はじまり
里見は、疲れ果てていた。
卒業論文のテーマを決めかねていたのである。
あれもやりたい、これもやりたい。
彼女の日本文学への興味は尽きなかった。
担当教官のアドバイスに耳を貸さず彼女は必死の形相で訴えた。
「それじゃ駄目です、徹底的にやるんです」
と。
やりたいことが多すぎた。
調べたいことは無限だった。
彼女の集める論文のコピーは部屋に散乱し、彼女は部屋と同時に心が荒れていった。
そしてのうち彼女は、心身を喪失した。死ぬつもりで預金を全額引き出し、彼女は東京中の図書館を彷徨った。海外で野垂れ死のうと成田空港にも行った。幸か不幸か引っ掴んできたパスポートは期限が切れていて渡航は出来なかった。そして友人を呼び出ししかし満足せず、そして彼女ははたと思いついたのだ。
「世故さんに相談しよう。もう世故さんしか会いたい人はいない」
そして彼女は東京発の夜行列車に飛び乗った。里美は今でも覚えている。12時半頃を示すアナログ時計と、夜の駅から見た空の暗さとその中で白く輝く柱のコントラストを。
世故の家に荷物を置いて、世故は、パルフェタムールを振る舞った。
そして媚薬は効いた。
彼の網に、彼女はかかった。
しかし彼は、彼女に触れる際に
「触ってもいいですか
」礼儀正しく許可を求めた。
彼女は、どうでもいい、と声を出して、体の力を抜いた。