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「今日の午後の予定は?」
隊長さんは、まさに単刀直入です。
そう話しかけられたのは、ちょうどここに来て1週間たった朝。
朝食の片付けが終わった時だった。
「えっと…特に言われていることはないので、細々した掃除とかしようと思ってました。隊長さんのお手伝いを優先できます。」
若干、緊張して声が上ずってしまったのが分かる。
「昼食後、街に買い物に出る。手ぶらで構わないから、同行してほしい。」
隊長さんと2人で外出はハードル高いかも…
でも、これも仕事、仕事。
「はい。ご一緒します。」
笑顔で返事と思ったけど、自分で分かるほどぎこちない笑みを浮かべてしまった。
「では、1時に。」
そう言い残すと隊長さんは訓練場に向かって行った。
1時なら昼食直後だ。
今のうちに着替えを準備しておこうと考えて、ふと思い出す。
着の身着のまま連れて来られて、着替えなんか持っていない。
仕事中は置いてあった古着を着回してるけど、洗濯を考えると何着か欲しい。
今度時間のあるときにミコトさんに相談しよう。借金を抱えてる身だから、古着があったら譲って貰いたい。
本当は家に一度帰りたいけど、わがままを言える立場でもないし…
連れて来られた時に着ていた服をベッドの上に置き、昼食の準備にとりかかった。
「ご馳走様」
今日も皆揃ってお昼ご飯を食べました。
これも、恥をかいた甲斐があるというものです。
こうしてみると、実は隊員の皆はとても綺麗に食事をとる。
マナー はきちんと見についてるから、あの時は悪ふざけが過ぎただけなんだと思う。
「ご馳走様。朔月は、午後は十六夜さんと買い物だろ?」
副隊長さんの言葉に隊長さんは頷いた。
「ああ、後は頼む。街中に行くから、少し時間がかかるかもしれない」
「えっ?何それ。聞いてない。隊長だけ抜け駆けずるいっ!」
隊長さんの隣に座る尊さんは、今にも掴みかかりそうな勢いだ。
「抜け駆けって…遊びにいくわけじゃないですよ。買い物です。」
私は、思わず笑ってしまった。
街に出るのは始めてだから、楽しみではあるけれど…
「と、言う訳だ。ヤソ、ナギ、タケル、後の片付けは頼んだぞ。」
隊長さんの言葉に、八十さんは飲んでいるお茶を吹き出した。
「ゴホッ…何で俺が…ゴホッ…」
ばっちいし、本気で苦しそうだ。
「待ってください。隊長さん。私の仕事ですから…」
隊長さんは、私が渡そうとしていた布巾を掴むと八十さんに差し出す。
「お前たちは、先日彼女に暴言を吐いたからな、その謝罪だと思え。」
「っ………」
八十さんには返す言葉もないらしい。
私はもう気にしてないんだけど…
「ということなら、拒否する権利はありませんね。八十、尊、片付けましょう。」
渚さんはそう言うと、さっさとキッチンに消えて行った。
「わかったよ。やればいーんだろ。」
八十さんも不満そうだけど、納得したようだ。
「はーい。じゃあ、楽しんで来てね~十六夜ちゃん。」
ひらひらと手を振る尊さんに、手をふり返していると隊長さんに背中を押された。
「というわけだ。準備が出来たら出発する。
先に裏門にいるからな。」
「はい。わかりました。」
私の言葉に、隊長さんは自室に戻っていった。
隊長さんも着替えてから行くつもりなんだろう。私も急で準備に向かう。
「お待たせしまし…」
先に待っていた隊長さんの姿に息を飲んだ。
黒いパンツに、濃紺の詰襟ジャケット。
足元はひざ下までのブーツ。
街中にいくためか、いつもは腰に履いている剣はない。
その格好はまさに紳士で…
シンプルな分、長身と、銀の髪がよく映える。
ふと自分の服を見て、ため息が出た。
私の唯一の持ってきた服。
茶色のスカートに、白のニット。
動きやすさを重視してるものだから、今の隊長さんの横に並ぶのは少し気が引ける。
でも、そうも言ってられないのでこれも仕事と割り切るしかない。
「どうした?」
どうやら、ため息に気付かれてしまったみたいです。目ざとい人の前では迂闊にため息もつけない。
「いえ、なんでもないです。行きましょう。」
私の張り付いた笑顔を見て、なにも言わず隊長さんは背中を押してくれた。
「ああ、行こう。」
私がここに来て、初めて門の外へ足を踏み出した。
街の中は驚くほど人が多い。
野菜、果物、肉、日用雑貨品を扱う店もあれば、何に使うのか分からないような物まで置いてある店もある。
勿論、飲食店もあれば、武器を扱う店もあったり。
私が住んでいた所に無かったものも沢山置いてありそう。
私は生まれてから、あの街から出たことがなかったので、この圧倒的な物量の違いに驚いた。
いつかゆっくり見に来よう。
なんて、考えてたらぐいっと肩を引かれる。
「こっちだ。」
どうやら、はぐれかけていたみたいです。
「あ、ごめんなさい。初めて来たので…」
お上りさん状態に気がついて、恥ずかしい。
「落ち着いたら、また来れる。今は先に用事を済ませた方がいい。」
隊長さんは私の肩を抱いたまま、まるで人の波を泳ぐように歩く。
私も自然と歩きやすくなった。
さっきまでは、結構必死に人をよけながら歩いていたのに…もちろん余所見していたせいもあるけれど…
それだけじゃない。
隊長さんのスマートなエスコートのお陰だと思う。
お店を見るのを辞めると、自然視線はすれ違う人へ。
そこで、気が付いた。
すれ違う女の人たちは、一様に隊長に目を奪われている。
そして、肩を抱かれている私には鋭い視線を投げかける。
まるで、なんでこんな不恰好な女をとでも言いたそうな…
「着いた。ここだ。」
少し落ち込んだ私が連れて来られたのは洋服屋さん。
隊長さんの洋服を買いにきたのだろうか?
「ここで、好きな服を買うといい。」
予想もしてなかった言葉に声を無くす。
隊長さんは腰が引けてる私を促すけれど、私はお金を持ってきてない。
「せっかく連れてきて頂いたんですけど、私お金を持っていなくて…」
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「手ぶらでと言ったからな。俺が払う。
家に戻る時間も与えられなかったのだろう?
もっと早く連れてこれれば良かったんだが…」
私は耳を疑った。わざわざ私に洋服を買う為に連れてきてくれたということ?
「そんな。申し訳ないです。お気持ちだけで十分です。ここに残ると決めたのは私なんですから。隊長さんが、気にされることはないんです。」
着替えが欲しいのが本音だけど、ここで隊長さんに買ってもらうのは違う。
「やむなく残ったのは知っている。本来であれば、暁が用意しなければならない事だが、あいつは気にもしないだろう。不出来な弟の仕打ちに対するお詫びと思ってもらえばいい。」
その言葉に私は驚いた。
「弟…?」
暁様は隊長さんの弟ということなんだろうか?
「ルーシーいるか?」
私の疑問に答える事なく、隊長さんは私を連れて店に入った。
「あ~ら。珍しい人が可愛い子を連れてきたわね~。」
隊長さんに答えたのは、隊長さんと並ぶくらいの長身の男の人…だよね?
すっごくセクシーなドレスを着ているけど、ドレスから覗くのは男性特有のがっしりした体。
それも、かなり鍛えているようで、腕は隊長さんよりも太そうだ。
いわゆる、女装している男性。
人生で、初めて会いました…
「朔月、この子はどうしたの?」
「先週から、俺達の世話をしてくれている十六夜だ。着替えが無くて困っている。必要な分だけ、見たててやってくれ。」
紹介されて、あわてて頭を下げた。
「十六夜です。よろしくお願いします。」
「私はここの店長のルーシーよ。朔月とは小さい時からの腐れ縁なの。見て分かると思うけど、体は男でも、中身は乙女だからよろしくね。」
お化粧バッチリの長いまつ毛で、完璧なウインクをされた。
「朔月、あんたは邪魔だから、奥にひっこんでて。」
ルーシーさんは、隊長さんを奥の部屋へと押し込んでしまった。
「十六夜、さあ、私に任せて。可愛い服、沢山あるのよ~。」
ルーシーさんは、既に服を選び始めている。
「ルーシーさん、私…」
「ルーシーでいいのよ。ルーシー。」
「じゃあ、ルーシー。私お金無いんです。
お給料入ったら支払いますので、待ってもらえますか?」
私の言葉に驚いたのか、ルーシーが目を見開いた。
「あら、あんた自分で買うつもりだったの?だめよ~。男が洋服屋連れて来た時には顔を立ててあげないと。」
「でも、隊長さんに申し訳ないですし…」
「いいの。朔月はお金持ってるんだから、買わせなさい。それにうちの店も儲かるしねぇ」
ルーシーの言葉に、ここで私が無理矢理払うと、隊長さんの顔に泥を塗ってしまうかもしれないと思い始めた。
「じゃあ、必要な分だけ…」
ここは、素直に甘える事にする。男性とお付き合いしたことが無い私には分からないけれど、そんなものなのかもしれない。
「どんな服が欲しいの?」
「動きやすいのを2セットくらい。上から下まで…あと下着もあれば…」
流石に男の人に頼む事ではないとは思ったけれど、背に腹は代えられないし、自称乙女というルーシーさんだからいいよね。
「あんた、可愛い顔してるんだから、もっと買っていいわよ。」
どんな理論なのかわからないが、次から次へと洋服を合わせられる。
「ただでさえ隊長さんに甘えてるんで、必要最低限でいいんです。」
「そーなの?勿体無い。こんな実用的な服ばっかりじゃ、私が納得できないわ。」
最初にお願いした通り、動きやすそうな服ばかりだけど、私が持っている物より上質のものみたい。
所々で、レースが使ってあったりしてとても素敵。
「ルーシー、そんな事ないです。とっても素敵です。」
「そお?んー…でも納得できない。ちょっと待ってて。さくつきー、ちょっとあんたに話があるんだけどー」
止める間も無く、ルーシーさんは奥の部屋に消えて行った。
手持ち無沙汰になったので、少しお店の中を見させて貰う。
そんなに大きなお店ではないけれど、男性用、女性用それぞれカジュアルなものから、フォーマルなものまで取り揃えられている。
いつか、自分のお金で買いに来よう。
「お待たせー。私の好きにしていいって許可もらったわ。さあ、選びましょう。」
ノリノリになったルーシーはとてもじゃないけど、私の手に負えるものではなくて、完全に私は着せ替え人形。
「はい。着替えたらさっさと出てくる」
試着室のカーテンを体に巻いていたら引き剥がされた。
私がいま着ている服は、胸元が空いていて、私の少ない谷間がこんにちはしている。
「ちょ、ルーシーこれ胸元空きすぎ。無理。見えちゃう。」
「あんた、いい体してるんだから見せなくてどーすんのよ。」
「これじゃ、掃除できないし。隊員のみんなも私の貧相な体なんか見ても喜ばないって~。足もですぎ~。」
膝上20センチのスカートなんて、実用性皆無。
これじゃあ、仕事する気がないと思われちゃう。
「ルーシー他の服。早く~」
半泣きでお願いするけど、フンフン鼻歌を歌いながら服を選んでいるルーシーには届かないようだ。
「確かに目の毒だな。」
「隊長さん!」
声がした方を見ると、奥の戸口に腕を組み、寄りかかった隊長さんがこちらを見ていた。
突き刺さる様な視線を感じて、赤面してしまう。
「ルーシー、今だけならいいが、この格好は却下だ。隊員達に、無用な争いをさせるつもりか?」
「えー。それこそ女冥利につきるじゃない。
いい男達が自分を取り合ってなんて。
女なら誰でもあこがれるわよ。ね?十六夜。」
「私には無理です。もっと隠れる服にしてください!」
スカートを引っ張りながら、懇願した。
「ルーシー、そろそろ時間だ。袋につめてくれ。」
隊長さんが来てくれたおかけで、ルーシーの暴走が止まった。
渋々といった感じで、最初に選んでおいた服を袋に詰めてくれる。
やっぱり後半の着せ替えは、単純にルーシーの遊びだったみたい。
試着室で自分が持ってきた服に着替えようとしたら、ルーシーに呼び止められた。
「あんた、こっち着なさい。」
手渡されたのは白のワンピース。
「え、でも…」
「それは、沢山買ってくれたおまけ。靴もこれ履きなさい。着てきた服は一緒にしとくからね。ほら、朔月が待ってるから急いで。」
「…ありがと。ルーシー。」
私はルーシーに促されるままに着替えた。
「あら、やっぱり十六夜に似合うわね。」
試着室から出た私を見て、ルーシーが目を細める。
「ありがとルーシー。大切に着るね。」
「また、遊びにいらっしゃい。今度ゆっくりお茶でもしましょう。あんたみたいな妹欲しかったのよ。」
「本当?私もルーシーみたいなお姉ちゃんいたら嬉しい。絶対またくるね。」
私はルーシーに抱きついた。
体は男の人だし、短時間しか一緒にいなかったけど、友達もいない今の私には嬉しい申し出だった。
「これで、朔月の隣歩いても平気ね。」
ルーシーは私の耳元で囁いた。
私が負い目を感じていたことに気付いていたみたい。
「うん。本当にありがとう。」
もう一度強く抱きしめると、お店を後にした。