このヘタレ狼には苦労させられるの一言では処理し切れないほどの苦労を強いられとったからのぉ。これで失敗すれば、すっぱり縁が切れて清々するわい」

「いや、あの、待ってください!私との結婚は、この地を守護する上での契約の証。それを反故にすると言うのですか!?」

「ふん。そこらへん事は考えておるわい。お主に相応しそうな次点の女性の目星はもうつけとるわい」

 即座の返答に、おばあさんの言葉が冗談でも何でも無い事を狼は長年の付き合いから悟った。

「……」

「お主のようなヘタレもうまく操縦してくれそうな、気の強い女性じゃぞ。むしろもうそっちと引き合わせてもいいような気もしてきたのぉ」

「へ、ヘタレヘタレと言われますけど、私にもそれなりのプライドがあります」

「ほぉ。ヘタレが不満とな。ならば今回の事が失敗した場合、今後お主の事はヘタレではなく、ドヘタレ狼と呼ぶ事としようかの」

 狼は万が一失敗した場合の未来の想像にプルプル震えながらも、おばあさんの本気の視線をしっかり受け止めた。

 見つめ返してくる視線の強さに、少しは見直してやろうかとも思ったが、それを教えてやるかどうかはこの結果に全てがかかっていた。



 そんな緊張感漂う中、


「こんちゃ~~~~ッス」


 扉を叩く音と同時にお気楽そうな声を上げて入ってきたのは、近くに住んでいる猟師だった。

 猟師は家の中でハリセンを担ぐように仁王立ちするおばあさんの姿を見て、


「え?今、取り込み中?それともトラブってんの?はたまた修羅場?」


 なにか面白そうな事が起こりそうだという予感を感じたのか、非常に楽しそうに問いかけてきた。

 問われた側からすれば、非常に返答に困る問いかけである。


「丁度いい所に来たの、猟師」

「はいはい、何でございましょう。鳥でも猪でも兎でも狼などどのような獣でも、お頼みされれば何でも捕まえて来ましょう。ついでに犬でも猫でも何でもお望みの商品をお持ちしましょう♪」


 もみ手をしてそうなどこまでも軽いノリの猟師に、おばあさんは親指で狼を指差し一言。


「このヘタレが失敗した場合、殺ってよし」


「あ、あれ?何か、おかしな韻を含んだ言葉を聞いた気が……」

「よっしゃ。くふふふ、新しく手に入れたこのフェリシーヌのためし撃ちに丁度いい的が出来たぜ」


 そう言ってどこから取り出したのか、黒光りする物騒極まりない物体を愛おしそうに頬ずりする猟師。

 事情も理由もなに一つ説明されていないというのに、猟師は試し撃ちが出来る事をただ素直に喜ぶ。


「それは一体どこから!?」


 狼の驚きの声は黙殺された。


「じゃが生易しい銃ではうまく仕留められんかもしれんぞ」

「それもそうだな。じゃあこの子でもいってみるか?何ならこっちの子も用意してもいいが……」


 そう言ってどこから取り出したのか、目の前に置かれたのは数枚の銃火器の絵姿だった。

 何気に絵の隅の方にロザリアとか、フィアンナなどといった可愛らしい名前が書かれているが、おそらくそれらは猟師がそれぞれ描かれている銃火器に名付けた名前なのだろう。

 名前に似合わぬ重厚な絵姿に狼も流石になんと言えばいいのかわからず、とりあえず一番言っておかなければならない言葉を口にした。


「…………あ、あの、流石にそんなものを撃ち込まれると、私とて不死では無いので死にますが」

「腐っても、いまいちどころか大分足らなくても、ヘタレてても、一応でも何でも曲がりなりにも神の一匹じゃ。そう簡単には死なんじゃろ」

「…………酷い」


 狼の抗議の声は、再びあっさり黙殺された。


「それもそうだよな。よしよし。止めにはこの子を使うとして、その前にお試しでいくつかチョイスしておこう……」


 などと言いながら、更に紙束を取り出した猟師の姿に、狼は目に見えて顔を青ざめさせた。





 最終的に、和気藹々と内容が不穏で物騒な会話を続ける猟師とおばあさんの後方で、狼は暗い影を背負って部屋の隅にしゃがみこみ、のの字を書いて黄昏る事となった。





 そんな恐ろしい会話は本来であれば耳を塞ぎたいところであるのだが、きっといつか自分に降りかかるであろう人災なのである。

 しっかりと聞き耳を立てて今後の対策に役立てようと考えていた狼だったのだが、二人の会話はいつしか世間話に移行し、そして本日最大の、致命傷となりうる口撃を受ける事となる。

 それは会話の最中で、ポツリと洩らされたおばあさんの一言だった。


「ついこの間、家の孫娘にこう聞かれたんじゃ。『おばあさん。私の婚約者って言われている狼さんって、本当に存在しているんですか?』とな」


 流石のわしも絶句したわい、とのおばあさんの言葉を遠くで聞きながら、狼は真っ白に燃え尽きたかのように完全に沈黙した。





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