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目の前を風を割くように矢が通り抜ける。
矢は見事に的の中心に突き刺さった。
「隊長!サクツキ隊長!」
ミコトさんは矢を放ったその人に声をかける。
背が高く、弓引くその腕は頼もしい。
しかし、醸し出す雰囲気は決して友好的とは思えない。
触れたら切れそうとは、この人の為にある言葉になのかもしれない。
短めの銀髪は、まるで鍛えたばかりの刃の様に輝き、そこから覗く切れ長の瞳は深い海を思わせる群青。
端正な顔立ちだけに、さらに冷たい印象をうけた。
「なんだ?」
私達を見ることなく、次の矢をつがえる。
「新しい子が入りました。」
ほら、とミコトさんが私を肘で小突いた。
「あ、あの。十六夜と申します。今日からお世話になることになりました。宜しくお願いします。」
こちらを見ることなく、的を見据えたまま次の矢を放った。
それは、先ほどの矢のすぐ横に突き刺さる。
「また暁の気まぐれか…」
呆れた様に言い放その声には、耳には心地よいけれど、上に立つ人間特有の威圧感。
「隊長の朔月だ。俺の部屋には入るな。それ以外は任せる。以上だ」
初めて、目が合った。
奥底まで見透かす様な眼光の鋭さに、体温がぐっと下がった気がする。
「じゃあ私はこれで。」
隊長さん怖いから、気をつけてね。
ミコトさんは私の耳元で囁くと帰って行ってしまう。少し心細いけれど、その背中にお礼を言った。
「ミコトさんありがとうございました。」
私の言葉が聞こえたのか、ミコトさんはひらひらと手を振っているけれど、振り返る事はない。
隊長さんと言えば、私が居ないかのように黙々と練習を続けている。
もう、私に構うつもりはないってことね。
こぼれそうになるため息を飲み込んで、私は恐る恐る声をかけた。
「あの、私は食事の支度があるので失礼します。」
返事を待つことなく、頭を下げると逃げる様にキッチンに向かう。
「あー怖かった…」
何かされたわけでもないのに、怯えている自分に驚く。
そして、ふと気付いた。
あぁ、隊長さんの目は猛禽類と同じなんだ。
あの目に見られると、まるで小動物になった気分。
あまり近寄らない様にしよう…
そして、向かったキッチンはとんでもないことになっていた。
「なにこれ…」
余りの惨状に声が出ない。
シンクには食器類が何日も放置されてるのか、うず高く積み上がっていて悪臭もする。
かまどの上には使用済みの鍋が置いたまま。
これでは食事なんて作れない。
今までどこで作っていたのか…
私は気を取り直すと、とりあえず食器を洗う事から始める。
幸いな事に、井戸はキッチンに備え付けられていた。
2時間かけて、キッチンと、テーブルの上に色々な物が散乱していたダイニングをそれらしくなる迄に掃除した。
「やっと終わった…」
すでにクタクタだけど、食事の時間まであと1時間しかない。
慌てて、置いてあった食材でメニューを考え作り始める。
そして日もくれた頃、なんとか時間に間に合った事に安堵する。初日から出来損ないのレッテルを貼られたくはない。
「はぁー。間に合ってよかった。」
疲れた体を椅子に座らせると、ダイニングに一瀬副隊長が入ってきた。
「おお?久しぶりだな。こんなに綺麗なダイニング。お疲れさん。」
にっこりと笑う副隊長の笑顔に癒される。
「先ほどはありがとうございました。ミコトさんに聞いたんですけど、副隊長さんだったんですね。」
「あぁ、名前だけだがな。」
そう苦笑いしながら、副隊長さんはテーブルについた。
「皆さん、呼びに行った方がいいですか?」
食事の時間は既に過ぎている。
「いや、そのうち来るだろ?腹が減ったから、先に食べるぞ。」
そう言うと副隊長さんは、黙々と食べ始めた。
釈然としない私を前に、バラバラと隊員達が集まり、ダイニングはあっという間に賑やかになった。
「これは、美味しそうな食事ですね」
そう驚いているのは、金髪の男性。
そういえば、始めてここで会ったのも彼だ。
「自己紹介がまだでしたね。私は渚と申します。これから宜しくお願いしますね。」
「ナギさんですね。私は十六夜です。こちらこそ、宜しくお願いします」
お皿にシチューを注ぎながら挨拶する。
「へえー十六夜ちゃんか。僕は尊。宜しく」
後から入ってきた、少し小柄な黒髪の青年が名乗った。
「タケル、名前なんてどーでもいーだろ?
また数日で辞めるんだ。」
尊さんと一緒に来た茶髪の長髪の男性が言った。
なんで何も知らないのに、数日で辞めるなんて思われてるんだろう?
「まあまあヤソさん。そんな事言わないでさ。この人いつもこんなだから気にしないでね。」
尊さんは私にそう言うと、熱々のシチューを口にした。
「うん。美味しいよ十六夜ちゃん。」
尊さんは無邪気な笑顔で言った。親しみやすいそれに、仲良く慣れそうでホッとする。
全員が敵みたいな環境には絶対に耐えられないから、なるべく皆さんと仲良くしたい。
「尊さん、ありがとう。家族意外に食べてもらうの始めてだったので、実は不安だったんです。」
「私も美味しいと思いますよ。これから毎日食べられると思うと嬉しいです。」
渚さんまで同意してくれて、ホッとした。
「皆さんのお墨付きを貰ったので、温かいうちに、八十さんもどうぞ。」
八十さんにもシチューをよそう。
「お、おう…サンキュー」
私が笑うと、八十さんは苦笑いを返してくれた。
口は悪いけど、いい人なんだと思う。
最後に来た隊長さんは、そんな隊員達を前に、黙々と食事を片付ける。
そんな中、最初に来た副隊長はごちそうさまと部屋を後にしてしまった。
あっと言う間に食事は片付き、ダイニングはもぬけの殻になった。
「なんか皆バラバラだなー」
私は残ったシチューで、一人食事を始める。
考えてみれば今日始めての食事だった。
朝からここに連れてこられて、食事もしないで掃除に追われて…
振り返って見ると、なんだか夢の様で…
「いっそ夢ならいいのに」
食器を洗いながらぼやいたけれど、それで現実が変わるわけもなく…
残りの食材で朝食の下ごしらえをすると、自分にあてがわれた部屋に入った。
そこはキッチンに隣接した部屋で、ベットと机が置いてある小さな空間。
「そーいえば着替えもないや」
ゴソゴソとクローゼットを漁ると、前の人が置いて行ったのか洋服が何点か見つかった。
「これでも無いよりはマシよね。明日洗ってから着よう。」
汲んで来た水で体を清めると、ベットに潜り込んだ。
「あー、お風呂入りたいなー」
とボヤいてはみたものの、途端に一日の疲れがどっと押し寄せ、私は眠りに落ちて行った。