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そしてそれは、その日の夕飯の時に起きた。
昨日と同じく、バラバラの食事。
「おかわり」
そう言ったのは、八十さん。
「あ、はい。」
私は差し出されたお皿に、スープを注ぐ。
「お前、この後予定あるのか?」
「片付けが終われば、何もありませんけど…」
八十さんは何が言いたいんだろう?
「じゃあ、今夜俺の部屋に来いよ」
八十さんは私の腕を掴んだ。
とても嫌な予感がする。
「あの、意味がわかりません…」
突然の申し出に戸惑いながら、私は腕を引くが八十さんは離してくれない。
「何を今更。どうせ、暁様に飽きられたんだろ?」
八十さんはニヤニヤしながら、私を引き寄せた。
「今、女が居なくてな。たまってるんだよ。
今日助けてやったんだし、いいだろ?」
何がいいんだ。ぜんぜんよくない。
ふざけるなっ!と叫びたいのを必死に我慢する。
「本当に無理です。」
私は周りを見回すが、誰一人関心がないのか、八十さんを止めてくれる気配もない。
それどころか、尊さんまで混ざってきた。
「八十さんだから嫌なんじゃない?僕の所においでよ。優しくするよ。」
尊さんは、私の逆の腕を掴んだ。
「おい、タケル。お前は明日にしろ。」
「嫌だよ。それは十六夜ちゃんが決めればいいんだよ。今日のお詫びに、気持ち良くさせてあげるからさ」
な、ん、だ、そ、れ
「それは楽しそうなお話ですね。ぜひ私もまぜてください。」
あろうことか渚まで加わって、じゃんけんで決めようか、アミダで決めるかと勝手に盛り上がっている。
私の意思とは無関係に、話がどんどん進んでいった挙句、掴んでいた私の腕を離してまで、パンの投げ合いまではじまった。
そんな状況に、私の我慢は限界だった。
私は娼婦じゃないっ。
なんで2日連続そんな扱いされなきゃいけないのよっ。
「いー加減にしてくださいっ!!」
バシンと乱暴に鍋の蓋をしめる。
あまりの迫力に、そこにいた全員が口を閉ざし私を見た。
「なんですか?あなた達は!いい大人が人の話も聞かずに勝手に盛り上がって!」
握りしめた私の拳は、きっと白くなっている。
「だいたい、食事をなんだと思ってるんですか?時間はバラバラな上、平気で残すわ、食べない人もいる。」
今までの鬱憤が完全に吹き出した。
ここまできたら、もう全部ぶちまける
。
「この食事の為に、何人の人達が汗水垂らして作ってると思ってるんですか?何日もかけて、美味しくなるよう心を込めて育ててくれた食材です。パンだって、朝早くから職人さんが焼いてくれてるんですよ?
そんな食べ物を投げ合って遊ぶような子供じみた男が、女を抱こうなんて100万年早いです!!」
肩で息をしながらも、私の怒りは収まらない。
「私は誘われても誰の部屋にも行きません!
暁様の女でもありません!もちろん、娼婦でもありません!!それに、私はまだ処女です!!!」
カシャーン
私のいきなりの告白に、副隊長さんがスプーンを取り落とした音が響き渡る。
私は自分が怒りで発してしまった内容に気づき顔を赤く染めた。
世紀のカミングアウト
最後の情報いらないでしょ
自己嫌悪に陥るけれど、言ってしまったものを撤回は出来ない。
「…そこまでだ。」
沈黙をやぶったのは、黙々と食事していた隊長さん。
「お前たち、さっきの発言は彼女に失礼だ。きちんと謝罪をするように。」
『…はい』
三人が頷く。
「それから、十六夜。」
「…はい」
恥ずかしさで俯いていたけど、呼ばれて顔を上げる。
「俺たちの食事の仕方には問題があるようだ。今までこれが当たり前になっていたのでな。これからは、決めた時間にきっちり集まる様にしよう。明日の朝までに、要望をまとめておいてもらえるか?」
「あ、はい。わかりました。」
突然の申し出に戸惑いながらも返事をする。
「各自食事が終わったら解散。明日の朝は7時にここに集まる様に。」
そう言い残すと、隊長さんは部屋を出て行った。
「あー、悪かったな」
最初に口火をきったのは八十さん。
「僕こそごめんね。」
続いて尊さんも謝る。
「今までの女性と同じと思ってました。申し訳ない。」
渚さんも謝罪してくれた。
「あ、いえ。私も突然すみませんでした。」
私も頭を下げる。謝る必要は無いはずなのに、いたたまれない。
「しかし…爆弾発言だったな」
八十さんが笑い始めた。
「たしかにね~。面白い話がきけた。僕、ますます十六夜ちゃんに興味もっちゃった」
尊さんがおもむろに、私の肩を抱いた。
「おい。尊、やめろって。気軽に触るな。
処女はデリケートだからな。」
八十さんが尊さんの手を振り払う。
「皆さんやめて下さい。恥ずかしくて死にそうです。」
私はその場から逃げようと、片付けを始めたけれど…
「私も手伝います。」
渚さんが手伝ってくれて、
「あー!渚が点数稼ぎしてる。僕も手伝う!」
尊さんや八十さんまでもが片付けはじめたので、逃る事ができないまま、あっという間にダイニングは綺麗になった。
それと同様に、気恥ずかしさもなくなる。
「皆さん、ありがとうございました。お陰様で早く片付けられました。」
食後のお茶を入れながら、私はお礼を言った。
「俺たちこそ悪かったな。まともに世話係の仕事をする奴が来るとは思ってなくてな。」
八十さんが食後のお茶を啜る。
「それってどういう事ですか?」
「今までの人は、暁様のお下がりだったんだよ。来た時のここひどかったでしょ?
借金返したいから世話係引き受けるんだけど、隊長に怯えてやめちゃうんだよ。」
尊さんの言葉にあの惨状を必要以上に納得してしまった。
「あぁそれで…ミコトさんが3日持たないって言ってたんですね。」
簡単に聞いたことをまとめると、
遊びすぎて借金つくる
↓
暁様の愛人になる
↓
借金返済終わってないのに、暁様に飽きられる
↓
警護のお世話係りになる
↓
でも、家事したことない
↓
でも、辞めるわけにもいかない
↓
他に何ができる?
この自慢のボディを活かせばいいのよっ(バカ?)
↓
ここのトップは?
あぁ、隊長さんを落とせばいいのね
↓
隊長にアタック
↓
玉砕
↓
辞める
「まあ、あの隊長を落とせる女が居るとは思えねーな。」
八十さんの言葉に、尊さんが答えた。
「隊長はガード硬いからなぁ。まあ、それで僕達がおこぼれ貰ってるからいいけど…」
最後の足掻きで、隊長がダメなら隊員を…なんて考える女の人も居るんだろう。
結局、居ないところを見ると、いいように扱われてお終いみたいね。
彼等の方が、何枚も上手ってことか。
私は引っかからないように、十分に注意しよう。
「ふーん、おこぼれねぇ…私の事もそういう目で見てたんだ」
男所帯で、発散が必要なのはもちろん理解してるけど、私を対象にするのは辞めてもらわなくちゃ。
「あ、十六夜ちゃんは別。」
慌てて取り繕う尊さんに、笑ってしまった。
「そうですね。十六夜さんは今夜でそういう対象ではなくなりましたよ。安心してください。」
渚さんも尊さんに同意してくれて、私としては一安心。これで貞操が守れそう。
「しかし、十六夜さんみたいな綺麗な女性が清らかなままとは不思議ですね。男が放っておかないでしょう?」
「言いたくないならいいけど、まさかお前、レズか?」
「渚さんも、八十さんも失礼だなぁ。で、どうなの?十六夜ちゃん。」
3人の好奇の目が、私から離れない。
「ちょっ、本当に失礼ですね。」
思わず苦笑いを返してしまった。
「別に隠す事でもないのでいいですけど…」
私はこれまでの経緯を説明した。
母の体のことや、父の失踪、お店の事
「気がついたら、お付き合いすることなく、22歳なってたってわけです。レズではないので安心してください。」
「そうですか。辛いことをお話しさせてしまいましたね。申し訳ないです。」
渚さんの謝罪に、私は首を振る。
「大変でしたけど、辛くはなかったです。後悔もありません。だから、気にしないでください。」
だから、私は宣言をした。
「私のこれからの人生の目標は、人並みに恋愛することです!」
もちろん、ガッツポーズ付きで…
「なんだそれ?普通そこは大恋愛とかゆーだろ?」
「いいんです。ヤソさん。分相応が私にはあってるんです。」
「じゃあ僕、十六夜ちゃんの彼氏に立候補しようかな?」
尊さんが手を上げるけれど、私は即座に却下する。
「尊さんはダメ。味見をして回っているような人は論外。」
「それはそうですね。」
渚さんの同意に、皆んなで大笑いをして夜は更けて行った。