こんな夢を観た「久しぶりに恩師を訪ねる」
中学の時にお世話になった先生から、残暑見舞いが届いた。日曜日にでも遊びに来なさい、とあったので、挨拶がてら伺うことにした。
手土産に、ちょっと奮発して、でんすけスイカをぶら下げていく。
先生のお宅は、駒込の閑静な住宅街にあった。
わたしは、立派な構えの和風家屋の前に立ち、「松平」と彫られた御影石の表札のすぐ下にあるインターフォンを鳴らす。
「はい、どちらさまでしょうか?」少しくぐもってはいるけれど、久しぶりに聞く松平先生の声だった。
「ご無沙汰しております。むぅにぃです」
「おお、よく来てくれたね。今出ていくから、待っていておくれ」
10数え終わるかどうかのタイミングで、松平先生が玄関から出てくる。中庭を小走りでやって来ると、門を開けてくれた。
「やあ、むぅにぃ君。君、ぜんぜん変わってないなあ。ほんと、まるで昔のまんまだな」松平先生は懐かしそうに、わたしの肩をばんばんと叩く。
話をする際、しきりに相手の肩を叩くのだが、何せ、背が足りないものだから、いつもこちらで身をかがめなくてはならないのだった。
「先生もお変わりないようで、安心しました。これ、商店街の青果店で見つくろってきたものですが」そう言ってスイカを手渡す。
「おっ、なんだい、でんすけじゃないか。気を使わせちまったなあ。高かったろ、これ? せっかくだからいただくが、次からは手ぶらで来いよな。じゃないと、こっちもおいそれと呼べないじゃないか」
言葉ではそう言いながらも、まんざらではなさそうだ。
松平先生の書斎は、壁をも埋めつくす勢いで本が溢れている。
「前に伺ったときよりも、さらに書物が増えてますね」部屋を見回しながらわたしは言う。
3年前、最愛の奥さんが亡くなられた時以来の入室だ。お通夜の後、わたしと数人の仲間が書斎に呼ばれ、朝まで過ごしたのだった。
その頃の倍近くにはなっているだろうか。
「細君が逝ってしまってから、ますます時間の潰し方が下手になってね。近頃じゃ君、ラノベとかいうものにも手を広げ始めたんだよ。いやあ、ありゃあ面白い。例えるなら、絵のないマンガとでも言ったらいいかな」
内心、意外に思う。わたし達を教えていた時代の松平先生と言えば、大和言葉こそ日本人の心だ、現代人の言葉の乱れは嘆かわしい、などが口癖だった。
それが、よりにもよってラノベとは。
「むぅにぃ君。君は読んだことがあるかね、ラノベ」松平先生が尋ねる。
「そうですねえ、『ズラララッ!!』とかなら」
「ああ、あれねっ。うん、あれも面白かった。ぼくなど、DVDを全巻揃えてしまったほどだよ」得意満面に言う。かつてのカチカチ頭しか知らないわたしからすれば、驚嘆にも値する。
「ずいぶんとご趣味が変わられましたね」半ば、感心しながら言った。「先生のことですから、他にもまだ開拓してらっしゃるんじゃありませんか?」
「ははは、さすがむぅにぃ君。よくわかったね。実はね、ブログ小説にもはまっちゃっててね」
「はやってますよね、ブログ小説。『ずっこけ、おとぼけ先生』とか読んでますけど、あの文章の崩れっぷり、凄まじいというか、何というか」
「ああ、それぼく」と松平先生。
「え?」
「あのブログ、ぼくが運営してるんだ。君、読んでてくれてたのか。照れちゃうな」
「ええっ?!」今度こそびっくり仰天してしまった。
エキセントリックな物理学教授が、毎度毎度、とんでもない失敗をしでかしては、周囲の者を巻き込んでドタバタと大騒ぎになる、そんな話だ。「ドヒャヒャーンッ!!」「ズバババァーンッ!!」 といった文字がページに踊り、もはや小説と呼べるのかも怪しい。
呆然としているわたしをよそに、松平先生は、どっこいしょと立ち上がった。
「どれ、君からいただいたでんすけでも切ってくるとしようか。年寄り独りじゃ、どうせ食べきれないしな」
そう言って、台所に消えていった。
松平先生の机には、どっさりと本が積み上げられている。純文学雑誌、ジャンルも様々な新書、文庫、それこそ山のようだ。
そんな中に紛れて、1冊だけプリントアウトしてホッチキスでまとめた冊子を見つけた。
「先生は、すぐに戻ってこないよね」ドアの外から顔をのぞかせて、確かめる。「なんの本か、ちょっと見ちゃえ」
本の山を崩さないよう慎重に、そっと「薄い本」だけ引き抜いた。
表紙にはただ、「こんな夢を観た」と明朝体で印刷されていた。
「どこかで聞いたようなタイトルだなぁ」ぱらぱらとめくってみる。
どうも見覚えがあると思ったら、わたしのネット投稿作品だ。それらをすっかり印刷してあるのだ。
しかも、赤ペンでいちいち、添削までしてあった。
〔なってない、ぜんっぜん、ダメ。接続詞、ここは『は』じゃなく、『も』とすべき。ここもっ! ……うーん、そもそもなんだってこんなせこい夢ばかり観てるかな。どうせなら、ドドーンと豪華な夢を観なさいよ〕
先生、文章の添削はありがたいのですが、夢ばかりはどうにもなりません。




