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2/14

そして彼女はやってきた

 ある日、コウゾウから里見にその頃流行りのSNSソーシャルネットワーキングサービスを始めたとメールが来た。

 へえ、意外。

 コウゾウはそこで毎日エッセイを更新していた。それはどれも、里見にとって面白い思考実験であった。例を一つ挙げると、以下のようである。


タイトル:対偶


真命題の対偶は真である。

これを、数学世界から精神世界に拡大処理することが可能だとする。

すると、このとき

『私は周りを頼りたくない』

が真であるとするならば、対偶(主客を入れ替えて、動詞のベクトルを反転したもの)は

『私は誰かから頼りにされたい』

となり、これも真であるということになる。


『私は他人から嫌われたくない』の対偶は『私は他人を嫌いたい』であろうか、それとも、『私は他人から好かれたい』であろうか。




『真命題の対偶が真』を心情に適用出来るかどうかは不明である(対偶の作り方もよく解らない)が、一考に値するかもしれない。


上記の文章に対して里見のコメントはこうである。


「命題が話題+動作主+受け身+願望+否定だから面倒だけど、

あえてやるなら

「私が嫌いたくないのは他人」

「他人が好かれたくないのは私から」

心情である以上、真であるかどうかは考える人次第だね。」

それに対してコウゾウの返信は、

「ややこしいところですよね。

私が考えたのは命題を、「私は他人から『嫌い』という感情のベクトルを向けられるのを好まない(『私←←←嫌い←←←他人』を望まない)」と解釈して、その対偶としては、

「『私→→→嫌い→→→他人』を望む」なんじゃないかと考えたけれど、milkさんの考え方もアリですね。

ちょっと盲点でした。まあ、命題の真偽は各人で判断ってことになりますが。」


 これが2月12日の日記である。里見はこのやりとりを大変気に入った。


 翌日のバレンタインデー、里見はサークルのイベントで安い居酒屋にいた。好きな先輩たちと話をしていて、里見は不意に泣き出した。

「佐藤さんのこと、本当はずっと好きだったんです」

 佐藤と呼ばれた先輩も焦っただろう。里見は何がきっかけだったかも覚えていないし、その後泣き止んで帰ったのだが、その夜から狂っていった。


 翌日里見は資料を集めるために図書館に行ったのだがそこには目当ての資料がなく、検索を頼りに駒込の図書館まで行こうとして地下鉄に乗った。しかし迷子になり、『不思議の国のアリス』の主人公が迷路で迷っているような錯覚に陥った。彼女は高速で携帯に打ち込んだ。


タイトル:ゲーム理系論法かあ

「さあ、アリスは目指したものの名を定めた。

今、吾すら思うー∴我々たり。

桜を傷つけない優しさを定めた?

そう、時には電話をしてもいい。

嗚呼、法は自分たちが愉しいの。

何だと思っていたのよ私は。

嗚呼、世界は美しい。

承継が衝撃を傷つけないと喚ぶか。

象形画のソリューションを踏み出すか。

元始、女性は空を照らす光と見られていた。

おまえたちは何を踏み出した。

踏むは大地、感じるは内臓。

さあバカ者共の花弁を照らす光と影とを

私がarchaic スマイルでソリューションを


信じるは自然界、私は地。

嗚呼、ダーウィンは余りに正しくて罰せられた。

怠慢を照らす光と影とを

分ける地平線は湾曲している

もう中華思想を捨て

私は碧に恋を謳う

聞こえますか貴方

まだ私は光を感じていますか

私は、私の美的感覚は

貴方のそれと真空を照らす」


 この言葉たちは今でも里見の頭の中にたびたび沸き起こる。


 そして目的地にたどりつかず疲れ果てた里見は一旦学生会館に帰り、隣の銀行で預金を全て引き出した。約15万円あった。そしてまた駅に向かう里見に道で会った友人が声をかけている。どんな話をしたか覚えていないが、他愛ない会話をしたはずだ。

 しかしその時里見は大きなスーツケースとパスポートを持っていた。嘗て行ったことがあるNYに渡航し野垂れ死ぬことを夢見ていたのだ。

 幸い、空港に入る前に提示したパスポートは期限が切れていて、里見はすごすごと池袋行きのバスに乗り、同じ学科の友人に連絡を取って彼女の家に向かった。彼女は快く迎えに来た。初めて見るすっぴんは幼く丸く、またヒールを履いていない彼女はたいそう小さく感じられたので里見は驚いた。

 カップ春雨をコンビニで買って里見は友人の家に泊まるつもりでいたが、のべつ幕なしに連想した言葉を並べ立てた彼女は望むような反応が友人から得られず、世故に会いに行くことを思いついた。

「もう会いたい人が彼しかいないの」

 その言葉を、友人は長いこと覚えていた。


 さて、里見は世故の優秀な頭脳に期待し、疲弊しても回り続ける頭を抱えて十二時半初の夜行列車に飛び乗った。何気ないメールを交わして、今私、そっちに向かってるのと送ったのは、午前三時を回ったところだった。


 夜行列車の車掌が、顔を出している里見を見て、眠れませんか、と微笑んだ。


 里見が京都駅に着いたのは、六時三十七分だった。それから里見は、朝食をビジネスホテルのビュッフェで摂って、そこで京都の地図を貰った。


 里見は、歩くのが好きだった。その内、里見の人型汎用決戦兵器のような携帯は電池が切れた。


 携帯ショップに持ち込むと、電池パックが膨れてきていて危険だと言われたので、里見は気に入っていたそれを、そこに置き去った。


 百万遍、という名前の交差点で、里見は公衆電話からコウゾウに電話をかけた。部屋の掃除を終えて横断歩道を渡ってきた紺色のロングコートのコウゾウの姿を見つけ、彼女の胸は高鳴った。

2014/3/30 一字下げと語句の推敲修正を行いました。

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